日本人だったら黒澤明ぐらい見ておこうぜ

「世界のクロサワ」です。今年の夏、京都に遊びにきたオーストリア人と映画の話をしたときも、スタンリー・キューブリックと黒澤明で盛り上がった(赤ひげと乱が好きだと言ってた)。黒澤明の映画を見ていれば、映画好きの外国人とも話題に事欠かない。しかもそれを自国の映画として語れるなんて、素晴らしきことかな。

そんな機会は滅多になくてもクロサワ映画、時代劇だし、古い映画だし白黒だし、なんだかとっつきにくいと敬遠されがちである。しかし作風はエンタメが多く、内容も難しくない。気軽に見れておもしろいんだから、見ておいて損はない。僕は社会人のときにはまって結構たくさん見た。僕が見た中でオススメをいくつか紹介してみる。ちなみに僕が見たのは以下13作品(制作順)。羅生門 / 白痴 / 生きる / 七人の侍 / 蜘蛛巣城 / どん底 / 隠し砦の三悪人 / 用心棒 / 椿三十郎 / 赤ひげ / どですかでん / 影武者 / 乱

5位「影武者」

戦国モノだ。戦国時代ファンであれば黒澤明が描く戦国モノというだけで興味がそそられる。戦国時代を扱うといってもNHK大河ドラマみたいに、堅苦しかったり難しい話ではない。時代設定は長篠の戦いの前、主人公は泥棒かなにかそこらへんの薄汚いジジイだが、武田信玄の影武者を務めることになる。その主役を仲代達矢が演じており、織田信長は隆大介、武田勝頼は萩原健一、徳川家康や森蘭丸、丹羽長秀、上杉謙信などもチョイ役で出ている。

見ていない人にとっては軽くネタバレになってしまうが、隆大介の舞う敦盛が良かった。織田信長の演技自体は全然なんだけど、この敦盛だけは他のどの映画、ドラマで演じられる敦盛よりも織田信長らしくて良かった。

4位「どですかでん」

興行成績が悪かったことで有名。どですかでんという映画は、荒廃しきったドヤ街みたいな場所で生活する人たちの、日常がテーマになっている。あしたのジョーの泪橋みたいなところ。涙あり笑いあり、と言われるが僕にとってはちょっとキツい映画だった。なんというか、スラムの生活風景というのはいくらそこに人情があって、小さな幸せがあったとしても、見ていてゾッとするつらさがある。

なぜなら僕はそういう経験を積んでいないから。ホームレス同然の生活もしたことがなければ、ましてやそれが普通だった日本の姿なんて想像もつかない。外国のスラムを見て覚える恐怖に似ている。あまりにも日常から遠くて、理解が及ばない。こんなところで、こんな日常が繰り広げられる場所で、僕は生きていけないと感じた。

3位「用心棒」

うってかわって、わかりやすいエンタメの用心棒。クリント・イーストウッドの出世作となった「荒野の用心棒」はこの「用心棒」の丸パクリだとして有名。時代設定は明確ではないが江戸後期、とある宿場町に立ち寄った凄腕の剣客、宿場町は地元ヤクザの二大勢力が抗争中で、どちらも剣客を味方に引き入れようとする。

メインストーリーとして、ヒーロー侍が貧しい民のために立ち上がって悪を懲らしめる、みたいなすごく単純なエンタメを軸に置いている。しかし、その単純な話をどう展開させるかには工夫が凝らされている。そこには水戸黄門や桃太郎侍、遠山の金さんといった時代劇にある、子供だましならぬ老人騙しの都合の良い展開はない。侍は強そうなんだけど、殺しても死なないスーパーヒーローではなく、大権力者でもない。考えて動き、時には傷つき、あの手この手を尽くして事態を進めようとするのがこのリアル時代劇、リアルヒーローモノである用心棒のおもしろさと言える。続編として「椿三十郎」があり、そっちの方が好きという人もいるだろう。

2位「七人の侍」

黒澤映画の代名詞とも言える映画がこの「七人の侍」。3時間ぐらいあって非常に長く、特に前半はなかなか話が進まないためダレてしまう人も多いと思うが、後半は急速に展開する。やっぱりおもしろくて、今までに3回ぐらい見た。黒澤エンタメの真骨頂と言える。時代設定は戦国のようだが「影武者」のように具体的な歴史上の人物が登場する史実に沿った話ではない。野武士の集団に襲われそうな村の住人が、町に出向いて侍を雇い村を守ろうとする。歴史に隠れた日常の、どこかでありそうな物語。

この映画に出てくる農民が非常に農民らしくて、今の日本人そのままだ。侍も、今の日本社会でのし上がっている一部の人たちを彷彿とさせる。そしてこの、農民と侍の組み合わせがおもしろい。まさに今の日本社会における、強き者と弱き者の微妙な関係をわかりやすく現している。この映画は「影武者」や「用心棒」のような主人公がはっきりと存在しない。かと言って「どですかでん」のように各人物の物語を集めた作品でもない。島田勘兵衛や菊千代、勝四郎、利吉といった主要人物を初めとする侍や農民たちが、互いの立場を越えて複雑に絡み合っている。侍も農民もめちゃくちゃキャラが立っている。僕は久蔵が好きだった。この映画を見た人は誰でも久蔵に憧れると思う。

1位「生きる」

一番好きなのは「生きる」です。「七人の侍」をまとめ上げる役をしていた志村喬が、この映画ではなんとも冴えないおっさん主人公を演じている。時代は戦後復興の昭和、市役所の課長を務める渡辺は健康診断で自分が胃ガンであると判明する。余命が短いとわかり、途方に暮れる。今までの人生は、今自分がやっていることはなんなのか、わけがわからなくなって市役所を無断欠席し、夜の街をさまよう。

バーで「いのち短し、恋せよ乙女」とゴンドラの唄を泣きながら歌うシーンが好きで、なんとも言えない惨めな姿を呈している。当たり前のように続く日常、ただ過ぎるだけの日々を送ってきた中高年の男が死を目前にし、自分には何もないことを実感する。近い未来に確定した死と、中身のない生活という二重のショックを受けながらも、人生ってなんなのか、生きるとはどういうことなのか、残された時間を走り回り探す。重いテーマに聞こえるが、その冴えないおっさんぶりを実にコミカルに描いているため、気分が滅入るどころか笑えてくる。同時に、それを全く笑えない自分がいる。この映画は見る人の年齢を選ばない。若い人が見てもおっさんが見ても、痛いところを突かれるんじゃないかと思う。人生に迷ったとき、今の生き方に疑問を感じたとき、「このままでいいのかな?」って思ったらこの「生きる」を見てください。

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マイベスト・オブ 黒澤

けっこうベタなラインナップになったと思います。他には「乱」を高く評価する人が多いけれど、個人的にはシナリオと舞台設定が合っていないように思えた。戦闘シーンは「椿三十郎」や「隠し砦の三悪人」も有名。パクられたりアニメ化されたりリメイクされたりしている黒澤映画、オリジナルが一番おもしろいんで、今まで食わず嫌いだった人も興味が湧いたら見てみましょう。見た人は自身のベストを教えてください。

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