「なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?」感想・書評

2013年に出た本で、時代を体現していた。タイトルにある「ゴッホとピカソ」の話はほとんど出てこない。この本は、コンサルや事業の立ち上げを経験してきた若い著者の、お金とそれ以降にまつわる未来志向の本だ。こういう未来志向が2013年当時流行っていたことを思い出させる。そして2017年も終わりに差し掛かると、やや現実味が帯びてきている(例えばビットコインとか)。

世の中は少しずつ変わっている。体感している変化を頭で理解したいときに、この本が向いているかもしれない。いろいろなテーマについて書かれているため、個別のトピックを取り上げるとやや普遍性に欠けるが、その先は自分で調べればいい。具体例の指標となるような項目は提示してくれている。世の中はこの本に書かれているようになるかもしれないし、ならないかもしれない、一部既になっているかもしれない。

1時間でわかる、お金の移り変わり

最初の章ではお金(貨幣)について、短く簡単に解説している。経済学などを学んでいない人は、この60ページほどの短い章を読むだけでも、お金についての基本を理解することができる。物々交換から金本位制を経て、国家が自由にお金を刷れる時代へと変わった。その後企業が台頭してくると、金が金を生む時代になり、実体経済と金融経済の解離が進み、キャッシュは希薄化した。そして現代では、国家の信用があてにならなくなった。そういうことが著者の経験とともに説明されている。

国家が担っていた役割は、企業や個人が担うことになる。その役割の中心は貨幣発行権であり、企業や個人が担うのは通貨の裏付けとなる信用だ。通貨以外にも物資の流通や生活保障など、民営化されていってることの全てが当てはまる。

これは先日読んだ「ルポ 貧困大国アメリカ」のことを考えると、場合によってはかなり危うい。利益を出すことを至上の命題と掲げる企業が、医療や福祉事業など本来金銭的利益と相反する分野で活躍するとなると、そこで暮らす人々が企業の電池と化してしまう地獄絵図が「ルポ 貧困大国アメリカ」でレポートされていた。

使命がお金につながる

その手の話はこの本のテーマから外れる。この本では次に、個人の生き方について書かれている。お金との付き合い方とか、向き合い方とか。

もし世界に価値を産み出したいなら、価値をお金に変える「バリュー to マネーの世界」で生きていきたいなら、何よりもまずは"好き"を追求しよう。やりたいことがみつからないなら、やるべきことをやろう。「やるべきこと」とは「貢献につながること」だ。自分の才能がわからないなら、わずかなことでいいから、人の役に立つことを手がけよう。 p75

それがゆくゆくは自らの使命へと成長していき、使命が価値を産み、そしてお金に転じると著者は言う。そして使命を見つけるコツは、私欲を削ることだと。このあたり、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」みたいな話に思える。また、お金を稼ぐことだけでなく、個人としての信用を創造するキャリア形成みたいなことを書いている。

お金主体から信用主体へ

中盤からは、なるべくお金を介さない生き方へ話がシフトしていく。古代では物々交換が主流だったが、貨幣経済へと移り変わり、お金は膨張して独り歩きするようになった。そしてネットワークが発達した現代では、物々交換がまた現実的になってきた。物々交換には税金がかからないし、お金にはない暖かみもあるとか、そういう話や実例も展開されている。

物々交換の背景にはお互いの信頼関係と信用創造があり、全体的にはお金より信用が大事とかそういうことが書かれている。話としてはおもしろいし、部分的には賛同できる。

例えば旅行についても触れられているが、これからの旅行は観光地を周るものではなく、コミュニティや体験をシェアするものに変わっていくとか。観光旅行はお金を払えばいくらでもできるが、その先に進もうと思えば信用が必要になる。ブログ発信のようなものに限らず、現地の人とのコミュニケーションを旅行の中心に置いたり、既に実践している人も多いと思う。

信用とは何か、この本では「プロフェッショナル・アドバイザー 信頼を勝ち取る方程式」の指標を借用している。

信用度 = (専門性 + 確実度 + 親密度) / 利己心 p139

著者の言う「信用主義社会」ってどっかで聞いたことあるなーと思ったら「評価経済」に響きが似ていた。読んでないけれど内容は似通っているんじゃないだろうか。

SNSは個人のIR

facebookやTwitterのようなSNSについても言及している。

これらはコミュニケーション・ツール(交流ツール)でなく、コントリビューション・ツール(貢献ツール)として使うといいだろう。 p154

わー息苦しいネットのリアル化ですね。ネットを価値観の発信、共感やコミュニティの媒介ととらえるなら、必ずしもポジティブを目指すこともない。それぞれの価値観や方向性に見合った利用のしかたがあると思う。

この本の書き方は希望的、理想的、キレイ真っ当で売れる本の書き方となっている。著者の現実に即しているかもしれないが、一般人の現実からはいくらかの距離があるだろう。疑問もなくはないが、それはこの本がたった200ページばかりしかなくて、書ききれていない部分だと思う。全体の主張としておもしろかったから、「本当かなー?」と疑って本を元にいろいろ調べていけば尚更楽しめるのではないだろうか。

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