成功物語には現実味がない

自分には成功経験がない。運も悪く、努力した上での成功もない。些細な幸運や成功はあるにはあったが、それを打ち消すような不運と失敗、挫折に見舞われてきた。その不運や失敗、挫折と言ったって大したことではないんだけど、そういうことを繰り返しているうちにいつしか、自分には成功や幸運というものが信じられなくなっていた。世の中には確かにそういう事例もあるかもしれない。しかしそれらは全て他人事であり、自分の身に振りかかる期待は失われていた。これから何をしようと、どう生きようと不運や挫折、失敗だけ重くのしかかり、そういう人生を歩みながらそのうち死んでいくんだろうなあと思われた。それはもちろん僕の無能のせいであったり怠慢だったり、僕自身の不徳のいたすところだろう。

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自分にとって成功が絵空事であったため、成功物語というのが心に響かない。物語として面白く感じることはできるが、夢や共感を抱いたりすることはなく、遠い向こう岸の出来事として眺めるだけだった。それはフィクションもノンフィクションもそうであり、現実のありふれた成功物語であってさえも、僕にとってはリアリティのないファンタジーに思われた。突き動かされるものを感じない。大人が少年マンガを読んだ時のように薄っぺらい願望は抱くが、心の中では冷め切っている。そんなリアリティのない成功物語よりも、自分が惹かれるのは現実の失敗や挫折を描いたものであり、それを身に受け落胆する姿だった。そこに自分は重なり、同調し、感情移入する。それを描いた人たちは成功者かも知れないが、失敗物語に描かれている人物たちはそうではなかった。不幸の安売りみたいなグロテスク趣味はないが、些細な不幸が重なり身を持ち崩す様子は周囲で幾度となく見かける現実であり、自分自身にとってもその経過から心情から何まで切り離せない現実だった。

ストレンジャー・ザン・パラダイス

これはチェコ好きさんに教えてもらった映画で、どういうところがいいのか本人に聞いたら「音楽がかっこいい」と言われた。僕は全く別の感想を抱いた。おそらくチェコ好きさんは映画を美術的な視点で見て、僕は物語として見るからその違いが出たのだろう。これは何もかもうまくいかない映画だ。日常の中に非日常が紛れ込み、見ている側としてはささやかな期待を抱きはするのだが、結果的にはまた同じような日常が戻ってくるという夢のない話。そういったうまくいかない話こそ好きだったりする。夢と希望と成功が用意された物語なんて、まったく現実味がない。これこそが生活である。 

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イージー・ライダー

夢のない話で真っ先に思い浮かぶのがイージー・ライダーだ。ベトナム戦争のような大義と本質のギャップみたいな話ではなく、イージー・ライダーはただ何もかもうまくいかない、どこへ行ってもどこにも属せない違和感、誰にも受け入れられない、いい話など何もない。大金を手にして時計を捨て、ハーレーダビッドソンに跨がりアメリカ大陸を横切る旅に出る序盤から予想だにしない、全く夢のない展開へ。誰がこんな映画だと思ってこれを見ることに決めただろうと言うぐらい、スタートからのギャップがすごい。この曲が終わってすぐ現実に直面する。

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フランツ・カフカ

僕がフランツ・カフカ作品を好むのはひとえにこの理由からである。失敗、挫折、不幸を喜劇のように描いた物語ばかりだ。多くの点で誤解され、人に嫌われ、主人公は全く悪くないのに対処せざるを得ない、被害をこうむる。ひどい目に遭わされたから一杯食わせようなんていう薄汚れた根性もない、ただ誠実で真っ直ぐで、いつも貧乏くじを引く。そういった話ばかりだ。彼の作品が世界で受けた理由はいまだによくわからない。日本人で「カフカが好きだ」という人とカフカについてまともに話したことがなく、仮にいたとしてもその意見は一致するのだろうか。カフカの文学的な評価というのは高校の時からいろいろ目にしたことあるけれど、それは表現力であったり世界観であったり、僕のような物語的な視点からピンとくるような意見はあまり見かけなかった。

失踪者―カフカ・コレクション (白水uブックス)

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生きていく上で、不安の種というのはお金、孤独、死のいずれかに関連するというような話を前にも引用した。お金は仕事も含む、孤独とは親類、友人、恋愛にまつわる話、死は死の恐怖だけでなく健康問題も範疇に入る。成功物語においてはそのいずれか、もしくは全てが解決される。失敗物語においてはいつまでもそういった3つの問題を抱え続け、悩みと不安を感じながら日々を過ごすかもしくは押しつぶされてしまう現実を描いている。