などと言ってたらとんでもない文章が人気エントリーに挙がっていた

これはすごい。爆弾だ。マジできつい。最後まで一気に読めないこのきつさ。ブログを書いている中村さんこと非モテ男性当時26歳が、バイト先で知り合ったAさんこと22歳の若くて美人で人当たりが良いアイドルみたいな女の子に振り回されるという話だ。読んでいる最中に「あれ?」とか「ええ?」とか「すげー…」って思うことが本当に多々出てくる。

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中村さんはAさんを性的にしか見ていない

おそらく中村さんはAさんの事を好きでもなんでもない。ただ見た目が良くて人当たりがいいから性的に興奮しているだけだ。自分の欲望に振り回されるだけで、相手の事もろくに知らないんじゃないだろうか。見た目から入ることは普通だろう。特別なことではない。でもそこからお近づきになりたければ先に進む。相手を知ろうとする。中村さんはAさんがどんな人で、何が好きで、どんな話に興味があるか知っているだろうか?おそらく知らない。もし知っていてもそれ自体に興味が無いように見受けられる。

相手の見た目がすごく良くても、相手を知った上で全然通じるところがなければ僕だったらそこで終わる。それ以上相手と距離を詰めようとは思わない。中村さんみたいに相手と価値観が全く合わなくて、それでも尚仲良くなりたいと思うのであれば、せめて相手に合わせたりするんじゃないだろうか。どちらにしてもそういうのは遊びでやることだけど、中村さんはそれさえもしない。やり方がわからないのか、変な言い方をすれば飽くまで自分を貫いている。

セックスとタダ飯

二人は話が合わないし、中村さんに限っては合わそうともしない。それでも中村さんはAさんを誘う。おそらく中村さんはデートがどんなにつまらなくてもセックスができればいいと思っているのだろう。しかしそのための努力はしない。話が合わない相手を飯に誘っておき、相手の話に合わせたり、もてなしたりもしない。ただ単に時間が過ぎてセックスできればいいやと思っている。中村さんは目的だけあって手段が無いという感じだろうか。

Aさんはそもそも中村さんに付き合う理由がないんだけど、飯奢ってもらえるからかなんとなく雰囲気だけでも合わせようとする。Aさんは努力してまで中村さんに飯を奢らせる。Aさんは奢ってもらえるし中村さんにも周りの人にも良い人の印象を保ちたいし、自分からはっきり拒絶するのは体裁が悪くて嫌で、相手に「空気読めよ」とか「察して」とか思うタイプなのだろう。知らないけど、中村さんをうまく都合よく釣っている。むしろそれ以前に男として見ていないだろう。

お互い全く違う方を向いており、僕はそういう関係性がちょっと理解できない。中村さんはセックスしたいならせめて努力したほうがいいんじゃないかと思うし、Aさんは内心絶対無いなと思いながらも中村さんをうまく翻弄している。僕自身も恋愛以前の男の騙し方とか男女の駆け引きとか疎くて全然わからないけれど、でもこういうのってすごくよくある話だと思う。

コメント合戦が面白い

ブコメもそうだけど、コメント欄にコメントが多数寄せられていて面白い。中村さんという男性の立場とAさんという女性の立場がはっきりしている割に、女性でも中村さん支持の意見があったり、男性でもAさん寄りの意見が多数寄せられている。中村さんキモイって言われているけれど、Aさんもマジで最悪だし(Aさんを擁護するとしたら「中村さんは飽くまでバイト先の先輩」って見方はできなくもないが、中村さんの意図を当たり前のように気付いているはずだからやはり無理がある)、正直どっちもどっちで、でもどちらもよくある人の姿で、どちらも否定出来ないんじゃないだろうか。僕はそう思う。年齢なんかを基準にコメントしている人もいるけれど、僕は恋愛なんかに限らず「この年齢だとこうあるべき」っていう考え方には否定的だ。子供でも卓越した人は十分にいて、年取ってもクズはいくらでもいる。中村さんがコメントに返信していたりするんだけど、全然わかっていないところがマジで面白い。やはり自分のことしか見えていない。

自分はどうだろう

僕は性格的にすごく「めんどくさい」が勝ってしまうから、中村さんほど入れ込むこともできなければAさんほど人付き合いもよくない。中村さんみたいに、合わない人に対して半年とかずっと感情を維持することはできないし、逆にAさんの立場で「合わないけど飯奢ってくれるからいいや」とか「合わないけどこの女ヤらせてくれるから良い顔しよう」なんてめんどくさいことはできない。ある意味もっと自分勝手かもしれない。でも相手に自分を押し付けたり偽ったりはせず、自分はそのほうが楽で、はい。

見た目だけで終わらず「この人とは仲良くなれるな」ってお互いが思えることがスタート地点なんじゃないだろうか。そういう中身が無い関係って、仮に体の関係ができあがったとしても虚しいと思うんだけど、どうなんでしょう。そういう虚しさも時には必要ってことだろうか?