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「人生でやりたくないリスト」 を作ってみたら大変だった

Twitterで見かけた記事を見て、自分はなんだろうとリストアップしてみる。

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「人生でやりたくない」リスト

  • 働きたくない
    労働、仕事と呼ばれることは1秒たりともしたくないというのが本音です。しかし現実はこのやりたくないことに向き合って生きていかなければなりません。
  • 興味ないことはやりたくない
    「誰でもそうだ」と言われたらそれまでかも知れませんが、人は皆結構ストレスも感じずに興味無いことを淡々とこなしている印象を受けます。慣れかもしれませんね。もしくはストレスを解消できるか。
  • 人と関わりたくない
    誰とも関わりたくないと言うほど捻くれてはおりませんが、やはり興味ない人とは関わりたくない、そして大体の人には興味ないというのが現実です。しかしそんなことを言っていたら生きていけません。
  • 言うことを聞きたくない
    自分が自分以外(他人や組織)の意思で動くこと、人の意に沿うというのが、自分の場合かなりのストレスになります。反発したいのはやまやまですが、そういうわけにもいきません。
  • 群れたくない
    群れるの苦手です。もうずっと、子供の頃から苦手です。チームワークとか協調性とか団結とか全て寒気がするワードです。ただ一人でできないことを集団でこなすのは逃れられないことです。
  • 食べることに囚われたくない
    食べることが苦手です。食べることを考えたり買い物をしたり食べ物を作ったり後片付けをしたり、食べ物について書かれた内容やテレビや写真なんか、そういうの全部取っ払いたい。でも無理。
  • 遊びたくない
    遊びが何を指すかというと難しいですが、ここで言う遊びは「いわゆる遊び」です。自分にとっては旅行も写真を撮るのも本を読むのもブログも趣味ですが、遊びではなく勉強です。楽しさは求めていません。

おおっとストップこれただのネガティヴ垂れ流しです。ここまで書いて思うのはもう引きこもるしかない!これはとりあえず「本当に嫌だけど逃れられないこと」リストと改名したほうが正しい。Twitterで見かけた記事の趣旨からズレてしまう。そこには「生きていく中で、これだけはやりたくない」と書かれていた。その基準でもう一度初めからリストアップしてみようと思う。

「生きていく中で、これだけはやりたくない」リスト

  • 車の運転
    免許は持ってるけどペーパーです。バイクなら乗れるけど街中で乗るのは好きじゃない。道路が整備されていて他の車が少なくて信号が無い場所だったら車もバイクも乗りたい。人を乗せるのも気が引ける。会社員の頃「車ぐらい運転できなくてどうする」と言われていた。結局最後まで運転しないまま辞めた。
  • 着たくない服を着る
    スーツですね。センスがどうというよりは、楽な服装でいたい。暑かったり寒かったり締め上げられたり、家に帰ってくるとすぐ脱ぎたくなるような服をあえて着るのはもう嫌だ。正装が必要な儀式っていうのはどうも保守的で時代錯誤な気がするけれど、やりたい人はやればいいと思う。
  • 時間に縛られる
    スケジューリングとか約束が苦手。遅刻を肯定するわけじゃないけれど、そういう決まった時間に何かをするとか、何かをするために時間が足りなかったりっていうのは苦痛でしかない。好きなときに好きなことをやりたい。
  • 人に縛られる
    時間に縛られるっていうのは大体がこの人に縛られることと関連している。人か、もしくはルールに縛られるから時間にも縛られることになる。人を気にして何かができないとか、逆に誰かが必要だとかそういうのはきつい。人との繋がりが苦手。流動的でありたい。
  • 場所に縛られる
    これは単純に同じ場所にずっといられない。それ以外には、場所にこだわったり場所が理由で何か弊害が生まれるというのならその場所をあっさりと切り捨てられるような、そういう状態でいたい。場所っていうのは位置っていう意味も含まれるかもしれない。固定されたくない。
  • お金に縛られる
    お金がないからできないとか、お金のためになにかをするとか、そういう状態でいたくない。これはかなり難しいけれど、でもお金というベースから脱却したいのは自分にとって生涯の夢でもある。そう言えば昔「評価経済」っていうのが流行ったけど、あれはちょっと違う。お金の代わりが才能だったり人望だったりするなら、それはお金より難しい。
  • 食べたくないものを食べる
    「食べたいものを食べる」とはまた違う。好き嫌いともまた違う。「今これを食べたくないな」って思うものを食べなければいけない状況というのがすごくつらい。これも人に縛られるという部分に繋がってくる。
  • 社会悪
    社会悪が何かというと難しい。必要悪というのも含まれるだろう。善悪を定める指標としてよく言われるのが、世界の全員がそれを行っても世の中が良くなるのは「善」であり、全員がそれをやると世の中が悪くなるのは「悪」と言われる。例えば、投資は善であり、投機は悪だとか。
  • 無駄なこと
    無駄なこと、無駄が多いことを敢えてやるのが我慢できない。例えばチラシ配りとかポスティングとか、あれは果たして経済的に効率がいいのだろうか?労働力と資源を費やして紙をばらまき廃棄する、同時に多くの人に迷惑をかける。それは生産性のある仕事だろうか。他に手段がない、もしくはわからないなら仕方ないかもしれないけれど、人もお金も使ってできることを全てやるだけの「総当り」や、「やれることを全てやっているアピール」のためだけの仕事というのは無駄が多すぎる。そういう無駄なことを評価する人も理解できない。その昔、穴を掘ってただ埋めるだけという強制労働があった。あれをやっている気分になる。
  • 機嫌を取ること
    機嫌を取られることも嫌だ。機嫌を取られて喜んでいる人が理解できない。そういう人とは関わりたくない。

うーん、これでもかなり「本当に嫌だけど逃れられないこと」に近いが、まだ基準が緩くなったほうだろう。 

「やらなくていい」リスト

生きていく上で嫌なことというのは3種類あると思う。「逃れられない」「やりたくない」「やらなくていい」この3つ。「逃れられない」については半ば諦めてしまっている項目と言っていい。「やりたくない」は、なんとかしてやらないよう努力をしている項目であり、最後の「やらなくていい」についてはその努力が達成された項目と言っていいだろう。これらの項目全てが「やらなくていいこと」リストにシフトするのが理想だ。

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そのためにはどうすればいいのか、逆に右から左へとシフトしてしまわないようにするにはどうすればいいか、そういう事を考えていると自分の生き方の指標みたいなのが少しは見えてくるかもしれない。それにしても自分のはひどい内容だ。そして現実としてはほとんどが左にある。