2022.10.1

家事管理アプリ「家事の名は」は、奥さんと同期しており家事の項目を追加すると反映されるけれど、登録している家事の順番は各々で変更できた。

左ききのエレンのエピローグを読む。来週で終わるらしい。エピローグといいつつしっかりした話で、エレンは出てこない。左ききのエレンは、ジャンプ+で連載が始まってからは割と初期から読んでいた。途中読まない期間もあったけれど、後でまとめて読んだ。アーティストのエレンパートが好きだったのに、どちらかというとクリエイターの光一パートがメインになった。エレンパートも初期がおもしろい。原作は読んでいない。

レコードを聞いていたら、音が歪む。プレーヤーの問題なのか盤の問題なのか、ときどきある。前は接触の問題だった。レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」を読むBGMとしてタイのモーラムは不適切だったから、カインド・オブ・ブルーに変えた。

猪木さんが亡くなった。今年父が緩和ケアを受けていたとき、猪木さんも復活したというツイートを父に見せた。

父よ、猪木さんもそっちに行ったぞ。アントニオ猪木はずっと、間違いなく僕らのヒーローだった。

Phaさんの曖昧日記を読み進める。これは普通に書籍化しても買うやつ。読める日記とそうでない日記の違いはなんだろう。単純に好き嫌いも大きい。著者というより内容の。

イスラエルに留学する知人がfacebookに投稿してたので、「中東和平の糸口を見つけてきてください」とコメントしたら「がんばります…」と返ってきた。

作業中のBGMにUNKNOWNラジオを聞く。第6回、説明文から堅い内容かと思いきや、めちゃくちゃゆるい話だった。でも芯がしっかりしていて、この絶妙なバランスは聞いてみるまでわからないやつだった。

9月から、屋外ではマスクを外すようになった。以前に「マスク着用期間がずっと続くとはずしにくくなる」みたいに言われていたが、全然そんなことなかった。今では屋内でノーマスクの人も増えた。外でも中でもマスクをしている人だって今も全然いる。「店内ではマスク着用」みたいに書かれていることがまだ多いから、一応つけるようにはしている。マスクが嫌とか、マスクしてないと不安とか、どちらもない。

昨日見たAmazonプライム All or Nothing 2話を見る。どうなるか不安を伴って視聴したが、めっちゃ順調な回だった。アトロクの特集で今後の展開をある程度知っただけに、いつ来るのか身構えているところがある。

2022.9.30

朝9時半起き。寝たのは朝6時ぐらいだった。寝不足。今日は特に予定がなく、いつもどおりの一日を過ごせるはず。

レイモンド・チャンドラーのプレイバックを読んでいる。ページが進んでも話が進んだ気がしない。

昼にベーグルを食べる。ゴルゴンゾーラとはなんだ。髪の毛が蛇で目が合うと石になるやつはなんだっけ。

コーヒーを飲む。眠い。コーヒーの眠気覚ましとは、僕は熱さによる目覚めだと思っている。カフェインで目が冴えてもやっぱり眠いことには変わりなく、眠いのに寝れないという気持ち悪い状態が続き、健全ではない。

曖昧日記に穂村弘の名前が出てきて、穂村弘の本を少し読んでみた。全然合わなかった。なんだろう、めっちゃかっこつけたい人なのかな。

RadikoでKing of digginを聞く。今週はキティーレコード特集。なるほど、こういう感じかという感じ。原久美子「熱風」良かったです。

夜、アーセナルのドキュメンタリー All or Nothing の一話を見た。アトロクで特集を聞いたときから気になっていた。Amazonプライムの字幕に難点があったけれど、番組はよかった。続けて見たい。

今日こそ早く寝る。

2022.9.29

朝5時台、猫が暴れている。

洗濯物を干しながら、東京ポッド許可局を聞く。お笑い芸人のPodcastだけど、この人たちのことはよく知らない。番組は長く続いているようで、今度イベントがあると告知していた。チケットが5,000円もする。それだけ客が呼べるのだろう。

東京ポッド許可局はおじさんコンテンツで、僕がたどり着くPodcastが必然的にか、そんなのばかりになっている。話している人がミドルエイジからシニア、話題も昭和、野球の話がよく出てくる。

奥さんと外出。スターバックスで昼食。10年ぐらい前、スターバックス飯と言えばまずい印象があった。今は全然そんなことない。食事もしっかりおいしくなっている。5年ぐらい前からそんなことない。サラリーマンの頃はよくスターバックスに入っていた。今はときどき。

昼から打ち合わせ。なかなか進まない。こんなもんらしい。ただそれでも、一歩ずつ確実に進んでいるようだ。長期的に何かをやるのは苦手だ。その場でやる思いつきの行動しかできない。

夕方から外食。奥さんの友人を励ます会。また酒を飲む。今日はセーブしよう。実のない話がえんえんと続く。今日は朝からずっと稼働していて疲れた。しかしなぜかそのままカラオケに行く流れに。コロナ後初カラオケ。喉を枯らす。僕は徹底して飲まず、途中から誰も歌わなくなり、それでも朝の5時まで続いた。今日は酔っ払はなかったのに、疲れて不機嫌になった。フキゲンっていう飲み物あったなー。

2022.9.28

二日酔い。昨日は7時から11時過ぎまで飲んでいた。飲んでいるときも帰るときも平気だったのに、次の日になってからしんどい。よく歳を取ると筋肉痛が遅れてやってくると言うけれど、悪酔いもそうなのか。二日酔いとは、普通飲みすぎて気持ち悪いのが次の日も続く現象のことだと思っていた。二日目から始まる二日酔いもあるのか。ソルマック的なものがないため、大正漢方胃腸薬を飲む。

昼ぐらいまでぐったりしていて、その後レコードを買いに行く。おっさんシリーズ。そんな名前ではない。

他にもいくつか置いてあり、片っ端からほしくなったけど2点でやめておく。

銀行に行ってお金を入金しようと自転車に乗ったら、ライトがなくなっていることに気づいた。落としたのか、盗まれたのか、よく自転車のライトをなくす。前回はちゃんと自転車屋で買ったが、100均でいい気がしてきた。以前にセリアで買ったことがあり、衝撃ですぐに折れてしまったから違うところのを買おう。手袋もよくなくす。傘も。

実家に帰る。父親が亡くなってからは、週一で実家に帰っている。一人で暮らす母親の様子見と、父親の遺品整理だったり。まだ抵当権抹消の手続きが残っている。

母親は今月にAndroidからiPhoneに買い替えた。Yahoo!とGoogleを入れてほしいと言われ、公式アプリをホーム画面に追加した。こんな使い方しないなー。母親がiPhoneでやることは、LineとYouTubeの視聴、他にGyaOを見ているそうだ。GyaOってあったな。何か見たいのあるだろうか。僕はAbemaTVさえ見たことなくて、動画配信はもうお腹いっぱい。最近はかろうじてコブラ会シーズン4を見終えた。Netflixアニメのサイバーパンクエッジランナーズもぼちぼち。ゲームの方はやってない。

家事分担アプリは「家事の名は」に落ち着きそう。名前が嫌で避けていたが。

家事の名は - 夫婦・家族で家事共有

家事の名は - 夫婦・家族で家事共有

  • 株式会社DONIKA
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2022.9.27

Soi48に発掘され em records から出ているタイの音楽が近くのレコード屋にも置いているようだ。明日見に行こう。モーラムをそこそこ聞いたけれど、いまだにどう聞けばいいのかわからない。ちょっと良さがわかってきたような気もする。

音楽だと、丸善で見かけた本にソ連ファンクの本があった。ディスクガイド。ソ連ジャズの本は前に誠光社で見かけた。そういうのがあるらしい。気になる。ユーゴトンファンクという、旧ユーゴのレコードもあった。ファンクとはなんだいったい。そして、かっこよさとはいったいなんなんだ。いろんな音楽を聞けば聞くほどわからなくなってきた。自分からすれば、まだ変な音楽という印象。

今日はポケットWi-Fiが生きていた。昨日とおとといはきっとアップデートか何かに容量が持っていかれたのだろう。特に対処する必要なく日常の作業に取りかかることができる。BGMに村上Radioを聞く。旧知のバンドを呼んだフリージャズだった。学生運動の話をしていた。

曖昧日記を読む。飯の話が多い。曖昧日記2が大阪文フリで売られていたようでほしい。京都は来年になるだろう。岡田睦(ボクと読むそうだ)の「明日なき身」を読む。こちらも日記形式の私小説。生活保護で暮らす老人の私生活で、飯の話ばかり。内容はなかなかきついけれど、他人の日記を読むのは良い。着飾っていないのがいい。

夜出かけるというのに、夕方からめちゃくちゃ雨が降ってきた。素足にサンダルだから、外を歩くと足がベチャベチャになる。夜はUNKNOWNで食事。外食はいつぶりかと思ったら、そんな前じゃなかった。そこそこ人として頑張った気がする。

2022.9.26

鬱屈とした気分が抜けない。

朝からポケットWiFiの容量が使い切られていて、身に覚えがない。今日外では半日ネット環境なしで過ごさないといけない。iPhoneの回線は低速だから、1日使い放題に課金しようかと思ったけどやめた

家事共有アプリを探していた。あまり、これといって使い勝手の良さそうなのがない。Trelloとかが一番いいんだろうけど、仕事で使うわけでもないのに課金するのは勿体なすぎる。デイリー、ウィークリーなどの定期的なタスクと、イレギュラーなタスクを同時に管理できて、メンバーで共有できて、尚且つ完了報告したユーザーが可視化できるツールがほしい。ToDoアプリは共有まではできても、ことごとく誰が完了したか把握できない。アーカイブも辿りたい。

業者から1ヶ月連絡来ず。こっちから催促した。めんどくせえ

メルカリで送ったものが受け取られず、返送されたらしいが1週間ほど経つけどまだ返ってきてない。めんどくせえ

ねむくてなんもできない。メンタルが腐ってる。何事もうまくいかない。気分の悪さはきっと脳内ホルモンのバランスのせいだ。

【My Internet】もうインターネットは死語?

今見かけたやつ。

もうインターネット離れが久しく、最近の話題には全くついていけてないことを実感した。

  • 最近、面白いと思ったネットミームや投稿は?
  • どんな種類のYoutube動画をみてますか?
  • Tiktokを使ってますか?どんな動画が出てきますか?
  • インスタグラムをどう使ってますか?
  • Twitterでつぶやいてますか?
  • バズったことはありますか?どんな感じでしたか?
  • あなたのTwitterのフォロワーで最もクールな人は誰ですか?
  • みんながもっとフォローすべき人は誰ですか?
  • ネット上で存在感のあるおすすめの有名人は?
  • どこでニュースや情報を得ますか?
  • メディアでポジティブなトレンドは?ネガティブなトレンドもひとつ。
  • キャンセルカルチャーはあなたにとって何?
  • お気に入りのニュースレターはありますか?
  • どんなポッドキャストを聴いてますか?
  • Snapchatにハマったことはありますか?何歳ぐらいのとき?
  • VineかTumblrにノスタルジーを感じますか?そうならなぜ?
  • Reddit、Slack、Discord、もしくは Facebookのグループに入ってますか?最も便利、もしくは楽しいグループは?
  • グループチャットのなかで刺激された会話はありますか?
  • よく使う絵文字はありますか?あなたにとってどういう意味がありますか?
  • 最近よく聴いた音楽、プレイリスト、アルバムはありますか?
  • どの音楽ストリーミングサービスを使っていますか?最後に音楽を"買った"のはいつですか?
  • 映画ストリーミングサービスをひとつだけにするなら、どれにしますか?理由は?
  • ノン・ソーシャルでお気に入りのアプリは?
  • インターネットの基本的なことで愛していることは?
  • 最後にインターネットで得た楽しみは?
  • 次に回したい人のidを入力
  • (余白)インターネット雑感
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男女の友情がどうとか

40近くなって中高生みたいな話題です。男女の友情がどうとかっていう話を最近読んで、それとは直接関係ないけれど、いわゆる男女の友情がどうとかっていう話を考えてみたい。

よく目にする話題は「男女の友情は成り立つか?」という問い。すごく大まかな話題だけど、この問いかけはおそらく異性愛者であることを前提としている。同性愛者、異性愛者、というのも一概に言えず、あまり一般化できる話題ではないのかもしれない。

当然「男女の友情は成り立つか?」という問いの答えは「人による」ということになる。成り立つ人もいれば、成り立たない人もいるのだろう。どちらかというと「成り立たない」人のほうが珍しいのではないかと思う。「成り立たない」とはどういう人なのか。異性というだけで恋愛対象になってしまう人、もしくは異性を嫌悪している人なのか。よくわからない。

自分のことだけで考えてみよう。自分はストレートであり、恋愛対象となる女性よりも、性愛関係の対象となる女性のほうが広い。セックスよりも彼女のほうがハードルが高い。だから、恋愛対象としては見れないけれど、性愛関係の対象になる層がある。また、恋愛にも性愛にも対象にならない層がいる。親や妹、親戚、年齢が離れすぎている人や、趣味から著しく外れている人などがここにあたる。僕の場合男性もこの枠に入る。

図で表すとこんな感じ。わかりにくいけど(男性器に見えてきた)、大枠があって、その中に性愛関係の対象になる枠があり、さらりその中に恋愛対象の枠がある。大枠の外側に、興味がない人とか嫌いな人がいる感じかな。

ここで本題となる友情。友情はこの枠内全体で成立するのではないか。ただし恋愛関係やパートナー関係が友情を上回るとする場合、実質友情は無視できるかもしれない。よき友人であり、パートナーであり、というのは両立すると思うが、とりあえずややこしいから友人のそれとは区別しよう。

男女の友情がどうとかって話題の対象になるのは、パートナーではない。恋愛関係でもない。男女間での友人関係とは、僕のグラフで言うところの黄色と緑、性愛関係とそれ以外の人たちの間で友情が成り立つかどうか、という話になる。僕は全然成り立つけれど、成り立たない場合とはどういう場合なのか。

簡単に言えば、相手を好きになってしまう、もしくは相手に好かれてしまうと、友人としての立場関係を維持するのが困難になる。相手を好きになると、友人ではなく恋愛関係に進めたくなる。反対に恋愛対象外の人からアプローチされても、友人関係の維持は難しい。

この友人関係の維持が難しい人とは、人を好きになりやすい人、もしくは人に好かれやすい人ではないだろうか。僕は、どちらもあまり多くないほうだと思う。だから男女の友情が成り立たないとは思ったことがない。惚れっぽい人、惚れられやすい人が、もしかすると友人関係の維持に苦労しているんじゃないだろうか。

では、惚れっぽい人、惚れられやすい人とはどういう人なのか。このへんはもう自分の知らない領域なのでわからない。きっとそれぞれ苦い経験があることでしょう。

今週のお題「おすすめブログ紹介」

おすすめブログ紹介

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Q. あなたにとって幸せとはなんですか?

Podcast UNKNOWNラジオを聞き始めて、最後各々のゲストに毎回問われるこの質問。みんなそれぞれ違った哲学というか、考え方、生き方があっておもしろい。仕事の話をひととおり聞いた後だから余計に、個性、生き様が集約されているように感じる。詳しくは本編を聞いてください。

では、自分にとって幸せとはなんだろう。あまり考えたことなかったけれど、他の人がこうやって答えているのを聞いていると、自分なりの答えも自ずと出てくる気がした。

僕にとって幸せとは、馬の前にぶらさがったニンジン。幻想だなと思った。で、僕自身はかなり早い段階でそれを追うことをやめた。ぶらさがったニンジンを追うことをやめると、もっと周りが見えるのではないか。それは今思いついただけ。とにかく自分にとって幸せとはいっときの幻想であって、根の生えたリアルではないのだろう。

タイ音楽に巡り合うためのメモ

10月にタイを訪れる予定をしている。予定に向けていろいろ調べていた。ここ数年はレコードずいているから、せっかくタイを訪れるなら、タイのレコードを漁ってみたいと思った。タイ音楽、少し前からタイファンクとか、タイポップスについての情報を耳にしていた。それらを事前に調べ、タイの音楽情報メモとしてまとめておきたい。

  • TRANSIT 9月号 タイ特集
  • アトロク・タイ特集
  • アトロク出演者のページ
  • 現地のレコード屋
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2022.9.15

いろんなことを思うけれど、まとまらなくて言葉にならない。何も思っていないのかもしれない。空虚だ。とにかく何かいろいろとひどい。頭が回らない。今はじっとしていたいと、ずっと思っている。なかなかそうもいかない。何も考えたくない。何もしたくない。隠居したい。隠居しているようなものだったはず。

実際は、生きていてそんなにゆっくりする余裕なんてないんだろうな。アフリカにいたとき、あまりにもやることがなくて時間を持て余していたけれど、それも結局時間の使い方ってだけで、本質的に時間が余っていたわけではなく、どうとでもなった。年配の人から、「何でもやればいい」とか「何のために来たんだ」と言われたが、僕自身は特にそういう熱意があって行ったわけではなかったから、何一つ響かなかった。僕はモグリだった。

酒しかない。なんとなく酒を飲まずにやってられない。量を気にしている。そんなに増えていないと思う。休肝日を意識しよう。もともと強くないから、飲みすぎるとつらくなってすぐに量が減る。自動ブレーキが効く。

実質的な、具体的なものがなく、曖昧としている。積み重ねであるのだろう。不景気とか、不景気ってもう30年続いている。円安とか、コロナとか、戦争とか、人と会う機会の無さだとか、日々の不穏な空気だとか、病原菌だとか、そういうのにしてやられている。まんまと。目先の利益に飛びつけない。目先の利益さえ目減りして、がっかりする。

ヒトコトへの回答㉘:先延ばし癖

このブログではGoogleフォームからご意見などを頂いております。スマートフォンでページを一番下までスクロールしてもらえば出てくるアレです。それをときどき拾って回答してたりします。

75通目:先延ばし癖

僕は夏休みの宿題とかを最後の最後までやらない系男子です。筆者さんは夏休みの宿題って計画的に進められてましたか?今は社会人になったのですが、相変わらずやるべき事を先延ばしにする癖が抜けず自分で自分の首を絞めて苦しんでいます。その事を一般的に「先延ばし癖」というそうです。筆者さんはどんなタイプですか?

夏休みの宿題は、そのときどきで違ったかなー。中盤で全部やってしまったこともあり、夏休みが終わってからやったこともあった。最後の日に残った分をやったこともあったと思う。最後までやらずに出さないこともあった。計画は立てないです。先延ばしでもない。夏休みの宿題なんて本当にどうでもいいと思っていた。

先延ばしにする癖はないですね。大事なことはどちらかというと早めに手を付けて、手離れさせてしまう。手元にあると鬱陶しいから片付けてしまう。もしくはその存在を完全に忘れてしまうから、忘れる前に終わらせる。

夏休みの宿題みたいにどうでもいいことは、そのときそのときでてきとうに処理してます。

これまでのヒトコト、回答をまとめました。

結婚して3年が経った

2019年に結婚して、丸3年以上が過ぎた。4年目も半分近く過ぎようとしている。かつて付き合っていた人とは、誰とも1年以上続かなかったから、当初は結婚なんかして大丈夫か?という思いがあった。ある種のジンクスのようなものを感じていて、1年経ったら離婚するんじゃないかと心配していた。とりあえず3年も続いている。現時点でそういう心配はない。

ただ3年も一緒にいると、大変なことはたくさんあった。ケンカもした。「これは離婚の危機では?」と思うことも何度かあった。不倫とか裏切りとか暴力とか借金とか逮捕とか、そういう事件はない。意見や価値観の相違だったり、誤解だったり、感情の発露で大きく揉めた。そのたびに、僕らはこのまま一緒に居られるのだろうかと不安になった。

家庭のことはすべて、奥さん主導で決めている。結婚式をどうするかに始まり、仕事をどうするか、子供をどうするか、住む家をどうするか、など。僕の意見は基本的にない。それらは僕にとって関心のないことばかり。結婚式をやろうがやるまいが、どちらでもよかった。僕は仕事はなんでもよかった。子供もいようがいまいが、どちらでもいい。家にこだわりもない。

奥さん主導といっても、奥さんが一人で勝手に決めたわけではない。「家族として一緒に暮らすのだから」といって、僕の意見を聞かれた。奥さんは僕の「やりたいように任せる」という態度を嫌がった。家庭における大切なことを自分一人に押し付けられ、判断だけでなく責任まで負わされるようで、分かち合って欲しかったようだ。結婚式も、仕事も、子供も、家も、いったいどうしたいのか。強いて自分の希望を言うとすれば、という前置きありで意見を出した。それらはことごとく奥さんの希望と合わなかった。僕は、強いて言う程度の合わない僕の意見と無理して妥協するより、意思のある人がのびのびと自分のやりたいように決めてほしかった。しかし相手はそうすることを望まなかった。

僕らは性格も思想も、大事にする価値観も全然違う。奥さんは保守派で、僕はどちらかというと革新派だった。奥さんはどちらかというと感覚に重きを置く人で、僕は道理を大切にしていた。奥さんは幅広く多くの人に共感するけれど、僕は基本的に誰一人として共感できないから、理屈でその溝を埋めてきた。人付き合いは誰ともうまくいかなかった。それはそれでいいというか、仕方ないと思っていた。改善するつもりがなく、後悔もない。人は人。

しかし家族として一緒に過ごすからには、そうもいかない。理解ができず、意見が合わずとも、投げやりではない形で足並みをそろえる必要がある。お互いの妥協点を見つけるにあたっても、自分が、相手が、どの部分をどれだけ妥協しているのか共有し合った。僕は何事も一方的ではなく、対等でありたかった。それがまともな人間関係だという信条がある。

僕ら二人は、大切にしていることだけでなく、物事を決める手順も進め方も全然違った。奥さんはいろいろな案を片っ端から挙げ、それらを比較してより良い案を絞り込んでいくブレーンストーミングのような決め方。僕はまずゴールを設定し、そこにたどり着くまでの条件や道筋を把握し、決めた方向に向けて一歩ずつ歩みながら問題を解決していくやり方。

その二人が同じことを一緒にやろうとして、お互いがお互いのやり方しかできず、お互いを把握せず、理解もできず、意見も合わず、物事を進めていくのはとても大変だった。今もずっとそれは実感している。では、気が合う人だったらよかったのか?似た性格の人だったらよかったか?同じ思想の立場で、話が通じる人と結婚しておけばよかったか?そうは思わない。むしろそんな人はいないと思う。僕はこの人と性格ぴったりなんて思ったことがない。お互い違う者同士として、一番話し合えるのが奥さんだった。

僕らの揉め事は、意見の齟齬によるコミュニケーションの問題。それと、自らの体調を読み違える問題。大変なことがたくさんあり、とても深刻で、お互いが冷静ではいられなかった。疲れていたし、深く傷ついていた。そういう負荷が重なり、相手を思い遣る余裕がないまま突っ走ってしまったことで、より問題が拗れた。

3年経ったが、うちには子供がいない。作ろうとしてみたが、うまくいかなかった。奥さんが不妊治療をやったり、ある程度大変な思いをしていた。まだ手段は残されていたが、これ以上はもういいかということで、一応子供をあきらめた。僕も奥さんも、めちゃくちゃ子供が欲しかったわけではない。どちらかというと、僕らの親に孫を見せるのが目的だった。

しかしこの3年の間に、奥さんの母親が亡くなり、続いて僕の父親が亡くなった。いずれも孫を見たがっていた方の親だった。それぞれ別のタイミングで、どちらも癌で亡くなった。こんなにも性格の異なる僕ら夫婦が、今もお互いを大切に想い、仲良くしていられるのは、この3年の間に両方の親の看病だったり、家族との関わりに必死だったことも大きい。そして孫を欲しがっていた親を亡くしたことで、頑張って子供を作ることをあきらめた。

もし親が健在で、コロナもなく、2018年までの状態が今も続いていたとしたら、僕らの3年にわたる結婚生活も、もっと穏やかで余裕のある、お互いを思いやれるような時間を過ごせていたかもしれない。同じ問題にぶち当たったとしても、もっと穏当に話し合えていたんじゃないか。どうだろう、そんなことを考えてもあまり意味はない。

これからも、まだまだ心配なことがたくさんある。不安の種はいくつも出てくるだろう。また同じようなことで揉めたり、違うことで衝突することがきっとある。それでも僕らはうまくやっていけるとか、今まで通り乗り越えられるなんて、軽々しく思わない。いつも、危機感を大事にしたい。不断の努力で、これからの夫婦関係の維持、改善、そして発展に努めたい所存であります。甘えるな俺、手を抜くな俺。生きることは大変だ。苦難の連続だ。どんな状況でも決して邁進できない。

今日の積読本⑧

「失われた時を求めて」を読んでいると、やたらとドレフュス事件が話題にあがっている。本が書かれた当時の社会で、注目を集めた大きな事件だったのだろう。僕はまともに世界史も学んでいなかったため、ドレフュス事件なんて何も知らなかった。本の話についていくために、ドレフュス事件についてネットで調べた。

検索上位に真っ先にあがってきたのが「世界史の窓」 - ドレフュス事件。事件の経緯と、当時のフランス社会におけるユダヤ人の扱い、またその後の展開が教科書的にまとめられている。

ここからさらにユダヤ人の項目へ飛ぶと、ユダヤ人のおおまかな歴史、概要がまとまっている。そこで参考文献として多くの引用が掲載されているのが、シーセル=ロスの「ユダヤ人の歴史」(みすず書房)だった。

具体的にどの引用が気になったのかは忘れたけれど、このあたりを読んでいて「原典にあたったほうが早い」と思い購入した。この本は、今でも書店で新刊が買えるようだ。僕が買ったのは旧版の古書。1000円ぐらいだったと思う。「失われた時を求めて」→「ドレフュス事件」→「世界史の窓」ときてこの本にたどり着いた。

しかしまだ全然読んでいない。「ユダヤ人の歴史」というからには歴史書なのだろう。最初の方はまさに旧約聖書の時代のことから書かれている。読み物であると同時に、資料だ。読んだところできっと頭には入らない。すぐに忘れてしまうたぐいの本。しかし、いつかは通して読みたい。

ブックカバーをつけるか問題

今年が結婚3周年ということで革婚式なるものに則り、僕はブックカバー、奥さんは革のポーチを使い始めた。

もともとブックカバーを使用する習慣はなかった。あまり用途がわからなかったというか、必要性を感じていなかった。ブックカバーはどういう目的で使うのか。きっと、「本をきれいに保ちたい」とか「本の表紙を見られたくない」とか「ブックカバーそのものを楽しみたい」といった目的があるのだろう。そのどれもを必要としていなかった。

100均や丸善で売っている透明ブックカバーはときどき使う。読んだら売る前提の本を読む間、きれいに保つために使用する。最近はあまり100均で売られなくなり、透明ブックカバーを手に入れるのが難しくなった。ネットで買えるんだろうけど、大量に注文でもしない限り送料の方が高い。

「本の表紙を見られたくない」っていう心理は、人に知られると恥ずかしい本を読んでいる人か、もしくは単純に自分が何を読んでいるか人に知られたくない人のどちらかだろう。僕はそのどちらでもない。恥ずかしい本は外で読まない。というかまあ、恥ずかしいのに読みたい本ってのがあまり思いつかない。

「ブックカバーそのものを楽しみたい」心理もあまりわからない。そもそも長い期間をかけて一冊の本を読むことが少ないため、しょっちゅう付け替える羽目になる。それはめんどくさい。今ブックカバーをかけている本は「失われた時を求めて」で14巻あり、一冊読み終えるごとにカバーをかけ替えている。今一冊あたり一ヶ月以上かかっているため、そんなにしょっちゅう替える必要がない。これぐらい長い本を読むときはめんどくさくない。

ブックカバーを使ってみようと思ったのは、革婚式と言われて他に思いつく物がなかったのと、ビブリオフィリックというところが本周りのグッズを展開しているということを知ったことがあって、なんとなしに選んだ。最初はサリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」にカバーをかけていたんだけど、普段読む本ではないからカバーをかけたままほったらかしになっていた。これではあまり意味がないと思い、もっと日常使いできるよう「失われた時を求めて」にかけ替えた。

ビブリオフィリックの革のブックカバーはポケット等がついていないシンプルな作りで、同じ文庫サイズでもあらゆる厚みの本に対応している。革の匂いとか手触りが好きな人は、いいと思います。

逆に、こんな人には向かないよパターンとしては、本を読むときにペンや付箋を使う人。収納する場所がない。クリップやテープ等で無理矢理収納することは出来ると思う。他に、今読んでいる本の表紙を見せつけたい人。透明ブックカバーなら見せつけることができるけど、それ以外だと何を読んでいるか見せつけることができない。でも見せつけたい本ってなんだろう?知り合いとかでない限り、人が読んでいる本を気にしたことがない。

見せつけたいという心理は、露出狂に近いのかもしれない。だからそういうひどい表紙の本だったり、何かのアピールが含まれている本、ファッション感覚で本を見せつけるということがありうる。電車に乗っていて、向かいに座っている人が何の本を読んでいたら、友達になりたいと思うか。非常に難しい。

自分が好きな本には特別な思い入れがあり、他の人とは意見が合わないだろうという思い込みがある。だから好きな本よりも「話したい本」を読んでいる人に、話しかけたい気持ちが芽生えるのではないか。「巨流アマゾンを遡れ」あたりを読んでいる人とは、話をしたいかもしれない。

「巨流アマゾンを遡れ」は2冊目の高野本で、「ソマリランド」ほどメジャーではなく、「アヘン王国」ほどとっつきやすくもなく、「イスラム飲酒紀行」ほど広い層をターゲットにしていない。電車の中で「巨流アマゾンを遡れ」を読んでいる人はきっと、かなり精通した人だろう。意見交換してみたいものだ。