大人になってからの制服デビュー

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普段着は同じ服ばかり着ていてもいいんじゃないかと思えてきた。当然ながら服を着替えないとか、洗わないという意味ではない。いわゆるスティーヴ・ジョブズがイッセイミヤケのタートルネックとリーバイス501とニューバランスM991を何着も所持していたように、松本人志がBVDのシャツばかり何枚も持っているように、またクレイジージャーニーでお馴染みの佐藤健寿がどこへ行っても白のシャツとチノパンを着ているように、村上春樹小説の主人公がセーターとブルージーンだけあればいいと言うように、レッドリボン軍の人造人間が固定のユニフォームを何着も持ってるように、同じ服を何着も着回すという意味だ。これは何も自分のファッションスタイルを確立するとかそんな大げさな話ではなく、同じ服を着ていたほうがなんかいろいろ楽に感じてきたから。

 

着ない服はいらない

サラリーマンだったら仕事着でスーツを着ることが多いと思うが、スーツでもシャツでもネクタイでも靴でも、何着も持っている中でおそらくお気に入りというか、着ていて体に合った楽なセットがあるだろう。逆に新しく買い替えたり違うのを取り入れてもなんとなく体に合わなかったり気分に合わなかったりして、結局あまり着ない服も多いんじゃないだろうか。もしくは買ってしまったからときどきは身につけるけれど、あまり気分が乗らまいまま着続けるとか。そういう服装はなるべく排除してしまって、体に合った心地いい服だけを着続けたらいいと思えてきた。服装の不調和はストレスにつながり、仕事や他の部分にも影響が出る。

制服を持つ

誰もがスティーヴ・ジョブズみたいになるのはあまりにもストイック過ぎて真似できないだろう。服を着るのは楽しみでもあるから、ときどき流行を気にしてみたり冒険してみたり娯楽としてのファッションを取り入れるのはいいと思う。それとは別に、普段着る服として迷わなくていいような、着ていて楽で、かつ自分の生活圏内ならどこでも着ていけるような一定の型を持ってしまえば日常生活がより過ごしやすくなる。

一定の型を持っていれば、服を選ぶ手間や、服が合わないことによるストレス、ファッション的な意味だけでなく温度調整やサイズ感などの些細な悩みからも解放される。中高生の頃は(中には私学の幼稚園や小学校なんかも)学校指定の制服があった。僕は制服がすごく嫌いで、夏は暑くて冬は寒くて何よりも着心地が悪かったから制服についていい思い出がない。しかし大学生になると一部の学生から「制服のほうが楽だった」という意見があった。彼らが言うには「服を選ばなくていいから」ということで、当時の僕には全く理解できなかったが、今考えると一理ある。今はもう、学生服のような肌に合わない服を無理に着させられることもない。多少の制約はあるにしても、大体は自分で選べる。自分が選ぶ、自分のための制服を持つというのはいいかもしれない。

制服に適した服

ではどういった服を選べばいいだろうか。それぞれの状況やスタイル、好みに関わらず普遍的な、制服に適した服装の条件を考えてみる。まず一つは、一点物を避けること。スーツやシャツをいつも作ってもらっている店があり、安定供給があるなら一点物でも構わない。スティーヴ・ジョブズのタートルネックも特注らしいから。しかし、あるワンシーズンしか作られなかった物や、安定していないモデル、ブランドの一点物は、その一点が着られなくなったらそこで終了してしまう可能性が高いため、制服には適さない。上着のように一生着られる物や直して着続けられる物であれば一点物でも問題ないが、重要なのは、同じ物を買い替えたり直したりしてずっと着続けられるということ。できれば店の場所も近い方がいい。

値段はめちゃくちゃ高くないほうがいい。普段着なんだから汚すことも着倒すこともあるため、何着か買えるぐらいの値段で留めておいたほうがいい。では安すぎるのはどうか。すぐダメにならない程度に品質が良くて、自分に合っていれば安すぎてもいいと思う。松本人志のBVDシャツは2枚で2,500円ぐらいだ。

デザインは古びないものがいい。流行物は時間が経つと着ていて恥ずかしくなるから避けたほうがいいだろう。また、年をとっても違和感なく着れるものが理想だ。そうなってくると、候補はおのずと絞られてくる。シーンを選ばず、いつでも手に入るような、時代や年齢を重ねても違和感のない、高すぎない、着ていて一番ラクな服装が自分にとっての制服候補となる。

大人になってからの制服デビュー

もともとファッションフリークでも何でもなかったが、今までの人生で同じ服や靴を買うことが一度もなかった。それは単に飽き性だったというか、全く同じものをまた買うのがもったいない気がしていたからで、おそらく多くの人はあまり同じ服を買ったりしないんじゃないかと思う。それが段々と衝動買いしても着ない服がわかってきて、着ない服をクローゼットに眠らせておくほうが邪魔だしもったいないと思うようになってきた。

そしてやはり、外国でずっと同じ服を着ていた経験も、自分の服に対する意識を大きく変えた。移動が多かったから何着もの服を持ち歩くことなんてできず、夏と冬ごとに4着ぐらいを2年半着回していた。途中でボロボロになって捨てたり、新しく買った服が着れたもんじゃなくて捨ててしまうこともあった。そんなときに同じ服がもう一着あればなあと思った。着心地や汎用性が立証済みの服があるにも関わらず、一着しか持っていないことを悔やんだ(外国には売ってなかった)。

いつも同じ服を着るようになっても、よほど似合っていなかったりしない限り誰も気にしない。ファッションを楽しみたければ、普段着の上か下に併せやすいものを買えばタンスの肥やしになりにくい。自分の制服があればそれが基準になり、他の服を買うときもハズレを引きにくくなる。着ない服を買ったり持っていてもしょうがないんだから。

普段なんとなく同じ服ばかり着ていたり、着やすくて気に入っている服装があれば、それを自分の制服と化してしまうのはアリだと思う。次に服を買うときに、躊躇わずにまたもう一着同じ服を買ってみるとか。自分の定番を持ってしまえば楽なことが増えそうだ。