他人のために頑張れる人っていうのはなんなんだろう一体。他人と言っても身内だったり身近な人だったり、全く知らない人や面識のない人からいろんな幅がある。いずれにしても、僕は他人のために頑張れない性質で、他人のために頑張れる人というのはどういう人なのか、よくわからない。他人のことを気に掛けるとか、他人に共感するとかそういうやつなのか。もしくはフィードバックがあって褒められると嬉しいとかそういやつなのか。僕は褒められても嬉しくなくて、人の喜ぶ顔を見ても嬉しくないから、そういう理由では頑張れない。人が喜ぶ顔を見たいっていうのと、人が苦しむ顔を見たいっていうのは方向性が違うだけで一緒ですよね。
でも世の中を見渡していると、他人のために頑張れる人ってそんなにいない気がする。むしろ「こいつ自分のことしか考えてねー」って思うことの方が多い。他人のためって偽装した自分のためっていうパターンも多く、なんだかんだ言ってほとんどの人はみんな自分のためにしか頑張ってないんじゃないか。他人のためにどうしようかなんて、考えもしていない、頭に浮かんだこともないような、利己的な人たちの社会の一員として僕たちは生きている。
僕の場合、自分のために頑張れるかというとそうでもない。自分の願望がないから、頑張る動機にならない。僕が頑張れるときは必要なときだけで、とても後ろ向きな頑張りしかできない。世の中で必要なこととか必要なときっていうのは、幸か不幸かけっこう少ない。だから頑張らないで生きていく、というか生きてきた結果が今。
この「頑張れない」ということが、自分にとって長らくのテーマだった。人はなぜ頑張るのか。人のため、自分のため、それでも頑張れない人はどうなるのか。必要性に基づいた頑張りの先に何があるのか。どこをどう間違えれば、頑張れる人生と頑張れない人生に分かれるのか、その辺が自分は気になるところです。