「知っておきたいマルクス資本論」感想・書評

冷戦の時代、赤狩りが行われていた西側諸国では「俺はマルクスなんて読んだこともない!」と叫ばざるを得ないほど、なかば禁書扱いされていた資本論。名前だけは誰でも知っており教科書にも載っている。しかし、実際にその中身を熟知している人はどれぐらいいるのだろう。読んだことがある、読み終えた人も多いかもしれない。「ナニワ金融道」というマンガを描いた青木雄二はマルクス主義者として有名であり、単行本の著者欄にはいつも共産主義のメッセージを載せていた。講演を頼まれると呼ばれた場に関わらずいつも「唯物論とは」などと語りだして止まらなかったという。資本論には一体何が書かれていたのだろうか。赤は危険思想だと言われつつも、気になる。僕も一度だけ資本論を手に取ったことがあったけど挫折した。読み進めるのが非常に大変で、そのため解説書がたくさん出ている。その中で今回選んだこの「知っておきたいマルクス資本論」を読んだ。正直言ってこれすらも読むのが大変だった。

資本論は全3部あり、2部3部はマルクスの死後エンゲルスによって草稿が編集され、刊行された。この入門書では、マルクスが唯一自身の手で刊行まで関わった第1部だけを対象に解説されている。

 

経済の本だった

「資本論」という名前の通り、当たり前なんだけど経済の本だった。しかし僕はてっきり唯物史観がどうとかプロレタリアートとか革命とか政治に関する思想・哲学の本だと勘違いしていた。そちらはどうやら「共産党宣言」にまとめられているようで、資本論に書かれていたのは資本主義経済を学術的に分析した内容だった。具体的には、資本主義経済における資本家と労働者の関係を描いている。資本家がどのように富を蓄えていったか。労働者がどういった過程を経て搾取される階級へと堕ちていったか。日本もそうだが大昔は大多数が農家だったのに、資本主義社会に変わることで労働者という立場へ移行した。この資本主義社会において資本家がどんどん富を蓄えていく構造、それに反比例して労働者がどんどん貧しくなっていく仕組みを、封建社会の崩壊、産業革命から機械工業の発達という歴史に沿って分析し、解説している。

解説のしかたも非常に経済学的だった。労働者の剰余労働によって剰余価値が生まれ、剰余価値は労働者に還元されることなく資本家が蓄えることにより、剰余価値のみによって新たな労働力を買うことができるようになる。言うならば資本家にとって生活に必要のないプラスの部分である「儲け」のお金を新たな工場を建てるなどの投資に回すことで、生活に必要のない儲けの部分だけでさらに新たな儲けを生む仕組みを手に入れる。利潤だけで行われた投資が新たな利潤を生む構造はどんどん拡大していく。労働者はひたすら資本家に「儲け」を提供するだけの立場であり、資本家が儲けの仕組みを拡げれば拡げるほど、労働者から自動的に手に入る利潤も拡大する。商品生産は拡大して物価が下がり、同時に給料も下がって労働者は困窮に陥る。産業機械などが導入されることで労働の敷居が下がり、雇用の幅も広がることによって女性や児童も労働に駆り立てられ、さらに給料が減る。労働者は働けば働くほど貧しくなり、その分だけ資本家が富むという資本主義の基本的な構造を解説したのが資本論だった。

何のために資本論を知るか

ここに書いた簡単な説明だけだと、疑問や矛盾を感じただろう。しかしそういった部分もしっかりカバーされている。「労働の価格と労働力の価値の違い」とか「能力給の効果」とか、現代でも十分通用する細かいことまで複雑に網羅していた。マルクス自身は過去の事例を用いて資本論の中で説明しているが、過去の労働者が置かれた惨状が現代の被雇用者を取り巻く現実とあまりにも酷似していて驚く。資本論は共産主義革命のようなユートピアを夢見る人よりも、現実にこの資本主義社会で生きている人こそが読むべき本だと思う。特に、手元に何もないところから資本家を目指す人や、この資本主義社会でのし上がりたいような人にとって、資本主義経済の仕組みを解明する教養図書となるだろう。皮肉なことに。

資本主義における機械の使用は、それによって労働者の労働、人間の労苦を軽減することを目的にしていなかった。p170

同時に、資本論の矛盾や間違いなどを考えてみることも大切だと思う。批判をまとめた本もあるだろうし、ネットにもたくさん見受けられる。それがしっかり批判できているかどうか見比べながら「この部分は正しい」「この部分は成り立たない」「この部分はこうすればいいのでは」などと資本論で提起されている問題を考えることこそが、現代において資本論を知ることの意義だと言える。

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マルクス経済学

余談だけど、僕は大学で経済学部だった。現代の経済学部において、資本論およびマルクス経済学について触れることはまずないだろう(一部の大学を除けば)。昔は大学の経済学部の中で、近代経済学派とマルクス経済学派という形にはっきりと二分されていたそうだ。今やそういった対立構造は影も形もない。大学で学ぶマルクス経済学っていったいどういうものだったのだろう。

知っておきたいマルクス「資本論」<知っておきたい> (角川ソフィア文庫)

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