読ませる仕組み、読まれる構造への違和感

ブログごっこみたいなものやってきて、今更だけどやっぱりそういうのは向いてないなと心底思う。今はnoteでも書いているけれど、そっちは営業っぽいマガジンを別にして、完全に日誌スタイルに戻した。やっぱりその方がしっくりくる。読ませる文、読まれることを意識した文章って、自分はやっぱり読みたくないんだよな。特にそれが情報だったりすると避けがち。noteにおいてもそういう営業スタイルがはびこっていて、ほぼ読む気がしない文章ばかり。

自分がはてな匿名ダイアリーを好んで読み続けるのは、読まれることを意識していたとしても、それが「おい、ちょっと聞いてくれよ」程度のもので、あとは完全に個人の駄文でしかないから。そういうものだけ、ついつい読んでしまう。そういう読み物ではない書き物が好きで、そういうものは近年見つけにくい。玄人ぶった鼻につく文章か、商業主義丸出しの文章ばかり。文句言うなら金出して好きな本を買えっていう話なんだろう。

YouTubeも同じで、金儲けを意識して作られたような営業スタイルのYouTubeは2秒で閉じる。だったらドキュメンタリー番組見てろって話なんだろうな。クオリティを求めるなら。いや、僕が本当に求めているのは、大学のサークルの悪ノリの延長のような素人感、そういうクオリティです。ウェブコンテンツが金になる前はそんなのばっかりだったから。こんな事言うとまた老害の懐古になる。

つまり、金にならないサービスはおもしろい可能性ありです。はてな匿名ダイアリーしかり。あそこでいくら受けようと一銭も儲からない。noteがおもしろくないのは、金を生むからどうしてもカス寄りのコンテンツがはびこってしまう。YouTubeも同じ。わかりますか、この水曜どうでしょうのサイコロは1〜3までがおもしろかった、という感じ。

まあでも大半の人は現状の儲かるコンテンツに金を払っているわけで、僕の言ってることとは真逆の行動をとっているから僕がこんな事を言っても「はぁ?何いってんの?」という感じなんでしょう。とんちんかんなのでしょう。だって僕が受け付けないものが世で受けているんですから。

いや、なんだろうね、タイトルに戻ると、はいどうぞって読み手に配慮して与えられたものは、味気ないというか。僕は料理とかでも、見た目にめっちゃ気を遣っているのは苦手だったりする。見た目が悪くとも、おいしければいい。そのハードルを下げる感じ、お客に配慮する感じがあまり好きじゃない。もっとそのまま出ているものがいい。そのまま出ているからこその味わいがあって、そういうのを欲しているのだと思う。飾り気のない、下心のないもの。

だからそういう、読み手を意識した巧妙なテクが散りばめられているような文章だったりYouTubeって、それ自体が作品のクオリティを上げる要素でなければ享受したくないのであります。だって、金がほしいだけやん。別に欲しがってもいいだけどさ、そんなの見たくない。要するに、ウケを狙って作られたコンテンツを見て喜ぶ低俗な連中と一緒にすんな!