「水曜どうでしょう」を見たことがなかった

最近になって、Netflixに入っている「水曜どうでしょうClassic」を全部見てしまった。テラスハウスは連続で見れなかったが、「水曜どうでしょう」にいたっては見事にはまってしまっている。なんてひどい番組なんだと。Netflixで配信されている回は全部見てしまったが、なにやら追加されていっているようで、昨年12月にはサイコロ1〜6が増えた。もっと追加してほしい。しかし次にいつ増えるのか、むしろ配信期限が切れるのかもわからないため、ついにDVDを買ってしまった。こちらは北海道から送られてくるためまだ手元に届いていない。

「水曜どうでしょう」の何がおもしろいのか

番組の存在は以前から知っていた。北海道ローカルの番組で、大泉洋がブレイクするきっかけになったのも知っていたが、今まで全く見ようと思わなかった。まず、どうでしょうファンの連帯感が不気味だった。実際自分の周りにいる「水曜どうでしょうが好き」と公言しているヤツはだいたい気持ち悪かった。今や僕は彼らの仲間入りだ。次に、どんな番組なのか全然知らなかった。僕はせいぜい、ぬるい旅番組なんだろうと思っていた。ローカル局がやってるブラタモリ的な、ほのぼの旅番組なんだろうと。見たことがない人の中には、僕のように思っている人もいるんじゃないだろうか。

全然違いました。こんなメチャクチャでひどい番組だとは思わなかった。「水曜どうでしょう」がどんな番組かを一言で表すと無意味で理不尽なことを延々とやらされ、苦しみかつ怒っている様子を笑う番組。とにかくひどい。人によっては全然笑えないだろうし、23年前だからこそ成り立っていたような企画も多々あり、今やれば苦情が殺到する。

その倫理観がギリギリ平成時代のラインで構成されており、僕なんかだと大笑いする。僕らがセクハラや人種差別ネタ、ゲイをバカにするような昭和のメチャクチャやっているラインを笑えないように、今の若い人やこれからの世代の人はもしかするとついていけないラインかもしれない。「水曜どうでしょう」はそういったギリギリ平成のラインを攻めた番組である。

「ほのぼの」ではない

だから決してほのぼの旅番組ではなかった。まず過酷。僕が一番最初に見てびっくりしたのが、原付でベトナムを縦断する企画だった。これは旅行者だったらわかるんだけど、メチャクチャ危ない。途上国は信号なんて機能していないことが多く、法律もゆるいから交通ルールはあってないようなもので、反対車線にはみ出して走ることが日常的にある。事故があっても加害者は逃げ、救急車は来ない。そもそも病院がない。医者がいない。だから致死率が高い。なのに交通量は多い。

外国に行ったときそういう危険な車に乗ることがよくある。移動するためには乗らざるを得ない。そのときに「この国で運転だけは絶対やりたくない」と思う。だからベトナムに行っていきなり原付で縦断することが、いかに頭がおかしいことか…。そんな無茶をさせられている大泉洋とミスターを見て笑うというのがこの番組の構図だ。狂っている。

電波少年との違い

ベトナムの例で「電波少年に似てる」と思った人もいるかもしれない。有吉も出ていた「進め!電波少年」では若手芸人がヒッチハイクで大陸を横断したりしていた。電波少年と大きく違うところは、電波少年が全国ネットの番組であることだと思う。電波少年でも意味のない海外ロケを若手芸人がやらされる企画はたくさんあった。「若手芸人が無茶をさせられ嫌がっている様子を笑う」という構図は同じだが、若手芸人が番組サイドを罵ったりカメラが回っている前で文句ばかり言うことはない。電波少年における若手芸人の立場は最底辺であり、番組に文句を言えない立場である。

「水曜どうでしょう」は北海道ローカルで、いくら頑張っても全国には映らない。そして大泉洋はお笑い芸人ですらない。番組放送当初は現役大学生であり、テレビ出演はバイトだった。他の出演者もある程度固定されているから、出演を競うこともない。番組自体が出演者も含め非常に少人数、低予算で構成されている。そのため番組サイドと出演者が非常に近い。だから大泉洋は番組の企画やロケに同行するディレクターに対して遠慮なく怒り、文句を言いまくる。この怒って文句を言いまくる部分がこの番組の肝であり、電波少年になかったところだ。

番組サイドへの怒り

大泉洋はロケで酷い扱いを受けたとき「タレントを何だと思っているだ」とか「タレントに対してこんな扱いがありますか」というようなことをよく言っている。メチャクチャなことをやらされていることに対して怒りを顕にしている様子が笑える。この"怒り"の要素がないと、出演者がただ文句も言えず番組に嫌なことをやらされているというイジメ、虐待の構図に見えかねない。それはただかわいそうで笑えない。

どうでしょう内においても"怒り"の要素が欠けた企画は正直言ってあまりおもしろいと感じなかった。人気企画だったサイコロの最終回であるサイコロ6は、もはや既にサイコロの旅を理不尽とも思っておらず、全く嫌がっていなかった。当然そこには出演者の企画に対しての怒りはなく、視聴率を取りに行こうと頑張っている様子だけが映され、見ている方は興醒めした。同様に2011年の原付日本縦断においても苦しみと怒りの要素が欠けていた。ミスターがいまいちわかりにくいマルシンへのつらさと怒りを持っていたぐらい。

ひたすら無意味なことをやっている

また電波少年との比較になるが、電波少年において「無意味な企画を若手芸人がやらされる」ことには意味があった。若手芸人は全国ネットのテレビに映ることができる。売れるチャンスがあるから、そこで少しでも爪痕を残そうと、理不尽な企画も頑張る。

一方どうでしょうの企画は本当に意味がない。サイコロという企画は、サイコロを振って移動するだけのすごろく企画だ。サイコロの目には移動手段と行き先が割り振られている。移動先に着くと、また新たな行き先が割り振られたサイコロを振って、ただひたすら移動だけを繰り返す。道中の旅レポなんてものはなく、ただひたすら移動だけ。それが3日ほどノンストップで続く。ゴールは彼らのホームである北海道で、北海道行きの目が出たら帰って終了する。

出演者は何をすることもなくただ連続で電車に乗り、フェリーに乗り、長距離バスに乗り、北陸、九州、四国と行ったり来たりする。大泉洋とミスターは疲弊していき、「もう深夜バスで寝れない」だの「ケツの肉が取れる」だの不満と恨みを垂れ流す。拷問ショーに近い。そこには「若手芸人がブレイクを狙うため全国ネットで頑張る」という構図もなければ、「移動中の旅の風情を楽しむ」こともない。全く意味がない。意味がないことがおもしろい。

将来のキャリアのためだったり、旅の価値を見せたり、意味のあることを頑張っている姿なんて見せられてもしらける。そんなつまらんものが見たい人は、日テレの24時間テレビでマラソンを見ていればいい。24時間テレビなんて、やっていることはどうでしょうと同じだ。ただ「頑張っています!」「大事なんです!」「意味があるんです!」というアピール合戦があるだけ。そんなものは見たくない。

素人感

僕は関西の人間なんだけど、身の回りの関西人でどうでしょうを見ている人を知らない。多分こっちではあまり人気がない。理由としては、お笑い芸人がやるローカル番組がたくさんあり目新しさを感じないからじゃないだろうか。どうでしょうみたいな無茶な海外ロケをやる番組は知らないが、どうでしょうを見たことなければそれも知らず、埋もれてしまう気がする。

ただ、芸人がリポートする関西ローカルの番組は妙にこなれていたり、笑いを取ることに本気で、どうでしょうのような素人感がない。どうでしょうは仲間内だけで楽しんでいるサークルの雰囲気がある。それが苦手な人も多いと思うが、僕はそういう大学生の兄ちゃんが無茶をさせられて文句を言っているような素人感にリアリティを感じる。

自分なりのおもしろさ

これらは僕の視点から見た「水曜どうでしょうのおもしろさ」であり、他の人は全然違う理由を挙げていたりする。水曜どうでしょうのBest回、神回ランキングなんかを検索してみると、人によって全然違う。それでも多くの人に親しまれているのが「水曜どうでしょう」であり、見た人はみんな自分なりのおもしろさを見出すのではないかと思う。だから、興味が湧いたら一度見てみてください。Netflixに入っていれば一部見れます。DVDはレンタルされておらず、購入はHTB公式通販のみ(他は転売で割高)。

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