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「パラダイス・ナウ」から何を見るか

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現在もやっているのかな、「オマールの壁」という映画を作った監督の前作であるから見ろ、と言われ見た。「オマールの壁」同様、舞台はパレスチナ、テーマはイスラエルの支配に抵抗するパレスチナ人とその手段である自爆テロについて。イスラエル、パレスチナ、自爆テロに馴染みがあればこの映画の理解もより深まると思うのでさらっと解説すると、中東にはいわゆるパレスチナ問題という闘争の種がある。20世紀初頭、オスマン帝国に支配されていたパレスチナの地、第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れると、イギリスの委任統治に入りそこにユダヤ教徒がイスラエルという国を作った。パレスチナ問題は、元々そこに住んでいたパレスチナ人(アラブ人)と新しく国を作ったユダヤ人が70年ぐらい争っているという問題だ。イスラエルの軍事力は圧倒的で、闘争のほとんどの間このパレスチナの地を支配している。パレスチナの地に元々住んでいたアラブ人たちは、イスラエルに対する抵抗と闘争の中でパレスチナという国を作った。実質国家として認められたのは2012年とつい最近のことだ。パレスチナ問題はかなり難解複雑であり、解説本も山ほど出ているから興味があれば読んでみてください。

世界史の中のパレスチナ問題 (講談社現代新書)

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映画の話に戻ろう。先ほど情勢の話で触れたとおり、パレスチナの地はイスラエルの軍事力に支配されながらもなんとかパレスチナという国家を立ち上げせめぎあっている。そんなパレスチナにとって、イスラエルに有効だと思われ実施されてきた軍事行動の一つが自爆テロだ。「パラダイス・ナウ」の主人公サイードと友人のハーレドは、パレスチナの組織から自爆テロの実行犯に任命される。組織の名前はハマスかファタハか下部組織かそのあたりは詳しく出てこないが、パレスチナにおいてはそういう活動が過去から現在に至っても日常的に行われている。ここで映画を見ていて一つ興味深いのが、自爆テロというものがどうやって起こるか、その経緯を描いている部分にある。我々自爆テロに馴染みがない人間からすると、自爆テロというものは狂気(もしくは狂信)と錯乱の末に行われた無差別殺人のようなイメージを抱く。しかし現実の自爆テロというのは組織的、計画的に行われる犯行であり、それを成功させるためには狂気と錯乱よりも冷静さと緻密な計画が必要になる。銃や爆弾を抱えて広場に飛び込み暴れまわって大勢の被害者を道連れに死んでいくばかりが自爆テロではない。

このあたりの誤解、認識の薄さというのは、日本人だけでなく西洋人においても多く見受けられる。わかりやすいのが神風特別攻撃隊。狂気と錯乱、薬物、洗脳、狂信など色々言われていたが、そもそも戦闘機を操るための操縦技術、訓練が必要になり、作戦を成功させるための計画と冷静さも必要となる。その背景にあるのは天皇陛下に対する忠誠だっただろうか?パレスチナで自爆テロを行うアラブ人の行動は、アッラーに対する信仰のために死んでいくのだろうか?それだけではないということがこの映画で語られている。少なくともこの映画のテーマは宗教の争いではない。土地をめぐる侵攻とその抑圧への対抗手段として、自爆テロが描かれている。

それにしても自爆テロである。自爆テロなんていう手段は果たして正解なのか、有効なのか。自爆テロは悪だ、なんて簡単に言うことができる。テロを行った人間の家族や友人、恋人はその死を悲しみ、被害者やその家族、友人、恋人も悲しむ。多くの痛みと悲しみ、恨み憎しみを増幅させるだけで新たな闘争の種となって問題はどんどん膨れ上がるだけ、解決の手段にはならない。そんなことは誰でもわかっている。テロの実行犯だって考えている。もっと良い方法は存在しないのか?そういう模索を繰り返しながら、それでも自分にできる抵抗の手段として自爆テロに走る人間の心理、タイトルの「パラダイス・ナウ」とはどういう意味なのか、それを読み解くことこそがこの映画を見る意義となるだろう。映画的な演出という面においてもこの映画はよくできていると思った。パレスチナ問題は70年近く経った今も解決の兆しを見せず、今後一世紀は続くと言われている。

パラダイス・ナウ [DVD]

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