コンテンツはその気があるうちに貪り食うのが吉

いつどのタイミングでも抵抗なく食べれるコンテンツというのが、意外とない。ドラマや映画が喉を通らない季節もある。Netflixに加入した当初はドラマを見まくっていたが、今は手を出す気にもならない。映画はときどき見ている方。毎日見ていた頃もあったから、その日々に比べれば見ていない方。漫画アニメは比較的いつでも消化できる方。ただ一気に消化してしまうため、見たいコンテンツがなくなってしまう。

少し前までは、全く本を読む気分ではなかった。最近は毎日読んでいる。読んでも読んでも買ってしまうため、ストックが一向に減らない。読む本、読みたい本に左右されることもあるけれど、読み出せば続けて他もどんどん読むから、やはり内容よりも気分が大きい。気分大事。その気があるうちにどんどん消費してしまったほうがいい。

映画もドラマも今のところ、季節が巡ってきたら再び消費モードに入ることができる。けれど、そのモードがもう来ないことだってある。視力が悪くなれば、本を読むのは億劫になるだろうし、映像の魅力も半減する。耳が遠くなればラジオや音楽だって遠くなる。コンテンツへのハードルが高くなってしまえば、もういいやって思ってしまうかもしれない。ある特定の対象について、消費モードが永久に失われてしまう可能性もある。身体機能だけでなく、環境が変わったりお金がなくなったり、コンテンツそのものが失われてしまうこともある。

たまに、「老後の楽しみにとっておく」というような言葉を聞く。「アフリカと南米旅行は後の楽しみにとってある」と言っていた人がいた。旅行はコンテンツではないけれど、僕は行けるうちに行っておいたほうがいいと思う。若いうちとは言わない。行きたいと思ったとき、行けるうちに。お金とその気があれば。

楽しみは最後まで来ない可能性がある。例えばシリアは2011年まで、普通に旅行できる国だった。文化遺産もたくさんある。けれど内戦が始まって10年経った。いまだ終わる兆しがない。失われてしまった観光地もたくさんあるだろう。もしシリアに行きたかった人が、2011年以前に「後の楽しみにとっておく」をしていたら、悔やんでも悔やみきれないのではないだろうか。あの頃のシリアはどう足掻いても戻ってこない。

お金も時間も体力も意欲も、現場さえも、今そこにあることが奇跡だっていう可能性はある。やりたいことは、できるうちに。勉強とか仕事とか、お金を稼ぐとか、そういうのに時間と労力を費やすのも、本人がやりたいならそれでいいと思う。僕はそういうの全然好きじゃないからやめた。

やりたかったことはやり尽くして、もうない。自分がやりたいことのために苦労しているなら仕方ないけれど、どうでもいいことのための、ただの苦労からは早く逃げたほうがいいと思う。

やりたいと思ったことをすぐ始めている人は、例え失敗しようとも大体正解。楽しくなくてもいい。その気があるうちに始めて気が済むまで貪り食ってしまう。