生きるためには金がいる、それ以外は趣味止まり

これを読んでここ20年を振り返る。

自分にはやりたいこととか無かったから、とりあえず行ける大学行って、行ける就職して、自分一人暮らせる生活費を得てきた。生きることに固執するつもりはなかったけど、死ぬほどのこともなかったからただその日を生きるために働いていた。

そのうち仕事が嫌になって辞め、貯まったお金でしばらく過ごした。働いていた時に旅行が楽しくなり、退職後は2年半ぐらい海外にいた。

それが終わると、貯金100万ぐらいの状態で帰国した。実家に転がり込んで毎日酒ばかり飲んでたら、あっという間に1年過ぎた。その間に海外ボランティアを受けたら落ちた。親から働けと言われ、バイトしつつもまたボランティアを受けたら受かり、海外に行った。

半年経って帰国してから、前のバイト先で知り合った人と結婚した。自分は全然求められる人間ではなかったけど、たまたま運が良かったとしか言いようがない。親の仕事についていって、そのうち自分一人でやることにした。片手間でやってるような仕事だから稼げないけど、奥さんが自立しているから今のところ生活には困っていない。

ここまでがだいたい20代から40代頭までの20年間。自分は欲とか情熱とかやる気が全然なかったから、夢も目標も、それどころか願望もなく、その場しのぎでずっとやり過ごしてきた。趣味はあるけど負荷が上がると楽しくなくなるから、必然的に趣味止まり。才能がなかったこともある。

生活費とストレスのバランスで生きてきた。趣味は言うならばその捌け口になった。今はなんとか生活が成り立っているが、今後のことはわからない。今後のために地味に投資とかをやってきたのが2017年頃からだった。再来年で10年か。

ときどき、そんな夢も希望もない人生を生きていて楽しい?とか、何が楽しくてそんな人生生きてるの?とか言われる。欲求とか衝動とか情熱とか求めるものがない人生。ない側の人間からすれば、そういう激情に振り回されている人生のことがわからない。楽しいかもしれないが、その分苦しんでいるようにも見える。

自分は自分なりに、多くの苦悩を味わってきた。生きるためにやりたくないこと、興味のないこと、苦手なことをやる苦痛とか、行き違いによる失敗とか、実害とか、別離とか、結構堪えることも多い。もちろん楽しいことや良いこともあり、お陰でなんとか凌いでいる。

多くを求めてこなかったのは、自分の性格によるものだろう。多くを求めてしまう人がそうであるように。求めてしまう人の気持ちはわからない。求めてしまう人に理解されないように。どっちがいいとかどっちが楽ってのは無い気がする。なんかそれぞれ、全然違う人生を生きてるなあって。

だから理想の生き方は、好きなだけ映画見たりゲームしたりしながら暮らすこと。人に求められるとか好かれるとか褒められるとか、全部いらないなあ。