これを読んで。
元彼女の話をわざわざすることはない。たまに出てくることはあっても。いい年だからというのもあるし、パートナーがいる身で過去に別れた人の話をすることもないよなと思う。
おもろエピソードとかもない。過去に別れた人の話をするにあたっての傷つきっていうのも今更はない。いずれも10年以上前の話だから、正確に覚えていなかったりする。最後に別れた人は、僕が仕事を辞めて外国に行くって言うから、もう僕との未来はないと思って別れただけだろう。その前の人は僕が忙しくなって京都から大阪に引っ越して自然消滅みたいな感じだった。その前はお互いの気持ちに距離ができたタイミングで、相手に別に好きな人ができて別れた。普通の話ばかり。
コンプレックスとかもないかな。それは劣等感がないという意味ではなく、人と張り合う気がない。自分が劣っていることは、他人には関係ないかなと思ってしまう。同様に他人が優れているとか劣っていることも、自分にとってはどうでもいいと思ってしまう。だって他人事だから、それが自分の人生を左右しない。
この話題の元ネタになっている人は、初めて付き合った人と結婚して今も続いているらしい。自分の知り合いにもそういう人がいたことを思い出した。
初めて付き合った人と結婚した人は、しなくてよかった失敗を経験せずに済んでいる羨ましさがあるというようなことを10年以上前に書いている。ピュアなことを言うようだけど、生まれてから愛する人なんて、一人だけでよかった。誰かとうまくいかなくなり関係が解消され、あんなに真剣だった気持ちはほぼゼロになり、全く別の誰かに対してまた違った愛情を抱くようになる。相手は決して代替的なものではないんだけど、形式的にはそういう風に見える。彼氏、彼女、妻、夫というポジションだけで言えば、誰かが駄目になっても代わりが効く。そういうのってなんかすごく嫌だ。それぞれの関係性は、全く違った別物であってほしい。人間は代わりが効くパーツではない。
ただ最近、宇多丸さんのロボットドリームス評を聞いて、付き合った人が一人であることはベストかもしれないけど、過去に付き合った人がいることも、決して悪いことばかりではないのかなと思うようになった。恋愛においては、失敗から学ぶことはないと思っていた。というのは、別れてからまた別の人と付き合うことになっても、その人は前の彼女とは違うから、また一からやり直しで、過去の経験が生きない、積み上げがない。というかむしろ恋愛経験が多くてわかってるつもりになってるやつが一番危ない、と思っていた。
でも必ずしもそうでもなかった。一人の人から得られた学びは、別の人に通用しないかもしれないけど、自分を形作る上では過去の失敗経験も確実に学びになっている。自分の人生経験を育んでいる。失敗を経て、次に付き合った人にはより優しく出来るかもしれない。より思いやれるかもしれない。それは相手に対するパフォーマンスが上手くなるという意味ではなく、飽くまで自らの気づきとして、過去の失敗経験が糧になるのではないか。
以下はただの嫌味というか暴言なので、わざわざ課金する価値はないです。