美しさに魅了されるとは

どういうことなのだろうか。よくわかっていない。

今日あるポスターを見かけた。写っているその人は、端的に言って美人だと思った。けれど明らかに整形していた。僕はその人のことを高校生ぐらいから知っていたが、今もあまり変わっていない。それは普通に考えると異常なことだ。20年以上の歳月が、その人に関してはなかったことにされている。僕よりも年上で、今は40代半ばらしい。とてもそうは見えない。せいぜい30代ぐらいにしか。

アンチエイジングについて、以前ポッドキャストか何かで聞いたことがあって、25歳ぐらいまでなら若返ることができる、それより前には技術的に不可能というようなことを言っていた。ポスターで見たその人も、単に整形というよりアンチエンジングを施したというところなのだろうか。なぜ若さに、美しさにそこまでこだわるのだろう。年相応ではいけないのだろうか。

以前にテラスハウスという番組で、出演期間中に整形した人がいた。整形やアンチエイジングがいいとか悪いとかっていう話ではない。他の出演者の人が、その整形した人の美しさに魅了されていた。美しさが人工的なものであるということは、その人たちにとってあまり重要ではなかった。

美しさを追い求めるにあたり、手段を問わない人たち。そうなろうとする人と、そういう人に魅了される人。そういえば昔、「永遠に美しく」という映画があった。ブルース・ウィリスやメリル・ストリープが出ていた。美しさに文字通り魂を売る話だった。

そうまでして取り憑かれる美しさとは、一体何なのか。美しさに魅了されるとは、どういうことなのか。何かこう、雰囲気だけではないロジカルな説明が読みたい。美しさに魅了されることと、性的に惹かれることはまた別のような気がする。例えば美術とか、音楽、もっと言えば数式とかにも、その美しさに魅了されることがある。

ちょっと調べてみた程度では、哲学の話や構造的、統計的な認知の話ばかり出てきた。なぜ、なんのために、魅了されるとはどういうことか、よくわからない。そのよくわからなさで言えば、信仰に近い。崇め奉ることも同じぐらいよくわからない。信仰も美も、当事者主観の理屈がなかったとしても、客観的に説明できないものだろうか。

美しさを基準に物事の善し悪しが判断されることは珍しくない。でもその美しさが何なのかはわかっていない。