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「未来国家ブータン」を読んだ

旅行

「謎の独立国家ソマリランド」「恋するソマリア」に引き続き高野秀行本を読んでいると旅行熱が湧いてくる。旅行熱、もともとあった旅行熱だけど、気持ちがより具体的になってくる。しかし行き先は見当たらない。どこに行って何をしたいか、予算や日程などを考えるとどうも具体化できない。それはさておき、3冊目として「未来国家ブータン」を読んだ。ブータンにもともと興味があったかと言えば全然なかった。比較的最近の本だから読んだというぐらい。本を読み終えてブータンへ行きたくなったかと言えば、俄然行きたい。しかしブータン旅行は非常にお金がかかるため(2泊で20万以上)予算に計上できず候補にならない。それでもとにかく行ってみたいブータン、この本で触れられていたブータンの魅力も踏まえ、感想を書いてみる。同じ遊牧民でもソマリランドとは全く違い、終始穏やかだった。

 

著者高野さんは、友人の二村聡という人からブータンにおける植物の調査を依頼される。なんでもその人は自分の会社とブータン王国政府農業省と共同生物資源探索契約を結んだということで、辺境調査に定評がありなおかつ友人である高野さんを調査員として抜擢したということだ。無償で、ということだったが未確認生物探索をライフワークとしている高野さんは、依頼者であり友人の二村氏からもたらされた「ブータンにはイエティ(雪男)がいる」という噂に釣られ、植物調査の依頼を請け負うのであった。

しかしこの本のタイトルは「ブータンの雪男ミゲを追え!」ではなく、「未来国家ブータン」だ。高野さんは植物の調査という建前、イエティの探索という本音を掲げながら、ブータンがどのような未来国家であるかという現実を知ることになる。

未来国家の片鱗

まず、ブータンを訪れるにあたって高野さんは東京に住むブータン人留学生とコンタクトを取り、ブータンの公用語であるゾンカ語を習う。ブータンは環境先進国であり、このブータン人の学生が言うには生物多様性という言葉を高校の教科書で習ったということだった。当時まだ第10回締約国会(COP10)が名古屋で開催される前であり、日本の(研究者でない)一般人でこの生物多様性という言葉を知る人は少なかったであろう時代に、ブータンの一般人は既に高校で習っていたというのだ。

また、ブータンへ着くと多くの人が流暢な英語を話す。政府の公用語は英語であり、ブータンでは小学校高学年からの学校教育が全て英語で行われる(英語の科目があるのではない!)。

官僚やビジネスマンはほとんど外国の大学で学位を取っている。開発よりも環境を優先し、世界で最もエコロジーが進んでいるというグローバリズム最先端の国家でもある。p28

この時点で牧歌的な幸福大国ブータンの印象は覆された。断然負けてるじゃないか日本!そうはいっても生態系の保全を最優先しているブータンでは、最先端の便利テクノロジーがひしめき合ったり開発が進んでいるわけではない。そういうのを敢えて排除し、観光パンフレットに載るようなそのままの大自然を残しているのだ。高野さんが臨む植物調査と未確認生物探索の旅も飽くまでアナログに行われ、途中までは車、それ以外は徒歩、荷物は馬の背に乗せるという旅路が続く。

未来国家の実態

植物の調査とはペニシリンの元になった青カビやタミフルの元になった八角のような、薬品などの原料になる自然植物をこの生物多様性の聖地ブータンから見つけ出すという調査だ。高野さんは地域に伝わる伝統的な生薬からその原材料をあたっていくのが王道だと考え、ブータン王立生物多様性センターの研究員たちと一緒に地域の住民に聞きこみを行っていく。その傍らで、個人的な目的であったイエティの情報収集を行う。民間伝承から体験談まで、地域によって様々な逸話が数多くあり、それはまるで遠野物語(明治時代に書かれた座敷わらし、河童などの説話集)のように展開していく。

地域の住民たちは農業を中心に古来からの伝統的な生活を続け、チベット仏教を厚く信仰し、無用な殺生を拒む姿勢が定着している。その信仰心は国の方針である環境保全とピッタリ合い、国の政策から国民の心象まで矛盾のない、同じ方向を向いた国家運営が行われている。政治となるとどこの国も、経済を優先するか、環境を優先するか、国際競争と国民ひとりひとりの懐、現実に進む自然破壊など本音と建前の間でギャップや矛盾が生じることが多い。それがブータンにおいては官から民、外交に至るまでうまく調整されている。国が実施していることと国民が望んでいることに齟齬がないなんて、そんな夢の様な国政がどのように行われているか、詳しい実態は本を読んでください。

未来国家の家庭

道中では民間の伝承以外にも夜這いの習慣や専業主夫、ブロクパの一妻多夫などブータンにおける風習が紹介されている。いいなーと思ったのはニェップと呼ばれる存在。ニェップとは遊牧民であるブータン人が遠い遊牧先で定期的にお世話になる友達のことだ。高野さんも日本で各地にニェップがいたらお互いの家を泊まり合って楽しいし便利だなあと言ってた。食習慣もたくさん出てきて、ゴンド・アラという玉子焼きを入れる焼酎も飲んでみたい。ドツォというブータン式石風呂も気になる。

広大な自然環境と伝統的な文化や信仰の残る国、ブータン。かたや環境問題や貧困問題、外交問題まで官と民と国王が一丸となって同じ方向を向き、幸福大国として名高い。そこにはどのような自然環境が、どのような思想を元に保全されており、人々はどのような生活送り、民間伝承は、イエティはどうなったのか、未来国家ブータンはいろいろなテーマを投げかけてくれる楽しい本でした。そして、この本だけでは全て語られていない。そんなブータンも今は少しずつ良くない方向へ変わりつつあるという不穏なニュースも流れている。行って確かめたい人、興味が湧いた人は旅行してみましょう。

未来国家ブータン (集英社文庫)

未来国家ブータン (集英社文庫)

 

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