招待状

若い時分には誰でもこういう経験があるんじゃないだろうか。誰でもってことはないか。僕みたいに、消極的で、恐怖心が強いくせに見栄えを気にするような、そういう小さなつまらない人間だったら同じ経験があるかもしれない。

僕は友人の結婚式に呼ばれたんだ。同じ大学だった頃によく遊んでいた子だ。ナオっていう名前で、漢字は確か尚だったと思う。僕は大学でほとんど友人が出来なかったんだけど、それは僕がサークルとか部活動とかそういう団体活動に馴染めないから参加しなかったのと、あまり人と積極的に関わらないからで、その子は、つまりナオは僕が大学でよく話した数少ない人の一人なんだ。
ただ向こうはいつも何人かのグループと一緒にいて、僕なんかは一人で喫煙所に座ってコーヒー飲んでいたりするんだけど、ナオは一緒にいるグループの子たちなんかをほっぽり出して話しかけてくるんだよ。「寒い、缶かして」とかそんなどうでもいいことをね。ナオはそうやっていつも自由に誰かを放ったらかしたりするから、その一緒にいた人たちも慣れちゃっていて、話している途中にいなくなったりもするから最初はムカついたり呼び止めたりした人もいたけれど、あの子の耳にはそういうのが入らないんだ。我慢できなかった人は、中には悪気がなくても許せないっていうお堅い人がいるから彼女と付き合うのをやめるんだけど、なんせ誰でも自分が一人の時ふいに話しかけてくるような珍しい子だったから、だいたい周りにいる人はあきれて受け入れてしまうんだよ。「まあいいか。あれがあの子だから」って。僕もそのあきれた人間の一人だったんだ。

いいやつなんだよ。単純に。こだわりがないんだ。あいつ自分では人を選んでいるとか言っているけれど、誰に対してもフラットなんだ。それでいて相手が何を思っていようが、それどころか直接文句を言われたって聞いてもいないんだ。尊敬するね。僕はそういうどうでもいいことをすごく気にしてまうから。だから、僕が真面目に話している最中に電話しだしたりすると、僕はかなりイラついていたんだよ。本当のところは。向こうもそれを知っていたのかわからないけれど、よく前に話していた続きのことだったり質問なんかをしてくるんだ。僕の方はもうその熱なんか冷めてしまっていて、何をどう話したかも覚えていないから思い出そうとするんだけど、向こうは質問するぐらいだから内容を覚えていて、ドラマのあらすじみたいに遡って話しだすんだ。なんだよこいつって思ったね。こいつの頭の中はレイヤー化されているのかって。それが一ヶ月も間が空くこともあって、さっきの続きみたいに話し出すから一向に終わらない話だと一年ぐらい同じテーマについて途切れ途切れ話していたこともあった。それもなんだったかな、"恐怖心の克服は種族の進化に繋がるのか"とか、そういったわけのわからないどうでもいい話だった。僕らはバイオロジストでもなんでもないからね。

僕は特別ナオと親しかったわけではなく、あの子は誰に対してもそうだから、僕が一方的に親近感を覚えていたんだ。僕は学内で話す人も少なかったから、僕にとっては特別だったんだよ。友人って言ったけど、それは僕が友人だと思っていただけで、向こうはそんな人、時々話しかけるような相手なんていくらでもいたからさ。だから、今回結婚式の招待が来たことは少し驚いたんだ。一体何人呼んでいるんだろう?ってね。ナオが僕と同等に親しかった人なんて、大学の中だけでも100人はいたはずだから。そんな大人数で結婚式をやるのだろうか。

僕はこの、結婚式ってやつが苦手なんだ。初めて行った時は、「ああ、こういうもんなんだ」っていう目新しさはあったんだけど、次から次にみんな毎回同じような事を繰り返していてうんざりするんだよ。"人と同じ過程を通ることに重きを置く人"がいるのはわかるんだけど、僕には理解できなくて。ナオから招待が来た時もちょっと気が滅入ったよ。ああ、またあの時間を過ごすのかと思うと。でも僕は、祝う気持ちはあるんだ。多分、呼ばれたからといってなんとなく参加している人より余程祝福しているよ。何もかもが嫌っていうわけじゃないんだ。その場は楽しんでいないけどさ。今までの結婚式だって、相手を祝う気持ちは式場で楽しんでいるやつらよりずっと強いと思う。ほんとなんだ。
何か違った形で祝福できれば一番いいんだけど、僕はそんなの思いつかないから、普通に結婚式に出て、嫌な顔をしながら早足で帰っていくんだよ。それについては申し訳ないと思うけど、楽しくないことはやっぱり楽しくないから。

「もしもし」
「紙届いた?」

僕は誰だかわかっていたけど、知らない番号からいきなりかかってきて、それも当然のように話しだすから確認のために聞いてみたんだ。僕は実際臆病だからね。

「あの、どちら様ですか」
「わかってるでしょ?紙は届いた?」
「お前なんで俺の番号知ってるんだよ。住所も。」
「じゃあ届いたんだよね?良かった。あってるかわからなかったから。」

こうやっていつも自分の都合で話を進めるんだ。いい加減うんざりするよ。

「それは答えになってないだろ。」
「大丈夫。私の応えにはなっているから。それで十分。その日大丈夫?戻ってこれるの?」
「まだ開けてない。」
「来月の10日。」

僕はラックの上に置いていた便箋を破り、中の招待状を取り出した。白い紙に要件と場所と名前だけを書いた、至って普通の招待状だ。返信用のハガキが同封されている。相手は、外国人だろうか。アルファベットの文字が羅列されている。

「行けるよ。大丈夫行くから。」
「だよね。来てくれるのはわかっていたけど、届いてないとか読んでないとか言われたら無理だなあって思ったから電話したの。」

ナオにはそういうところがある。僕は今回に限って行かないつもりだったんだ。封も開けずに捨てようと思っていた。祝う気がなかったわけじゃないけれど、気が乗らなかったんだ。なんとなくね。
大学を卒業してからはずっと地元を離れていて、ナオとはそう何度も会っていなかった。最後に会ったのは、確か1年ぐらい前だったと思う。それも僕が帰郷した時に偶然会ったんだ。大きなカバンを持った人に突然声をかけられた。大学の頃と同じだ。でも僕は卒業以来そういうのがなかったから、かなりびっくりしてうろたえていたのを覚えている。僕は普段、人に声をかけられることなんて滅多にないんだよ。

「それで、こないだ言ってた身近な人から支えあうべきかどうかっていう話なんだけど」
「なにそれ」
「紛争地域の難民を助ける前に、身近で困っている人を助けたほうがいいのかっていう話。困っている人を助けるのは偽善者の自己満足だっていう意見があるけれど、世の中はその偽善で成り立っているのだから強いて言えばそれも必要悪だって、ただ君はそういうの興味無いしかっこわるいからやらないって言ってたよね。私は真剣に考えたことなかったから一回やってみたんだよ。それでこう思ったの。遠くに感じているから遠いんだって。身近っていうのは、例えば親族や家族は距離が離れていても身近な存在でしょ?逆に言えば、一緒に住んでいる家族だって、遠い存在になりうる。距離っていうのは自分で縮めることも出来るし遠ざけることだってできるから、それを理由に、尺度に、助ける順番をつけるっていうのは違う気がするって思った。だって、私にとってはとっても身近な人たちだったから。どう思う?」

僕はそんなことどうでもよかったんだ。だからナオが仕事を辞めてそれを確かめに行くって聞いた時はバカげていると思ったよ。ナオは、ある意味で真面目なんだ。まっすぐで、何にもとらわれない。周りのこと、どころか自分のことだって何も考えてないんじゃないかって正直思うよ。だって、あまりにもバカげてるだろ?
でも僕は自分から振った話は最後まで付き合おうと思って、いつもそんなくだらない話を真面目に考える羽目になるんだ。失敗してるね。完全に。

「物質的な距離よりも心理的な距離を重視するっていうことかな。そもそも本題は、どちらについて言ってたのだろう。心理的な距離というのは、物質的な距離と相関関係があるっていう意味だったんじゃないか?ほら、同じ民族とか、同じ地域発祥の信仰を持っていたり、同郷の人間は物質的な距離に加えて心理的な距離も縮まったりするじゃないか。それを後から、つまり自ら物質的な距離を縮めてそれから心理的な距離を縮めるっていうのはイカサマに見えるんだけど。
前提条件として、その距離、つまり心理的な距離の近い順から助け合えば、それは偽善とは言い難いっていうことだよね。それなのに、わざわざ遠くにいる人と親しくなって助け合うっていうのは、どっちが根拠で結果なのかわからなくなるよ。まるで、誰かを助けたいっていう気持ちが先にあって、助ける相手を探しているみたいじゃないか。それはどう見てもおかしいよ。
ただ僕は前にも言ったように、その行動自体を否定するつもりはないよ。理由はどうあっても、もしその結果が対象者の発展に繋がるんだったら、その行動は推進されていいんじゃないかと思う。あたかも善行みたいに振る舞うのはかっこわるくて僕は受け付けないけどね。」

「うーん。こういうのってさ、続くと思う?」
「偽善的な支援活動が?」
「こういう会話。」
「会話?僕とナオとの?」
「そう。とりとめのない会話。」
「さあ。続けたければ続くんじゃないかな。」

僕と、あなたの両方がそれを望み続けるなら。

「だよね。来月きてね。参加しますっていうハガキは送り返さなくていいから。」
「返すよ。ちゃんと書くから。」
「うん。知ってる。じゃあ、また来月。」
「はい。」