自分に酔うことは気持ち悪いとされるけれど、別にいいのかなあと思った。それ自体はなんら咎めるほどのことではない。だから自分に酔っていけばいいんだと思う。「自分に酔っていると思われないための努力」を頑張ることはないんだと思う。
ファッションとか、ファッションなんとかはたいてい自分に酔っていないとできない。自分に酔うとカッコつけるはイコールなのか、延長上にあるのか、ともかく人は日常的に自分に酔っていないとできないことをいくつもやっていて、その都度「自分に酔っていないフリ」をする必要はない。
ファッションにしても音楽にしてもスポーツにしても、それ自体が好きだったり楽しくてやっていることも多分にある。それと同時に「カッコいいと思ってやっている」は両立する。どちらかだけってこともあれば、両方ってこともある。反対に、カッコ悪いと思いつつ、人には誇れないけど楽しくて、好きでやめられないってこともある。
そういう両軸があるか。「カッコいい↔カッコ悪い」軸と「好き↔嫌い」軸。世の中には、「別に好きじゃないけどカッコつけるためにやってる」人だっているか。そうなると「自分に酔ってる」は必ずしも=「カッコつける」ではないかもしれない。
「自分に酔っている」ことがネガティブな意味で使われるにあたり、もう一つ考える軸がある。それは、他者に対するアピールだろう。自分一人で自分に酔っている姿もネガティブに捉えられるかも知れないが、自分に酔っている姿を見てもらいたくてさらにアピールしている姿は、よりネガティブなイメージとしてとらえられる。なんなら評価して欲しい態度を示されたりして、寒気が走ることだってある。
でもそれに気づいたとして、そっとしておけばいいと思った。「あいつ、自分がかっこいいと思って見せつけている」「あいつ、自分がすごいと思ってアピールしてきた」「あいつ今、自分のポジティブさを全面的に褒めてもらいたがってるな」とか、そういうのを感じたときに、僕はサラッと流してしまうことが多い。そういう人の期待にそえることができない。人付き合いが上手い人は、だいたいちゃんと相手の期待に応えて望まれるリアクションを心がけていたりする。
むしろ、自分に酔っている人を茶化したり笑いのネタにしていることが多かったなー。そういうときもなるべく肯定的に、自分に酔うことを咎めないような形でやりたい。自分に酔っている姿が面白いことも、きっと悪いことじゃないんです。関根勤的な返しができたらなあ。