2018年11月のふりかえり

もう12月も一週間が過ぎた。忘れていた11月のまとめ。このまとめを続ける意味あんのかと思いつつ。11月の更新は9回、うち1回が写真回ということで先月とほぼ同じ更新回数だ。ブログの更新回数が低迷しだしたのは4月ぐらいからで、4月の更新は9回。その前の3月が19回だったから半減している。原因は研修が始まり忙しくなったことから。そこから今月に至るまでずっと低迷中。月間のふりかえりはもともと見た映画とか読んだ本を振り返る機会だったにもかかわらず、本や映画の感想自体を書かなくなった。だって本読めてないし映画見れてないから。

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これからのこととか

自分と相手とのことを定期的にここに書いているのは、ひとえに彼女がここを見てくれているからに過ぎない。他の方法で言葉を送ることだってできる。向こうは手紙を書いてくれており、僕が手書きで送り返してもいい。そのうちやるだろう。ただそれよりも、自分がより自分らしい手段で意思表示をする場として、ここを用いている。外に向けて発表したいからとかではない。たまたまこれを読んだ人からすれば、全く関係ない話が繰り広げられている。ただの個人的な事情。

けっこう真面目に、着々と話が進んでいる。帰国の暁には結婚となるように、子供を授かれるように準備を進めている。もともと自分が選ばれた基準として「結婚相手に向いているんじゃないか」という思いがあったそうだ。だから「初めに結婚ありき」で僕らの関係は始まった。付き合う前からそういう話をしていた。相手の人は、結婚というものを半ばあきらめていたところもあった。生涯独身で暮らす覚悟もあったようだ。しかし僕を知って「最適解かも」と思ってくれたらしい。

僕はというと、結婚というものが自分の人生に起こる出来事、生活形態としてリアリティを感じない。したいとかしたくないとか以前に、まともまともに考えたことがない。特に、結婚によって何かを背負うなんていうことは論外だった。自分に何かを求められるのは重荷でしかなかった。人間は生まれてから死ぬまで独りだと思っており、いつ死ぬかはタイミング次第だと思っている。

そんな自分のどこが結婚相手として最適なのか。一般的なことを言うと、まず僕は経済力がなく、定職もなく、年齢はそこそこ行っており、何か特別に秀でた部分があるわけではない。甲斐性がなく、結婚対象としてとても候補に挙がるようなスペックではない。そのような僕が彼女にとって「結婚相手に向いている」と思われた部分は以下のようなところだった。

  • 相手を大事にする
  • ストレスがない
  • 無欲

細かいことはもっとあるかもしれないが、大まかな部分でいうとこれぐらい。これらの要素が全て欠かせない、特筆すべき要素だったようだ。

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アフリカ黒人に何も思わなくなってきた

彼らのことを理解したわけではないし、知らないこともまだまだいくらでもある。ただ、「アフリカ黒人だいたいこんな感じ」というのは掴んできた気がする。つい2、3ヶ月前まではけっこう未知の存在だったけど、今となってはもう慣れてしまったところがある。アフリカ黒人の挙動に対して、もはや発見も驚きも違和感も覚えない。なんとも思わなくなった。日本で身近に住んでいたとしても「だいたいこういうやつ」って思って見てしまうだろう。

アフリカ黒人とは言えど、自分のいる国、地域の印象が強いため一概には言えないが、彼らは声がデカイ。デカイかと思えば、びっくりするぐらい小さな声で話すこともある。なぜかというと、メンタルに作用されるのだ。その精神状態で声のデカさが如実に変わる。怒鳴っているように聞こえても、ただ声がデカイだけのことも多い。彼らはやはり感情的であるように思える。日本人と比べてという話だが、陽気で人懐っこく、歌と踊りが好き。飯のことをやたらと聞いてくる。やたらと食う。

これらの要素はけっこうな人が備えている。勉強ができるエリートも、金持ちも、だいたいそういう要素を持ち合わせている。車を運転させたらぶっ飛ばすし、好きな曲が流ればすぐに踊りだす。日本なんかに来たら住みにくいだろうなーと思う。アメリカは差別さえなければ住みやすいんじゃないか。ヨーロッパはどうだろ、わからん。あと彼らの筋肉はすごい。特に筋トレも何もしていないのに、年寄りのおじいちゃんだってムキムキの体している。

彼らからは、計画性とか時間管理の概念を感じられない。その場で起こることを大切にしているように思う。話が長引いて、次の予定があったとしても決して話を切り上げたりしない。その場の流れや勢いを最も重視しているように思う。待ち合わせとかスケジューリングとか、彼らにはあまり意味がない。その時その時に眼の前にある物事を最重要視して行っているように思える。だから計画はコロコロ変わるし、予定は予定通りにいかない。予定通りに進めようという意思さえ見られない。

アフリカ社会はそういう人たちのつながりで成り立っているのだろうか。よくわからない。彼らは西洋化された現代文明とどのように向き合っているのだろうか。貨幣経済とはうまく向き合えているのだろうか。やたらとたかってくるけれど、金融の概念などはどうなっているのだろう。そのあたりにまで全く踏み込めていないが、アフリカ黒人が何やっていても驚かないし、違和感持たない自信はある。身近に感じられるようになった。

もともとアフリカ黒人に対して愛着があったり、偏見があったわけでもなかった。ただ黒人の友達がいなかったから、印象は少なかった。アフリカはやっぱり黒人にとっての天国であるように思える。なんたって、アフリカでは黒人がマジョリティで、黒人が当たり前で、黒人の天下だから、他の大陸よりは生きやすいだろう。日本人がアジアに戻ってくると安心する感じは彼らにも大いにあると思う。そこが安全であれば、あえてアフリカ大陸から出ることはない。貧しいかもしれないが、生きていけないことはない。先進国へ移って、物質文明に汚染されても何もいいことはない。

自分たちがどれほどの物を持っているだろう?金とか便利グッズとか、全然大したことない。バリエーションの豊富な食事とか、暇つぶし程度にしかならない。何も重要なことはない気がする。俺ら言うほど恵まれてもないぞ?

モバイルマネーをご存知ですか?

ケニアではMpesa(エムペサ)、タンザニアではWakala(ワカラ)というのが有名らしい。アフリカにいる人はみんな使っているモバイルマネー、聞いたことありますか?僕はなかった。

モバイルマネーとは、電話番号と連動したモバイルマネー口座にお金を預けたり送金したりできるサービスであり、電子マネーの一つの形だ。お財布ケータイのようなNFCや、wechatペイのようなQRコードが利用されているわけではなく、電話番号だけ。電話番号を用いた技術だから特別な装置を必要とせず、フィーチャーフォン(ガラケー)でも利用できる。

これ、本当にこっちの人みんな使ってる。

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"オシャレ"かっこ悪い

地元京都のOPAという9階建てのビルには、主に10代女性向けのアパレルブランドが入っている。僕は疎いから全然知らない。そして最上階9階にはタワーレコード、その下8階にはブックオフ、その下7階にはダイソーが入っている。

エレベーターに乗った瞬間「この人はブックオフの客だ」というのがわかる。オタクっぽい人だ。この若い女性向けアパレルブランドがひしめき合うOPAで、オタクっぽい人の行き着く先は8階ブックオフ以外ありえない。まず男性であればタワーレコードかブックオフかダイソーに絞られる。タワーレコードの客もブックオフとは競合しないからなんとなくわかる。楽器好きそうな人。

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  • カッコつけることのカッコ悪さ
  • 自己主張の塊
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「スマホに残している、あなたをハッピーな気分にする写真は?」質問投稿サイトQuoraがおもしろい

タイトルに使ったのがこれ。

What kind of photos do you keep on your phone that make you happy? - Quora

子供、両親、ペットといった家族の写真や、彼女、有名人と撮った自慢の写真だったり、思い出の写真が解説付きで続々と投稿されている。僕が見たとき回答は40件ほどだったのが、今は75件に増えた。世界中の、見ず知らずの人々の生活、大事にしているものが垣間見えておもしろい。

最近よくQuoraを見ている。Facebookの初代CTO、アダム・ディアンジェロが立ち上げたサービスで、質問回答に特化したサイト。Yahoo知恵袋との違いは、基本的に実名であり回答者の得意分野や経歴などが表示され、特定の回答者に回答を依頼することもできる。著名な人物も回答者として参加しており、分野によっては依頼が殺到していることだろう。日本語版は去年の11月から開始されたばかり。まだ英語版ほどの活況は見せていないが、今既におもしろいところ。

Quora - 知識を共有し合い、世界を知ろう

もう一つユニークな点として、質問を投稿することにより報酬を得られるシステムがある。人気の質問をすればたくさん稼ぐことも可能。支払いはPayPalを登録するだけでいいからめっちゃ簡単。さっそくスパムのようなたくさんの質問や、反感を煽る質問も散見できる。

このサービスを知ったときに真っ先に思ったのが、「これ、人力検索はてながやりたかったことじゃん…」。Quoraの基盤となっている「自然言語処理と機械学習」なんて、当時は聞いたこともなかった。はてなはいつも先を行き過ぎていたのだ。

Quora

Quora

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「女好き」と呼ばれて

少し前に「川添くん女好きやしな」と言われたことがあった。女好き?この俺が?数えるぐらいしか彼女いたことがなく、5年とかいなくても平気で、店にも行かないこの俺が、女好きですと?耳を疑った。確かに僕はストレートではあるが、女好きという呼称はいささか過剰ではないだろうか。女好きと言うからにはプレイボーイのイメージが思い浮かぶではないか。そんな印象から僕は程遠いと思うんだけど、彼女からはそう見えていたのだろうか。それはないだろう。

彼女は何をもって、僕を女好きなどと呼んだのか。そう、彼女、僕をそう呼んだその人も女性だ。少し思い当たるフシがあるのは、僕が女の人のほうが話しやすいと思っているため、女の人と接点を持つことが多いから、それで僕を女好きなどと呼んでいるのではないだろうか。それにしても「女好き」という言葉の響きには、必ずと言っていいほど女遊びの意味合いが含まれている。女の人と話したり遊んでいることはあってもそんなことはしていないから、女好きという呼び方は誇張だろう。誤解の元だから訂正してほしい。

ついでに、何故女の人のほうが話しやすいのか。それは多分男女の違いという前提があるからだ。男同士、女同士だと同じものとして見がちだが、男女となると、相手のことがわからない前提が生まれる。男とはこういうもの、女とはこういうものという知識があったところで、男女の間には大きな理解の溝があると勝手に思っている。それが僕にとってはかえって好都合となる。常識、考え方に大きな違いがあったって男女なんだから当たり前と誤魔化せる。向こうは「こんな男性もいるんだ」と受け入れてくれやすい。違いを気にせず気兼ねなく話せる。これが同性となるとそうはいかない。

あと男性同士だと、けっこう言葉に詰まることが多い。これ以上何をはなしていいかわからなくなる。同性と話したほうが楽しくて盛り上がるのは、たいてい趣味か仕事の話。何か特定の物事について話すのは同性の方が話が弾む。同性の方が嗜好が近く、視点も近いから共通点が見つけやすいからだろうか。ということは、共通点のある特定の物事について話すなら同性が適しているらしい。

それでは異性と話すのに適している話題は。それは相手のことを聞いたり、自分のことを話したりする場合だ。男性を相手にして自分の話などされても「オメーのことなんか知ったこっちゃねーよ」と思ってしまうだろう。それが女性であれば真剣に話を聞こうと思ってしまう。そういうところが女好きなのだろうか。いや、俺男性の自分語りも全然聞いてるよ。聞いてるし、女性の自分語りが「退屈だなー」と思うことだっていくらでもある。やっぱり女好きという呼称は言いがかりだ。

女の人に声をかけることが多いか。どうだろう、やはり女の人のほうが気軽に声はかけやすい。なんでだ。多分何も考えなくていいからだ。男性と話すときには特定の何かについて話さないといけないという前提ができあがっているからかもしれない。女の人にはただなんとなく声をかければいいだけのような気がする。そして反応が嬉しい。これは女性同士でも同じではないだろうか。男性に反応されても嬉しくない。

声を掛けるといっても口説くとかナンパするって意味ではない。ただ一言発するだけ。思い返せば、やはり女の人にばかり積極的に関わりに行ってるような気がしてきた。これは果たして女好きと呼ばれても仕方がないのだろうか。常に相手を探し回っているとかそういうことはで全くないんだけどな。でも女好きも案外そんなもんなのかもしれない。

「反りが合わない」という感覚

最近noteを始めた。他の人のノートも見てはいるが、なかなか読みたいようなものが見つからない。テーマを絞って探しているはずなのに、出てくるのは「なんかちょっと違うんだよなあ」というものばかり。同じキーワードで繋がっていても明らかに自分の感覚と、その他がズレている。ぶっちゃけ反りが合わない。全然興味湧かないし、なんでそんなどうでもいいことにフォーカスしてんの?って問いたくなるが、どうやら大多数に求められているらしい。パブリックに活動するなら大多数が大事。つまり自分は顧客対象外なのだ。キーワードで繋がるなんて当てにならない。分野で絞り、言葉で区切ったってめぼしいものは見当たらない。埋もれているのだろう。マジョリティに望まれるキーワードと項目に隠れてしまっている。フォローしたい人を見つけられない。Twitterも同じ。

でもこの「反りが合わない」という感覚は大事だと思う。「大多数に望まれている」という理由で摂取するのではなく、そこにある違和感に素直になる。違和感とはつまり、自分自身の感覚にほかならない。自分の感覚、「反りが合わない」と思うにも理由がある。そこを明確にしていく過程が大切だ。自分が何を好み、何を嫌い、何に違和感を覚え、何を求めるのか、その理由は、背景は、探りに探って嗜好形態がはっきりする。ぼんやりとした感覚に過ぎなかった自分の個性がクリアになり、形になる。

自分がない、自分がわからない、周りに流されるといった人たちに足りないのは自己主張でも強い意志でもなく、違和感に向き合うことだ。自分に向き合い、自分自身を知る作業が圧倒的に足りていないから、自分を形作る主軸が見えておらず、あっちこっちふらふらとブレてしまい、自分の本心がなんだかわからないまま体にストレスだけを溜めてしまう。就職活動でよく自己分析なんてものをやったりするが、あーいうのではない。あんな人に求められる基準を前提とした分析なんて、自分を知るためには何の役にも立たない。もっと単純な違和感に向き合うことだ。しかしもしかすると違和感に気づかなかったり、押し殺すことが習慣になっている人もいるかもしれない。中には違和感を持たない人だっているだろう。

「大多数に望まれている」から、それが民主主義多数決大正義だと思って自分の意見、趣味、嗜好に目をつむってしまう人がいるのは何故だろうか。それは少数派、マイノリティであることが異質とみなされ、社会悪として迫害されるからだろう。自分の意見を表明すると攻撃に遭う。周囲に迎合しないと生きていけない。魔女狩りである。でも別に自分の好みを知ったって、表立ってアピールしなければ迫害されることもないと思うんだけど、ただ明らかにするだけではダメなんだろうか。一度気づいてしまうとそういうわけにはいかないんだろうか。それよりも単に、自分自身の個性なんかより他者との関係性や協調性を重視しているというだけの話だろうか。どこかしら、多かれ少なかれ違和感を持つことはあると思うが、それが他者に対する否定だと勘違いして感情に蓋をしてしまうこともあるかもしれない。そんなことはしなくていいのに。認めることと認めないことは、分けれ考えればいい。

その昔、Internet Explorerというブラウザが世界で一番使われているからといって、最も優れたウェブブラウザだと思い込んでいる人がいた。IEが世界で最も使われていたのはWindowsの標準ブラウザだったからという理由だけで、最初から最後まで評判はクソだった。事実クソだった。しかし「世界一=良い」と思っている人は、IEが世界最高のブラウザだと盲目的に信じていた。他のブラウザを使ったこともないのだろう。判断力もないかもしれない。多くの人にとってはブラウザの質なんてどうでもいいことだけど、そんな恥ずかしい論争が2000年代初頭にあった。

読みたいものがないから書くというのは一つの原動力なのだろう。

手紙が来た。

日本からだ。先日書いた、件の彼女からである。

手紙を書くとは言われていたが、まさか本当にこんなに早く来るとは。女性は男性に比べ、現代においても紙の手紙を書く習慣が残っていると言う。紙に手書きをするほうが、気持ちが込もるからだそうだ。今まで紙の手紙なんて数えるほどしかもらったことないが、これは来た。来るものだった。僕は思わず涙ぐんでしまった。なんだろう、この味わい深さ。まんまとしてやられた。

落ち着いて書き綴った手紙には、想いが宿る。僕のことを気遣いながら、本人のつらさも受け取れる。同時に、何書いたらいいかわからない感じや、若干の照れも見て取れる。僕を励まそうとする思い。つらいだけでなく、滅多にない今の状況を楽しもうとしている姿勢。この人は強いなあ。僕はこの人のこういう強さにも惹かれたんだ。

skypeなどで彼女と話すとき、僕はいつもどおりの口調で近況報告をする。明るく、おどけて、遠く離れたこの地で起こる、身の回りの珍事を楽しく紹介している。ときどきは悲観にくれながらも、トラブルを楽しんでいる空気すら醸し出している。「会いたい」「寂しい」とは言わない。そんなことは言わなくとも大前提にある感情で、わかりきっている。そのうえで僕は今ここにいるのだから。

しかし、ときどき居ても立ってもいられないことがある。そばにいたくて、触れられなくて、悲しくて、今すぐ飛行機に飛び乗ってしまいたくなる。なんで今こんなところにいるんだろう。一体何をやっているのだろう。泣き出しそうになる。

そういう感情は、自分の根底でずっと流れている。それがふと弱ったときに顔を出してしまう。この気持ちは伝えられない。伝えてしまうと、容易に相手に伝染してしまう。だってこれは、自分だけの感情ではないから。相手だって同じ感情を持っている。同じ感情を持っているが、お互いが相手を気遣い、表に出ないよう励まし合っている。もしこれが相手に伝わってしまったら、相手が抑えていた同じ感情も誘発してしまう。そんなことをしてもお互いがつらいだけ、苦しいだけだ。

さて、どうだろうか。そうでもないような気がしてきた。なんたって、僕の彼女は強い人だ。僕の弱音に飲まれることなどなく、僕が弱音を吐こうものなら尚の事励ましてくれるに違いない。僕だってそうだ。彼女の悲しみやつらさが表に出たとして、同調してしまうことは多少あるけれど、きっと僕は楽しく前向きに彼女を励ます。どちらかが、どうしても限界だというときには日本に帰ってくればいい。そしてそうならずとも、僕らはきっとうまくやっていける。

来年の夏に、会いに来てくれることをずっと楽しみにしています。再来年には僕が一時帰国するよ。一年に一度しか会えないような状況なんて、並々ならぬことだ。普通のカップルだったら別れるだろう。でも僕らはそんなもんじゃない。僕らはほら、本物だろう?僕には乗り越える意思があり、あなたにはそれだけの強さがある。ただそれでも、本当に限界が来そうになったら遠慮なく伝えてほしい。迷わずあなたのもとへ帰ります。

気持ちの切り替えが下手で時間を無駄にしている

やらないといけないことがいくつかある。非常にめんどくさくて、全然手を付けてない。早く終わることからやろうと思い、今やっと洗濯を終えたところだ。洗濯さえ2日間ほったらかしていた。多分、気持ちを切り替えて眼の前のやるべきことを順にこなしていけば、そんなに時間がかかるものでもないはずだ。どこかで手詰まりになり、一時的に止まってしまうことはあるものの、そのときにはまた他の手付かずの業務に入り、手元にあるできることから順番に進めて物事を全体的に徐々に進めていくのが順当なのだろう。しかし、めんどくさい。やってられない。そうやって手付かずのままほったらかしている。

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30代になってから彼女ができた

私はもう30代もなかばで、今さら彼女だの恋愛だのっていうことはないだろうと思っていた。前に彼女がいたのは会社員の頃、カナダに行く前だから2013年、5年前になる。当時はまだぎりぎり20代だった。

いくつになっても恋愛を楽しめる人は大勢いる。40代で新しく彼女ができた人の話も最近聞いた。その人は今でも実に若々しい恋愛をされている。恋愛に年齢は関係ないかもしれない。思えば僕自身は、若い頃からもともとそういう気質ではなかった。彼女いないのが当たり前、初めて付き合ったのは18歳の頃だったと思う。遅い。そして色恋沙汰に興味がない。

さて、最近の顛末。最近といっても今は外国にいるからその前の話。相手は日本人だ。結果的にうまくいった話なんだが、なぜそうなったのか、自分でもわからなくて困惑していた。後にそのことを相手と話し合い、見えてきたことがあったので、記録しておきたい。既にいい歳の大人である我々が、友達からうまく恋愛に結びついたパターン。惚気ではないが、このたびたまたま相手が良く、運が良かった。

  • 彼女のスペック
    • 年上
    • 仕事
    • 関係性
  • よく遊んでいた
  • 転機
  • どうやって実を結んだか
  • 何処に惹かれたか
  • 実は結んだものの
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2018年10月のふりかえり

10月、暇なようで忙しかった怒涛の10月は、いろんなことがあった。あったんだけど、ブログは全然更新していない。8回。先月の6回よりは無理やり増やした。書こうと思っていたことは他にもあったが、忙しくてめんどくさくてほったらかしていたら月をまたいでしまいあきらめた。

そういうわけで、結局本も全く読めていない。いくつか読みかけのまま終わった。映画はジュラシックワールド炎の王国を見て、千と千尋を初めて見た。ジュラシックワールドは超展開で、千と千尋はもう一回見たいと思う。「あの夏へ」はずっと聞いてられる。一緒に見た人の一人は「ハクが萌キャラにしか見えない」と言ってた。

あまり本を読んだり映画を見る気分ではなかった。なぜなら僕は今外国にいるから。その準備であったり、やり残したことであったり、間際のバタバタで本当に忙しかった。その一環として、防刃・防水ナップサックを買った。

その後少し間が空いてからは、主に現地生活のことを更新している。他にも書くことはたくさんあったんだけど、なんか気後れしてしまって。例えば、USJに行った。それも短期間に2回行った。そこで乗ったのはフライングダイナソー、ドリームライド、バックドロップ、チャッキー、ハリーポッター、エヴァンゲリオン、ミニオンなどなど。こんなかで一番並んだのが意外とエヴァンゲリオンのVRアトラクションだった。加持さんがネブカドネザルの鍵を運ぶシーンを飛行機視点でアトラクションにしたもの。よくできていて、もっと画面が鮮明であれば尚良かった。

それよりなにより自分にとって大きなできごとがあった10月だった。もう死亡フラグなんじゃないかと思うぐらいのタイミングで全く予想していなかったことが起きて、舞い上がったままの時間を過ごしている。とはいえ今は外国で非文明的な毎日。現地語習得をもう少しぐらい頑張ろう。

ラジオは二九地図とバナナムーンゴールドとときどきアトロクを聞いてるぐらい。

二九地図本が出るらしいです。

平成生まれの映画批評ー底辺文化系トークラジオ「二九歳までの地図」vol.1ー

平成生まれの映画批評ー底辺文化系トークラジオ「二九歳までの地図」vol.1ー