「高い城の男」書評・感想

初フィリップ・K・ディック。フィリップ・K・ディックの著書としては、映画「ブレードランナー」の原作である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」が有名だが、読んだことない。原作と映画の内容は全然別で、監督のリドリー・スコットは原作を全く読んでいなかったとか。「ブレードランナー」は見た。続編の「ブレードランナー2049」に至っては映画館に見に行った。他にも「トータル・リコール」「マイノリティ・レポート」など、有名な著作が映画化されている。

今回読んだ「高い城の男」は映画化こそされていないものの、Amazonプライムビデオにてドラマシリーズが配信され、現在シーズン3まで続いている。シーズン4で完結のうわさ。僕自身はドラマ化されたことでこの原作小説を知った。ドラマ自体は1話しか見ていないが、長く続いているということはわりかし評判なのだろう。

世界観

「高い城の男」は「ブレードランナー」のようなサイバーパンクと違い、歴史改変モノSFだ。第二次世界大戦でナチスドイツと大日本帝国が、アメリカやイギリス、ソ連の連合国に勝利した世界を舞台にしている。戦後15年、1962年。アメリカは日本とドイツによって東西分割統治され、ヨーロッパやソ連、南米、アフリカもそれぞれ日本とドイツの植民地、傀儡国家として支配されている。戦前よりロケットの開発が進んでいたドイツは宇宙開発に乗り出し、火星や金星にまで旅行できるようになった。ベルリンからサンフランシスコまで、わずか45分で移動できるルトハンザ航空のロケットが実用化されている。

占領された国民アメリカ人は、ドイツ人や日本人を憎みつつ、支配される側として覇気を失っている。日本人に対してジャップと陰口を叩きながらも、大手を振ってまちなかを歩くことさえできず、肩身の狭い暮らしをしている。ナチスによるユダヤ人狩りは現在まで続いており、ヒトラーの思い描いてた第三帝国を地で行っている。ヒトラーは既に引退しており、ドイツ国内では後継者たちによる派閥争いが続いている。日本とドイツも互いに罵り合い、牽制し合う仲であり、決してうまく行っていない。「今度はイタ公抜きでやろうぜ」でお馴染みのイタリアも一応出てくる。

この本が発表されたのが1962年、今から57年前。この本の舞台も同じく1962年、戦後15年。発表当時は「もしアメリカが戦争に負けていたら」の現在を描いていたことになる。小説に出てくる敗戦国アメリカは悲惨なんだけど、当時の現実も冷戦の真っ只中であり、キューバ危機があり、ベトナムへの介入を進めていた。どちらも悲惨と言える。

たくさんの主人公

この物語には人物がたくさん登場する。ユダヤ人の職人、日本人の軍人、ドイツ人の軍人、アメリカ人の商人、アメリカ人の女性が、それぞれの立場や主張を持ちながらこの世界を生きている。これが最初は非常に読みづらく、特にカタカナの名前がたくさん出てきて誰が誰でどこにいて何をやっているのか混乱する。しかも物語が交互に展開するから、「これ誰だっけ?」が頻発するため、読むんだったら2,3日で一気に読み終えてしまうか、人物表みたいなのを作ったほうがいい。

易経

とにかく、この世界で生きる人がたくさん登場する。その生き様が「ドイツと日本が勝ってアメリカが負けた世界」を物語る。そしてこれらの登場人物をつなげるのが「易経」という中国の占いと、「イナゴ身重く横たわる」という一冊の本。この世界では戦後、アメリカ人の間でもなぜか易経が流行しており、今後の行く末をしょっちゅう占っている。日本からもたらされたという設定になっているが、なんのことやら。このような日本に対する当時の偏ったイメージはあらゆるところに散見される。間違った偏見について最初は気になったが、時代が違うし別世界だと思えば気にならなくなった。易経は作者のフィリップ・K・ディックがはまっていたそうだ。

易経 - Wikipedia

「イナゴ身重く横たわる」

「イナゴ身重く横たわる」は作内に登場するベストセラー小説であり、発禁処分になっている。内容は「もし第二次世界大戦に連合国が勝利していたら」という世界を描いた小説。つまり現実の世界のことを書いた小説であり、まさに今紹介している小説「高い城の男」と対になっている。作中では登場人物たちが架空の現実として「連合国が勝利していた世界」を語る。「あっちの世界ではユダヤ人と共産党が世界を二分している」とか。冷戦のことですね。

小説の登場人物たちが「イナゴ身重く横たわる」を通して僕らが住む世界を知る。僕らは「高い城の男」を通して「枢軸国が勝った世界」を知る。作中に出てくる「イナゴ身重く横たわる」は、まるで現実世界と作中世界をつなぐ通路のように思えてくる。「枢軸国が勝った世界」を描いた作品は珍しくないそうだが、このように作中において「連合国が勝った世界」が登場し、それを読むことで登場人物がこちらの世界を知覚するという対照構造は、他の作品には見られないとか。

作中における「イナゴ身重く横たわる」の著者こそが、この本のタイトル「高い城の男」である。こんな本を書いたためナチスに追われ、辺境に要塞を築いて暮らしている。そして登場人物たちはそれぞれが「イナゴ身重く横たわる」をめぐりながら、物語はミステリのようにつながっていく。

感想

あらすじの紹介だけで終わってしまったが、この本は冒険活劇ではない。このようなテーマを扱いつつも、スリルとサスペンスとアクションにまみれた娯楽小説ではない。これは文学だと僕は感じた。人間を、人生を考えるための文学だと。「高い城の男」の舞台である枢軸国が支配する世界はパラレルワールドであり、「イナゴ身重く横たわる」の連合国が勝利した世界も現実とはやや異なるパラレルワールドとなっている。どの世界においても問題があり、人は悩み、選択し、行動している。自分にとって重要なのは、世界がどうであるかではなく、その世界とどう向き合うのか、自分自身の内面にある。そのような事を言われているように感じた。全く違う歴史を生きる彼らも、その世界と向き合い、自らの選択と行動によって人生を切り開いている。生きる世界が違っても、僕らのやることは同じ。

新世界

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