ブックオフ愛を語ることは後ろめたかった

なぜ今ブックオフか?というと、最近「ブックオフ大学ぶらぶら学部」を読んだから。それ以降またブックオフ通いを再開している。昨日買ったのは以下の4冊。

「ブックオフ大学ぶらぶら学部」は、ブックオフユーザーに勇気とアイデンティティを与える本で、読めば必ずブックオフへ戻りたくなる。そしてブックオフで猿岩石日記とか、どうでもいい本を100円(税別)で買いたくなる。おすすめです。

この本では、意気揚々とブックオフについて語られている。それぞれのブックオフ観や利用の仕方、いかにヘビーユーザーであるか、レベルが上がると価値の高い本だけ本棚から立体的に見えてくるという話は、ブックオフヘビーユーザーのあるあるネタらしい。

しかし、僕自身はというと、ブックオフに対してそこまで前向きに語ることはできなかった。恥を忍んでブックオフ通いしていたようなところがある。このブログでも過去に何度かブックオフについて触れているが、社会現象として取り扱ったり、せどりについて触れた程度。

「ブックオフ大学ぶらぶら学部」のようにブックオフ愛を公然と語るようなことはなかった。それはやはり、自分の中で「ブックオフは恥ずかしいもの」という認識があったからだ。

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禁煙を始めて1年経った今の心境

どうも、禁煙定点観測所です。去年の6月に禁煙を始めてから不定期に記録を取っています。これまでの記録は以下の通り。いつまで経ってもだいたい同じこと書いている。

2ヶ月

4ヶ月

半年

長らく喫煙衝動と闘ってきた。そして1年が過ぎた。禁煙は今も続いている。ジョギングは全然続かなかったのに。アクティブな活動は続かないらしい。ただ我慢するだけといったパッシブなことなら続けられるのか。そろそろ、禁煙1年が過ぎた今の心境をつづります。

  • やめられた自信はない
  • 健康になったか?
  • 禁煙が続いてよかったこと
  • 自分に向けて、喫煙者・禁煙者へ向けてひとこと
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ヒトコトへの回答⑰

このブログではGoogleフォームからご意見などを頂いております。スマートフォンでページを一番下までスクロールしてもらえば出てくるアレです。それをときどき拾って回答してたりします。

61通目:婚活の話

婚活のブログ、ここまできちんとマッチングが言語化されているのを初めて読みました。悩んでたことがわかりやすく整理されていてとても感動しました。婚活するときに何度も読み返そうと思います。

婚活のブログと言われてしまった。これのことです。

奥さんに聞いた話だと、婚活がうまくいかない系の相談って大体僕が書いたような「選ばれる人間になるために、自分の市場価値を上げろ」っていう結論に収束するらしい。ここのポイントは、「自分から見て結婚したい自分」になるのではなく「相手が結婚したい自分」になること。よく「私だったら絶対自分を選ぶのに」といった自信満々の声を見かけると思うけれど、あなたを選ぶのはあなたではない、という点が肝心だと思います。「他者から見て」、は「自分から見て」と全然違うから、他人が評価する点をしっかり把握しましょう。努力してまで結婚したくないっていう人はあきらめましょう。あきらめてからが始まりです。

これまでのヒトコト、回答をまとめました。

コンテンツはその気があるうちに貪り食うのが吉

いつどのタイミングでも抵抗なく食べれるコンテンツというのが、意外とない。ドラマや映画が喉を通らない季節もある。Netflixに加入した当初はドラマを見まくっていたが、今は手を出す気にもならない。映画はときどき見ている方。毎日見ていた頃もあったから、その日々に比べれば見ていない方。漫画アニメは比較的いつでも消化できる方。ただ一気に消化してしまうため、見たいコンテンツがなくなってしまう。

少し前までは、全く本を読む気分ではなかった。最近は毎日読んでいる。読んでも読んでも買ってしまうため、ストックが一向に減らない。読む本、読みたい本に左右されることもあるけれど、読み出せば続けて他もどんどん読むから、やはり内容よりも気分が大きい。気分大事。その気があるうちにどんどん消費してしまったほうがいい。

映画もドラマも今のところ、季節が巡ってきたら再び消費モードに入ることができる。けれど、そのモードがもう来ないことだってある。視力が悪くなれば、本を読むのは億劫になるだろうし、映像の魅力も半減する。耳が遠くなればラジオや音楽だって遠くなる。コンテンツへのハードルが高くなってしまえば、もういいやって思ってしまうかもしれない。ある特定の対象について、消費モードが永久に失われてしまう可能性もある。身体機能だけでなく、環境が変わったりお金がなくなったり、コンテンツそのものが失われてしまうこともある。

たまに、「老後の楽しみにとっておく」というような言葉を聞く。「アフリカと南米旅行は後の楽しみにとってある」と言っていた人がいた。旅行はコンテンツではないけれど、僕は行けるうちに行っておいたほうがいいと思う。若いうちとは言わない。行きたいと思ったとき、行けるうちに。お金とその気があれば。

楽しみは最後まで来ない可能性がある。例えばシリアは2011年まで、普通に旅行できる国だった。文化遺産もたくさんある。けれど内戦が始まって10年経った。いまだ終わる兆しがない。失われてしまった観光地もたくさんあるだろう。もしシリアに行きたかった人が、2011年以前に「後の楽しみにとっておく」をしていたら、悔やんでも悔やみきれないのではないだろうか。あの頃のシリアはどう足掻いても戻ってこない。

お金も時間も体力も意欲も、現場さえも、今そこにあることが奇跡だっていう可能性はある。やりたいことは、できるうちに。勉強とか仕事とか、お金を稼ぐとか、そういうのに時間と労力を費やすのも、本人がやりたいならそれでいいと思う。僕はそういうの全然好きじゃないからやめた。

やりたかったことはやり尽くして、もうない。自分がやりたいことのために苦労しているなら仕方ないけれど、どうでもいいことのための、ただの苦労からは早く逃げたほうがいいと思う。

やりたいと思ったことをすぐ始めている人は、例え失敗しようとも大体正解。楽しくなくてもいい。その気があるうちに始めて気が済むまで貪り食ってしまう。

ちくま新書の80%オフ(6/20まで)、図書館利用について

Kindle本のセールです。僕は4冊買いました。

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

謎解き 聖書物語 (ちくまプリマー新書)

謎解き 聖書物語 (ちくまプリマー新書)

はじめての哲学的思考 (ちくまプリマー新書)

はじめての哲学的思考 (ちくまプリマー新書)

  • 作者:苫野一徳
  • 発売日: 2017/05/19
  • メディア: Kindle版

まだ読めてないんで感想は後日。

Amazon.co.jp: 筑摩書房 創業80周年フェア(6/20まで): Kindleストア

ついでに、僕は図書館をときどき利用するんだけど、紙の本やKindle本を購入することも多い。図書館で借りる本と、買う本はどう違うか。今回買った3冊だって、セールとはいえ図書館で借りたら無料で読める。図書館を日常的に利用するのであれば、わざわざ買う必要なかったんじゃないか?と思われるかもしれない。

しかし、おそらくこれらの3冊は、図書館でわざわざ借りて読んだりしない。図書館で借りたら2週間で読み切ってしまわないといけない。そういう気持ちになれないと、読まないまま返してしまう。実際のところ、図書館で同時に2冊、3冊と借りた場合、1冊は読まずに返してしまうなんてことがざらにある。本や電子本を買うことの利点として、積んでおけることが大きい。いつでも読める。どんなペースでも読める。ゆっくり読みたい本や、今回のようにセールのタイミングで買っただけですぐに読まない本はある。そういう本は、本棚やKindle内に入っていればそのうち読む。いつか読む。しかし、図書館で一度借りて返してしまった本を再び借りることはない。僕は一度もない。読まなかった本、として処理されてしまう。

今回買った3冊は、図書館では借りない。ということは、買わなければ一生読まないであろう本だ。では、図書館で借りる本とは一体どういう本なのか。まず第一に、高い本。特に、そこまで興味がない本を読みたいけれど高いときは、図書館で借りる傾向がある。次に、売ってない本。Amazonにもない本が図書館にあることは普通。絶版とか。最後に、読み返さないだろうなーっていう本。読み返す本なら図書館で借りて読んでから購入することもある。あったっけ。多分あった。

紙の本とKindle本の買い分けは以前に書いた気がするけれど、最近はまた紙の本を購入することが増えた。というか、電子化されていない本ばかり買っている。

「LOW LIFE」読んだ

グラフィックノベルと言ってしまっていいのか、マンガです。WEBコミックのMeDuというところで2年に渡り連載されていたものが、単行本になった短編作品集。

内容はタイトルの通りで、低い生活の寄せ集め。就活をせずに大学を卒業して、実家で親の金で買ったビールばかり飲むニートの話や、家庭内、世の中で浮く、クズみたいな人だったり、クズみたいな人生のヒトコマをそのまんま描いている。

僕自身が、この漫画の世界観に実に縁がある。底辺なんだけど、どん底というほど切羽詰まってもなく、日々何をしても生きていく意欲をくじかれ、何もする気がなくなる。クソみたいな社会の中で、クソみたいな自分が、クソ共にまみれながら、クソみたいな生活を送るLOW LIFE。生きていく上でいいこととか、希望とかはない。

やっぱ世の中クソだわーって言いたくなる。クソな人間は滑稽であり、その姿、苦しむ姿、失敗する姿、一部始終見ているだけで笑えてくる。この滑稽な姿を描いた物語は、どうみても悲劇ではなく喜劇であり、でもふざけてはいなくて、真面目に困っている。打ち砕かれている。その姿と、人々の反応が笑える。

クズ共には本当に身近な世界。たくさんの俺がいる。無職の俺が職業訓練に通っていたり、俺じゃない人もいっぱいいる。俺はそんなことしないけど、でも等しくクズだよなーって、そういう人ばかり出ている底辺生活の寄せ集め、ローライフ。僕はめっちゃ好きです。

LOW LIFE (MeDu COMICS)

LOW LIFE (MeDu COMICS)

  • 作者:大嶋宏和
  • 発売日: 2020/04/30
  • メディア: Kindle版

恋愛・結婚におけるマッチングの難しさ

去年急に結婚したこともあり、「どうすればいい相手を見つけられるか」といったことをときどき聞かれるようになった。恋愛だったり結婚だったり、相手探しに奔走している人は多いようだ。

いい人がいない

「いい人がいない」という言葉は常套句になっている。いい人とはいったいどういう人なのか。話を聞いている限り、自分の願望を満たし、なおかつ自分に好意を抱いてくれる人が、いい人という意味らしい。自分の願望を満たす人はたくさんいるけれど、既婚だったり自分の方を見てくれない。あるいは自分に好意を持ってくれる人はいるけれど、自分の求める条件を満たしていない。その結果、多くの人の口から「いい人がいない」という常套句が漏れる。

「いい人」、すなわち条件を満たしつつ、なおかつ自分に好意を持ってくれる人を見つけるために取られる手段として、とにかく数を当たるという方法がある。「いい人」という低い確率の当たり判定を、絶対数を増やすことによって実現させる。そのために世のマッチングサービスは、あらゆる形式で発展している。

「いい人」以外の二つの選択肢

しかしそれでも「いい人」に出会えなかった場合、状況を打破するためには、二つの選択を迫られる。一つは、条件を満たす人を自分に振り向かせる。もう一つは、条件を満たさないけれど、自分の方を向いてくれる人で手を打つ。相手が折れるか、自分が折れるか、いずれかを成し遂げることにより、「いい人」以外のところでマッチングが成立する。

まとめると、パターンとして3つに分かれることになる

①お互いの希望に沿う「いい人」に巡り合う
②相手を振り向かせる
③自分が妥協する

一番難しいのは、言うまでもなく①「いい人」に巡り合うことだ。

その人は本当に「いい人」なのか

「いい人」だと思っていても、そうじゃないことだってたくさんある。それを判断するのが恋愛段階だったりするが、わからないまま結婚して判明することもある。自分が相手にとっての「いい人」じゃなかった場合もある。

特に相手探しのマーケットにおいては、マッチングを成立させるために自らの条件を盛る傾向がある。条件で絞ったはずなのに、いざ親しくなってみると全然違ったってことは日常茶飯事だ。

マッチングの条件提示にはカマシ、嘘騙しが数多く存在するため、いくらでも誤魔化せるような表向きの情報はあてにならない。そういう嘘を見抜く手順だったり、ミスマッチを繰り返していると、やがて相手探しそのものに疲弊する。

そういう後々のミスマッチは、「いい人」だと思っていたパターン①だけでなく、他のパターンでも起こりうる。でもそれは後々のことだから、ここではひとまず保留する。

一番簡単なマッチング方法

「いい人」と巡り合うことを待つのに疲れ、別の方向でマッチングを成立させる人は多い。一番簡単にマッチングを成立させることができるのは、パターン③だ。自分が妥協する。言い寄ってくる人がいるなら、自分のさじ加減次第でマッチングは成立する。ただし誰からも好かれない人に、パターン③の手段は取れない。そして実際のところ、③の手段が取れない人は、パターン②の手段も取れない。誰からも好かれない人に、誰かを振り向かせることができるとは到底思えない。

まず、人に好かれるところから

パターン③の手段も取れない人は、まず自分が人に好かれる人間になるところから始めないと、スタートラインにさえ立てない。この段階にいる人は、何から始めたらいいだろうか。正直なところ、他人が自分のどこを好きになってくれるかは、人によるからわからない。まずは見た目とか性格とかお金とかそういうわかりやすい話ではなく、人として何がしかの魅力を備えたほうがいい。

僕がおすすめするのは、好きなことを見つけること。何か夢中に取り組めること、努力が苦にならない対象を見つけること。その筋の第一人者になったりプロになる必要はなく、趣味レベルでいい。上手ければそれだけで魅力的だが、何かを頑張っている姿だったり、夢中な姿というだけでも十分魅力的なものだ。何かを好きな人は、輝いて見える。

あとはその魅力が伝わる場に参加すること。競い合う場、高め合う場、共有する場。そういう場所が自然にマッチングの場となる事例は枚挙にいとまがない。マッチングそのものを第一目標としないほうが成果は出る。マッチングはあくまで副産物として、自分の好きなことを楽しむ方を重視しよう。それだけでも魅力は備わる。

それでもスタートラインに立てない、すなわち人に好かれないようであれば、何か個別の理由があるんじゃないだろうか。誰にでも何かしら、個別の特性がある。何事も程度の問題だから、個別案件はここでひとまずパスして先に進む。

「妥協」で失敗しないために

スタートラインに立ったとして、③自分が妥協する、つまり自分はそれほど好きじゃないけれど、自分に好意を持ってくれる人で手を打つというパターンが、マッチングを成立させるには一番簡単だ。とにかく彼氏・彼女がほしい、結婚したいという人は、自分を好きになってくれる人で手を打つことは珍しくない。相手に対してそこまで願望がなく、相手に言い寄られて手を打つことも、形式としてはパターン③に近い。

問題は、「③自分が妥協する」という手段が取れる人は、既にやっているケースが多いことだ。要するに、妥協できないからこそまだマッチングを待ち続けているのであり、そういう人は妥協したところで失敗を感じたり、相手に不満が出てくる可能性が大いにある。

妥協を選択するにあたっては、ただ妥協するだけではうまくいかない。その選択に対して、自分なりの納得感を持つことが重要だ。例えば、相手は自分の希望条件を満たさないけれど、自分のことをすごく好いてくれるから、日々の満足度は上がる、とか。最初の希望通りではなかったとしても、何か別の条件で上回ることができれば、妥協に納得できる。納得できていれば、後々不満もいだきにくい。

理想の人に振り向いてもらう

条件に妥協ができなくて、どうしても自分の希望に沿う人と付き合いたい、結婚したいという人は、パターン②相手を振り向かせるしかない。言い換えれば、相手に自分で妥協してもらう。何を隠そう、僕自身がとったのもこの手段だ。僕は結婚願望がなかったから、よほど自分がいいと思った相手でなければ、結婚などあり得なかった。

そもそも相手を探していなかったから、婚活的なマッチングサービスを利用したことがない。そういった相手探し市場の外で、僕は相手を見つけたことになる。仕事で例えるなら、新卒なり転職なりの採用マーケット外のところ、スカウトにあたる。スカウトは採用と違い、こちらから相手の希望に合わせていかなければいけない。結果的には、相手を納得させる形でマッチングが成立した。

結婚とかどうでもいいと思っていた僕が、この人とだったら結婚してでも一緒にいたいと思って、なんとか手を尽くしたのが僕のケースにあたる。まあ、もちろんそれ以外にも、前提としてお互い条件が合う部分はあった。

相手の理想に自分を近づける

パターン②「相手を振り向かせる」を成立させるためには、パターン③のようにただ妥協すればいいほど簡単ではない。それでもやる気があればなんとかなる。それでは、何をどうすればいいのか。相手に妥協してもらうんだから、自分が相手の理想に近づけばいい。

相手がどういう人が好きで、どういう条件で相手を探していて、どういう部分は譲れないのか、パートナーに対して何を求めているのか、それをひたすら探り、相手の理想の中で自分に当てはめることができそうな部分を、ひたすら取り込んでいく。自分を少しでも相手の理想に近づけ、相手がパターン③の妥協を選択してくれるまでに持っていく。

これをちゃんとやっている人は、うまくいってるんじゃないだろうか。というのも僕に対して「どうすればいい相手を見つけられるのか」と聞いてくる人は、この観点が全く欠けていることが多い。理想の相手に振り向いてもらおうとするのに、相手の理想に満たないそのままの自分で勝負して無残に散っている。そのままの自分では相手に求められていないことがわかっているのにも関わらず、何故か自分を変えようとしない。これはもう、やる気がないとしか思えない。

相手の理想と根本的に合わないのであれば、その相手はあきらめるしかない。どう頑張っても近づかないのなら、努力する甲斐はない。そのあたりは本当に相手のことが好きかどうかで分かれる部分でもある。そこまでするほどの相手ではない、と感じてあきらめることだってあるだろう。本当に振り向いてほしい相手なら、ただ待つのではなく努力を惜しまないことだ。

あなたは「いい人」なのか?

「どうすればいい相手を見つけられるか」と聞いてくる人には、要求ばかりの人が多い。「〜な人がいい」「〜してほしい」といった、ただ自分に都合のいい相手を求めているだけ。「それでは、あなたは対価として相手に何を与えられるのか?」と訊ねると、答えられないことが多い。また、「あなたを選ぶ相手は、あなたのどこをいいと思って選ぶのか?」と聞いても答えられない。

相手も同じ人間であり、お互いがいいところ悪いところ、許せるところ妥協できないところ、好きなところ嫌いなところ、を検証し合い初めてマッチングが成立するにも関わらず、その事が頭にない。相手も同じ立場だということを理解していないと、自分が選んだとしても相手からは選ばれない。それがわかっていない人は、あまりにも自分の武器を持たない。私と付き合えば、結婚すればこんないいことがあります、私はこんないい人です、何もないから攻め手に欠ける。そして選ばれない。

「いい人がいない」と思う前に、まず自分が「いい人」かどうか疑ったほうがいい。「いい人」でなければ、「いい人」を探すよりもまず自分が選ばれる人になるよう、「いい人」になったほうが早い。目当ての対象がいるなら、項目を絞って「その人にとってのいい人」になると、自分が望む人とのマッチング成功率は上がる。

自分の武器を増やそうとして、いわゆる「自分磨き」に精を出す人はいる。でもその多くは、やり方を間違っている。大事かもしれないが、表面的なことだけを取り繕っていることが多い。それでは根本的に選ばれない自分は変わらない。モテない人がパーマを当てたり服に凝りだしても、決してモテないのと同じ。

人からよく見える自分、ではなく、人に良さを提供できる自分へ、武器を増やしていくのがいいと思います。例えば、簡単なところで、男女関わらず料理とかはいいんじゃないですか。料理ができる自分、ではなく、相手が喜ぶ料理を気軽に提供できる自分になることが肝心です。頼れるあなた、心強いあなた、知識や経験豊富なあなた、優しいあなたを好きになる人は、それが発揮できる現場に必ずいると思います。

クセのある、個性の強い店員苦手話

昔から、いわゆるクセのある、個性の強い店員が苦手だった。そういう店員がいる店にはなるべく行かないようにしている。バーや飲食店、服屋、雑貨屋、コンビニでもそう。関わるのがめんどくさい。僕は店の人に自分のことを覚えられたりするのが嫌だから、そういう接客も全部避けていた。店の人と仲良くなったりしたくない。店員には無機質、無味乾燥であってほしい願望がある。なんなら自動販売機でいい。人間味を求めていないどころか、ないほうがいいとさえ思っている。AI店員最高。物を見なくていいならネット通販でいい。

詳しかったり手際が良かったり、店員の機能として優れているのは大歓迎なんだけど、本人の色であったり意見だったり、個性を出してくると「おまえのそんな話は知らねえよ」と思ってしまう。コミュニケーションを求めていない。そういうの求めている人もいるとは思うけれど、それってもうキャバクラでしょ。個人ありきの接客とか。個性を出すなら店員としてのキャラではなく、商品やサービスで出してほしい。

まあ美容室とか、そういうコミュニケーションありきの業態もある。そういう場でも、なるべくフラットでいてくれるとありがたい。自分もそんなにあれこれ話したい方ではないから、てきとうに話題を見繕ってその場のお茶を濁すのに苦労しなければそれで十分。当たり障りのない存在でいてくれたら助かる。会話のいらない美容室があればどれだけ楽か。客と店員という立場がある以上、何を話しても結局ビジネスでしかない、上辺の付き合いとなる。なくていいだろそれ、と思う方の客です。

そのへんの使い分け、見極めが上手い人は、店員として理想だと思う。求めている人には与えられて、求めていない人にはフラットに対応できるような。しかし、いわゆるクセのある個性が強い店員と言われる人は、我が強いのかそういうことをやらない人が多い。客を選ぶ店に選ばれない客です、はい。自分自身も人間ではなく客に徹したい。金を払う以上のことは何も求めない。

noteのフォロワーがはてなブログの読者登録を超えた

まさかはてなブログにこんな話題を投下することになるとは、冒涜である。それはともかく、はてなブログには読者登録というフォローボタンがあり、今このブログの読者登録者数は732人らしい。あれ、こんなもんだったっけ。多いのか少ないのかわからないが、ともかくこの数は実態が伴っていない。

732人の読者登録があるなら、ブログ更新するごとにもれなく732人のアクセスがある!というわけではない。実際のアクセスはそのほとんどがGoogle検索からのもので、その数もここ数年は目減りが激しく(更新頻度が極端に落ちていることもあるが)日に200もあればいいところだ。読者登録数はアクセスの保証にはならない。

自分も読者登録しているブログを更新毎に訪れるかというと、そんなことはない。限られた一部のブログを除いて。タイトルやヘッダー部分の内容でアクセスするか判断することもある。いずれにせよ、はてなブログの読者登録数は何の目安にもならないというのが自分の実感だ。長く続けていれば自然と増える。その中には既に現場にいない人たちが数多く含まれている。

そして、noteである。はてなブログからnoteへ、という話題をここ最近よく見かける。ご多分に漏れず、自分もnoteを利用して半年が過ぎた。特に人気が出たり、注目されたりコミュニティができあがったりすることはない。はてなダイアリーの頃のように、ただの日記を書いている。スキ!というハートが押されることは、記事ごとに1個、2個、主に直接の知り合いと奥さん。それ以外に宣伝のようなスパム♡が数個付く。コメントがつくことは滅多にない。

noteを続けているうちに、不可解なことが起きた。本当にここ1ヶ月のできごとだが、やたらとフォロワー数が増えた。noteにおけるフォローとは、はてブログの読者登録みたいなもんだ。読者登録と違うのは、noteのIDを持っていなくてもフォローできるところ。はてなブログの読者登録は、はてなブログの利用者しか追加することができないが、noteはそうではなく、それが一体どういう仕組なのかわからない。そしてnoteを書いていない人からのフォローが、どんどん増えていく。誰がフォローしているのかわからない。noteを利用登録しているIDからのフォローではないため、トレースすることができない。その数がついに、はてなブログの読者登録数を超えた。ここ1ヶ月で、9年近く書いてきたはてなブログの読者登録数を超えたのだ。ついでに13年続けているTwitterのフォロワー数も超えた。

これはどうもおかしい。はてなブログの読者登録と同じく、実態を感じない。リアクションは全く変わらず、スキ!を押す人は1〜3人、非フォロワーが通り魔的に押していく人を含めても5、6人、コメントはつかない。明らかに見ている人の数は2、3人。なぜフォロワー数だけが増えているのか。ミステリーである。誰かこの謎を解明してください。

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ホーボー(hobo)について

アンダーザシルバーレイクを見ていたら、ホーボーサインなるものが出てきた。ホーボー、久しぶりに聞いた言葉だ。ホーボーとは、19世紀から20世紀初頭のアメリカで貨物車両に無賃乗車をして移動しながら、日雇いや季節労働者として働くホームレスの一種だそうだ。

ホーボーを初めて知ったのは、ジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」だった。主人公はホーボーに憧れ、子供の頃「大人になったらホーボーになりたい」と親に言ったら怒られたとかそんな記述があった気がする。ホーボーはホームレスの一種なんだけど、一部で憧れの対象として見られている。Wikipediaには「ホームレスのサブカルチャーの一員」と書かれている。どういう意味なんだろう。日本のいわゆるホームレスが、憧れの対象になる話は聞いたことがない。なぜホーボーにはホーボーという特別な名前まで付き、サブカルチャーの一種と言われるのか。

ホーボー - Wikipedia

ホーボーが憧れの対象となる背景については「大陸を自由に移動するその姿勢が、アメリカのフロンティア精神を体現しているから」などといった記述があった。ジャック・ケルアックのオン・ザ・ロードは、アメリカ大陸を何度も横断する話であり、ある意味ホーボーを真似していると言える。ホーボーは無賃乗車だけど、ビートニクは車。ヒッピーカルチャーの元となるビートニク、またその元となったのがホーボーと言える。アメリカにおいてはそういう自由の体現者であったり、フロンティア精神とか移動する人たちが憧れの対象となる伝統があるのかもしれない。ホーボーを題材にした小説や映画もあるそうで、「北国の帝王」という映画は伝説のホーボーがテーマとなっている。

1930年代大不況下のアメリカを舞台に、職を求めて鉄道の無賃乗車で放浪を続ける浮浪者(ホーボー)と無賃乗車犯を追い払う車掌との対決を描く。

北国の帝王 - Wikipedia

このホーボーという存在・概念は、アメリカ文化の中でどれほど浸透しているのだろうか。ホーボーがいなくなったのは、アメリカが車社会になったからと言われている。列車が利用されなくなると、無賃乗車も何もない。アメリカと言えば車社会で、列車が主要な移動手段であった時代なんて、かなり前だ。にもかかわらず、2018年の映画アンダーザシルバーレイクにホーボーという言葉が出てきて、さもみんな知っているかのように使われている。アメリカ人はみんなその源流を知っているのだろうか。ホーボーがいなくなってからも、ホーボーのようなカルチャーはイージーライダーのような移動する者たちに引き継がれていく。自由と移動の体現者。僕がホーボーに惹かれるのは、それが現代で言うところのバックパッカー的だと思えるからで、根無し草への憧れが強い。

ホーボーについて書かれたページ

昔、「あなたの知らない世界」という番組があったと思いますが、逆にあなただけが知っていて他の人がほとんど知らないだろうと思われる世界 (分野・趣味など)はありますか?に対するUozumi Junichiさんの回答 - Quora

ここではアンダーザシルバーレイクにも出てきたホーボーサインについて詳しい。

Hobo(ホーボー)

ホーボーについての一般的な説明。ホーボーバッグというものがあるんだな。

http://zip2000.server-shared.com/theroad.htm

ジャック・ロンドンを中心にホーボーについての記述。労働するホーボーに対して、働かない人はトランプと言うらしい。

ホーボーに関連する本

読みたい本を載せるだけ。本当は読んでから内容も含めて紹介すべきなんだけど、めっちゃ先になるからとりあえず。

読みたいけれど在庫がない。図書館にもない。ジャック・ロンドンの本でホーボーについて書いてあるのは少ないそうだ。

これはなんだろう、ジャケ買いしたいやつ。これも図書館にない。

とりあえず日本語で読めるものは片っ端からページをめくってみたいというだけ。

エリック・ホッファーはホーボーだったそうだ。

ホーボー映画

昔のアメリカ映画ではしょっちゅう貨物列車に無賃乗車していたそうだ。ジェームス・ディーンなんかが。

北国の帝王 [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]

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  • 発売日: 2019/06/19
  • メディア: Blu-ray

先程挙げた北国の帝王は、配信にはない。

明日に処刑を… [DVD]

明日に処刑を… [DVD]

  • 発売日: 2017/04/05
  • メディア: DVD

マーティン・スコセッシの初期作だって。やはり配信にはない。

アメリカ以外でホーボー的な人たちと言えば、ロマになるのだろうか。迫害のされ方も似ている。ただ働き方、住み方、移動の仕方は全然違う。

「パターソン」を見た

2016年に見逃しておきながら、もっとも見たかった映画の一つであるパターソンを今更ながら見た。プライムビデオに入っていたので、プライム会員は今なら追加料金無しで見れます。

ジム・ジャームッシュ監督作品はこれまでにもいくつか見てきた。ストレンジャー・ザン・パラダイスに始まり、ダウン・バイ・ロー、コーヒー&シガレッツ、オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴなど。一時期Netflixにたくさんあり、その当時は恵まれていたなー(今はない)。ナイト・オン・ザ・プラネットもあったのに、見ておけばよかった。

さて、パターソンである。パターソンもそんなジム・ジャームッシュ映画だった。オンリーラヴァーズ的なやつではなく、初期の作品っぽい。なんかずっと、日常的なやりとりしている。パターソンは日常映画としての側面と、コメディー側面、アート映画の側面があると思う。僕はとにかくこの映画の街描写が好きだ。

見るべきものが何もない、アメリカの小さな町。旅行で訪れるにはあまりにも物足りない。しかし、この街の描写がものすごく良い。バスの車窓から見える景色、バスが走る街並み、バスの車内の様子、人が歩く道、家の中、バーの中、出会う人とのやりとり。ひとつひとつそのものはなんてことないんだけど、ここに住む日常の魅力を存分に映し出している。一生住みたいとは思わないが、ときどき一ヶ月ぐらい滞在したい。友達がいてもいなくてもいい。

内容は全然違うが、街生活映画としてはNetflixオリジナルドラマのマスター・オブ・ゼロにも近い。あっちはインド系のコメディアンを起用したもろコメディードラマだったけれど、パターソンのアダム・ドライバーはコメディアンではなく、もっと間を使った抑えた表現になっている。

刺激や感動を求める人には物足りない映画。でもパターソンを見ていると、パターソンにおけるパターソンの生活をずっと見ていたいと思える、そんな映画でした。この映画も見る前に予告は見ないほうがいいです。

パターソン(字幕版)

パターソン(字幕版)

  • 発売日: 2018/03/07
  • メディア: Prime Video

このタイミングでテラスハウスについて思うこと

これまで何度かテラスハウスについて触れてきたから、今回のことについても触れておきたい。木村花のことはとても驚いた。この番組でこういうことがあるとは、全く予想がつかなかった。というのも、番組内でもっとひどい扱いを受けてきた人が今までにいくらでもいたから。同期にも社長というメンバーがいて、もっとひどい誹謗中傷があったと思う。だから、この番組で今更こういうことが起こるなんて思いもよらなかった。

木村花について、初登場から見ていた。正直なところ自分にとっては印象の薄い人。番組を見る上で興味の対象ではなかったから、注目していなかった。最近の流れ(快が出ていくまで)において、アクシデントに見舞われた中心人物ではあったが、それでも自分にとってはどうでもいい話題を提供するだけの影の薄い人物だった。だから、わざわざ本人のInstagramアカウントへ直接誹謗中傷が飛び交っていたこと自体に驚いた。その熱意は一体どこから来るのだろうって。

僕は以前軽井沢編で雄大のことを茶化して軽くバズったことがあり、これも中傷って言われたらその枠に入るのかもしれない。言い訳するが、僕は番組の構成上そういう注目の仕方もアリだと思って書いていた(スタジオトーク、山チャンネルはほぼ"いじり"で構成されている)。僕が書いたものは番組でいじっていた内容をまとめた程度に過ぎず、当たり前だけどTwitterなりInstagramなりで本人のアカウントめがけて死ねだの云々暴言を吐いたことはない。

ただこのスタジオトークや山チャンネルが「そういうのもアリ」の空気を作り、誹謗中傷を助長させていたことは間違いない。個人アカウントをめがけた直接の暴言も、その延長上にあると言える。自分の書いたことを正当化したいわけではないが、番組内で許されていた「噂話程度」であったり「生暖かく見守る」範囲が僕はボーダーと思って乗っかっていた。そして僕のボーダーの観点からすれば、出演者の個人アカウント突撃は常軌を逸していると思う。誹謗中傷を野に放って絡まれるのを待つのはOK、直接殴りに行くのはアウト。

現実として、本人に向かって直接暴言を吐きに行く人はけっこういるらしい。悪意や敵意をもってやる人だけでなく、ストレス解消や暴言に称賛がつくことで承認欲求が満たされる人もいるとか。

今回の原因については、各所でいろいろなことが言われている。ソースは覚えていなけれど、ざっと挙げるだけで

  • 快の問題(連絡取れなくなったところまで)
  • 快に対する行動がネットで叩かれたこと
  • それに花自身が(社長のように)対処できなかったこと
  • プロレスの興行がコロナでなくなったこと
  • テラハ自体がコロナで中止になったこと
  • 制作側のフォローが至らなかったこと

コロナでプロレスの仕事がなくなったことも、精神的なダメージとして大きかったと思う。テラスハウスがなくなったことも大きい。これまでテラスハウスでは、メンバーがネットで叩かれても他のメンバーがフォローしたりしていたそうだ。しかしコロナで番組の撮影も共同生活もなくなり、誰もフォローする人がいなかったことも大きかったんじゃないかと言われている。他にも増田に考察があった。

いずれにせよ、テラスハウスは悪趣味だと思う。他人に対する興味の持ち方が悪趣味。校内の噂話と同じ。見世物小屋。でもみんなそれをわかっておもしろがり、わかって乗っかっていた。僕も同じ。僕はテラスハウス自体はそんなに好きじゃない。リアリティーショーという構造も好きじゃない。だったら見なけりゃよかったんだっていう気持ちが強い。僕は初回湘南編も軽井沢編もハワイ編もどのシリーズも最後まで見れなかった。そしてどのシリーズも、ハウス自体がだんだん病んでいくと聞いた。僕にとっての正解は、こんな悪趣味なものをおもしろがって見ないという選択だった。

これまでテラスハウスについて書いたもの

radiotalkに参加してきた

参加者を募っていたので。

と思ったら既に募集は打ち切っておられた。しかし、募集したものの全然応募が来なかっということなので、それならばと思って連絡してみたところ、あっさりOKもらった。内容は特に決めていないとか、無言でもオーケーとのことだったからハードルが低い。強いて言えば、これまでに交流がある人のほうが話しやすいとのことだった。僕は交流があったかというと、2014年頃にブクマをつけたことがあった。このへんとか。

当時の内容は、本人的にはもしかすると掘られたら嫌かもしれない。当時日記っぽい文章を漁って読んでいた。それで2014年に一度辞められたんだけど、5年ぶり?に復活したのでまた読んでいた。向こうが僕のことをどの程度認識していたかはあまりよくわかってなかったが、あっさり了承。で、radiotalkなんですが、こんな乱入機能ができていたなんて知らなかった。アプリさえ入れておけば、人のradiotalkに参加できる。参加方法はURLが送られてきて踏むだけ。ゲストを招くには便利だね。

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ヒトコトへの回答⑯

このブログではGoogleフォームからご意見などを頂いております。スマートフォンでページを一番下までスクロールしてもらえば出てくるアレです。それをときどき拾って回答してたりします。

59通目:今の仕事について

いつもブログ楽しみにしております。一つ質問なのですが、目標なくやってきたとの事ですが、今やられているお店は割と今までのスキルがいかせる仕事をされてるのでしょうか??

「目標なくやってきた」は、ここに書いた話。

今の仕事に、今までつちかったスキルが活かされているかという質問。まず、僕にはスキルがないから活かせるようなものはない。今までにスキルが身につくようなことは何一つ行ってこなかったと思う。なんだろう、強いて言えば、外国人が買いに来たときに英語で2,3時間会話しても平気、というぐらい。でもこれは仕事のスキルには程遠い。自分が今まで学んだことって全部サワリの部分だから、仕事になるレベルではない。

だいたい自分は、全く新しいことをしたいと思うことが多い。今までの経験を活かしたり、スキルを積み上げていったりすることに興味がない。同じことばかりやっていると飽きるから、今まで全然知らなかったようなこと、やらなかった分野に足を踏み入れて遊ぶ感覚。もはや仕事ではないなー、やっぱり本質的に仕事嫌いなんですよ。勉強も嫌い。ダメな言い草。

そして今までやらなかったこと、その最前線が今はレコード。僕は楽器できないし、音楽もくわしくない。レコードなんて当然聴いたことも触ったこともなかった。たまたま手に入るルートがあり、今の店で売っている。自分でも聴いてみようと思い、メルカリでプレーヤーを買った。30年以上前の製品を5,000円ほどで。レコードを集めている友人がいて、開店祝いにミキサーをもらった。音楽はいまだによくわからないけれど、なんとなく触れてみるとおもしろい。そんな感じで最近は毎日レコードばかり聴いています。

これまでのヒトコト、回答をまとめました。