少し前に、40代以降の孤独がどうとかっていう話題があった。かなり荒っぽい話題だったので省略するとして。
孤独でいいのではないか?とまた最近は思っている。自分が孤独かというとそうでもない気がするけれど、例えば人生の長いフェーズで頻繁に付き合いがあるような友人はおらず、人との関係はそのときどきで途切れていく。毎日会うような人もいない。奥さんには会うけど、それ以外で週に1回でも定期的に会うような友人はいない。月1回もいない。年に数回会うような関係しか無い。だから人付き合いが多いとか、友人が多いとか交流が盛んな生活をしていない。見ようによっては夫婦二人だけの地味で静かな日々を過ごしている。
孤独とはまた違うかもしれないが、僕個人的には世離れが進んでいる感覚がある。昔は社会参加をしたり、人の和に入っていって、世間との繋がりみたいなものを維持したほうがいいんだろうなと思っていた。それはなんというか、生きていくためだったり、世間から取り残されないように追いつくためだったり、もっと言えば人っ子一人で過ごすことに暇を持て余してたからだった。でもなんか、それも今は必要ではなくなった。
世の中の話題、流行や世間話のようなものは、もう全然追いつけない。これは加齢が進んだことも理由なのか、気づいたときには周回遅れも甚だしくなった。世間のメインストリームだった年代から外れ、時流についていったり追いかける意味もなくなったように思う。自分とは離れたところで世の中が進んでいる。
ただ生活に必要な情報は取り入れている。原油価格だったり国際情勢や政治・経済のニュースだったり。でもそういった情報は他者と関わることを軸においていない。趣味の情報も同じで、自分が知りたいことを追いかけているに過ぎず、人との共有を前提に置いていない。
普段から人と関わっていないと、いざ人と接点があったときの話題がない。共通の話題がある人は普段から定期的に関わっている人で、そうじゃない人とは話題に困る。かつて知り合いだったとしても、年月が空いていたりするともう話が合わない。そして話題がない人とは、その後関わろうとしなくなる。
人付き合いを増やしたい人や、友人がいなくて孤独だとかいう人は、まず話に困らない共通の話題を見つけられるような場と、相手を見つければいいんじゃないか。僕は会社員のとき、一人の先輩と話すときは常にガンダムの話題だった。二人を繋いでいたのは会社という場とガンダムという共通の話題だった。
今の自分は特定の組織に属さず、人付き合いも希薄で、どちらかと言えば世間から離れて、ひっそりと慎ましく暮らしている。世の中は自分の知らないところで流れていて、まあそもそも分断とか多様化が進んだおかげで、メインストリームみたいなものが矮小化してしまった。一体感の乏しい世の中になったもんだ。そんな中で、孤独であることは必然じゃないだろうか。それでも人は誰かとつるみたいのか?
人と関わって楽しいとか、共有したいとかはあると思う。でもそれも、たまにでいいんじゃないか。自分は一人だけの閉じた趣味で、自己完結も悪くないと思う。人と共有するために、人に理解されたり受ける方向に進んでしまうと、味が薄まってしまう。あとなんだろう、人の意見に影響されたりして、結局人と同じような横並びのことをやってしまって、もともとあった独自性というか、醍醐味のようなものを損なってしまう。世間一般でもてはやされていることにどれだけの価値があるのか?誰もわからなくても、認めなくても、自分だけの基準があるんじゃないか。
このあたりは誰と共有するか、何をやるかで全然話が違うから、あれもこれも何もかも全部一人きりで、というわけではない。でも孤独の先に人と関わることがあったとして、結局人と関わることの先には、また孤独が待っているんだと思う。その孤独が悪いかっていうと、それはそれで替え難いものではないか。
以下は蛇足の限定。この話題のネタ元。