男の髪は短くあるべきか

今髪の長さはギリギリ肩につくぐらい。今年の7月に切ったんだけど、それまでは乳首が隠れるぐらいの長さがあり、よく人から酷評されたり笑われたりしていた。だいたい2年ぐらい切っていなかったからそれぐらいの長さになっていた。


これは1年半ぐらい前

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髪切ったほうがいいよ

去年の夏頃、当時同僚だった人に

「なんでそんなに髪伸ばしているの?こだわり?」

と訊かれた。なぜだろう。そもそも僕は髪を伸ばしているのか。髪は放っておけば勝手に伸びるだけで、僕の意思で伸ばしているわけではない。切っていないだけだ。そのようなことをかいつまんで答えたら、

「なにそれ、じゃあ絶対切ったほうがいいよ」と言われた。

その真意までは訊かなかったが、単純に彼女が長い髪の男を嫌いなのか、長い髪が僕に似合わないと思ったのか、それとも男の髪が短くあるべきと考えているのか、どれだろうと思った。そこにはその3つの物の見方がある。つまり、

  • 髪の長い男が嫌い(自分の都合)
  • 長い髪が似合わない(相手を思っての意見)
  • 男の髪は短くあるべき(慣習)

このように分けて考えることができる。全て一個人の主観から生まれるものでしかないし、僕はその後も当分髪を切らなかったから、彼女の言葉は自分の主張を通そうとする強制めいた言葉でもなかった。ただの感情の発露である。

何故髪を切ったほうがいいと言うのか

さて、我々は他人に対して言葉を発するにあたり、どの意味合いを込めて相手に伝えるだろうか。自分の都合だろうか、それとも相手を思っての言葉だろうか、もしくは慣習や常識といった基準に当てはめようとしているのだろうか。

好み

例えば僕の場合、女性について髪型の好みと言えばベリーショートになるんだけど、「ベリーショートにしてくれ」とか「ベリーショートにしたらいいんじゃない?」などと言うことはないだろう。それは相手に似合うことが稀だからということもあるが、まず相手に自分の好みを伝えることがない。それは彼女であってもそうだし、髪型に限らず服装などについてもそうだ。訊かれたら「こういう服が好き」とか「こういう髪型が好き」ぐらいは言うかもしれないが、あまりそういう経験もない。

似合わない

では、自分の好みからではなく、似合っているかどうかで意見することがあるかというと、それもやはり求められたら意見する程度だろう。社交辞令として似合うとか、社交辞令を欠いて似合わないなんて意見をしてしまうことも稀にあるが、なるべくは社交辞令に徹するよう気をつけている。基本的にはやはり、他人の髪型がどう変わったかなんて見ていないというか気づかないことが多く、よほど印象が変わっても大抵は何も言わない。同性に対して「おもろい髪型やんけ」と笑うことはあるが、それはツッコミでしかない。

慣習

最後に慣習だが、これはルールの場合もあればそうでない場合もある。マナーやエチケットというのは、状況によってはドレスコードのように強制的なルールと化しており、ルールにそぐわないと退場させられる。もっと前に勤めていた職場では、今の髪の長さも去年の髪の長さも論外であり、その場にいることができない。もし同じ状況で身の回りに規定にそぐわない人がいれば、「切ったほうがいいよ」と言うだろう。ルールを執行する立場であれば「切れ」と言うか、もしくは締め出すこともやむを得ない。そこで「髪の長さは個人の自由であり、個人の自由は憲法で保証されているから自由の侵害は憲法違反である」などと主張することはない。裁判の仕組みというのはよくわからないが、順序としては会社の処置を不当として民事で訴え、民事の判決に対して憲法違反の主張を憲法裁判所に、ああ日本には憲法裁判所がないのか。裁判所の判決が違憲だったら誰が裁くのだろう。

憲法裁判所 - wikipedia

そんな話はおいといて、次にルールとしての規定が無い場合を考えてみる。タイトルに掲げた「男の髪は短くあるべき」といった慣習や常識から発せられる意見について。これはルール、マナー、エチケットとも密接に関わってくるが、とにかくまず、「男の髪は短くあるべき」なのだろうか。これはもちろん「好み」や「似合う」といった主観を除いた話であり、男性は普遍的に髪を短く切りそろえておくべき、なのだろうか。大方の意見はNOだろう。「男の髪は短くあるべき」と考えている人は果たしてどれほどいるだろうか。

男性はどうあるべき?

今まで長々と述べた前提を抜きにして、突然

「男の人は髪が短いほうがいいですか?」

と訊かれたらなんと答えるだろう。男性に対して意識している人なら自分の好みで答えるかもしれない。日本の慣習に照らし合わせてYESと答える人もいるかもしれない。場合による、と答える人も多いだろう。「髪が短いほうが得なことが多い」「髪が長ければ印象が悪い」という意見が出てきたら、それは完全に慣習の範疇である。女性に対して同じことを言えないだろう。

それではついでに、女性の髪の長さについても考えてみる。女性に対して「髪は長い方がいい」「短い方がいい」と言う状況があるだろうか。好みを述べる以外では存在しないんじゃないだろうか。だったらなぜ男性にはそのようなことが言われる状況があるのか。「化粧をしなさい」と女性が言われるように「髪を短く切りそろえなさい」と男性が言われる状況もある。

どう応じればいいのか

では長さを離れて、髪型や服装について考えてみよう。モヒカンでパンクな服装の人がいたら、パンクな人なんだろうと思って警戒するかもしれない。しかしそれを、「やめたほうがいい」「やめなさい」と口にする人がいたとしたら、彼は一体どの心理からその言葉を発したのだろうか。自分が嫌いだから?相手に似合ってないから?ルールだから?慣習にそぐわないから?そう言われたパンクな格好の人は、(答えるとしたら)どう答えればいいのか。

  • 嫌いだから → 知るかそんなもん or 好きになってもらうために変えるよ
  • 似合ってない → お前の主観だろ or どんなのが似合ってる?
  • ルール → 立ち去ります or 直します
  • 慣習 → 慣習なんかクソ食らえ or 慣習に合わせます

少し前に流行った「女性が電車内で化粧する問題」に置き換えて考えてみてもいい。相手の真意はなんだろう、ルールではない。本当に取り締まる気があるなら危険物の持ち込みを断るようにルールにして締め出せばいい。ではウザいからなのか、本人の品位を落とすからか、それともただの慣習か、もしくはその全てか。そして電車内で化粧をする人はどう応じればいいのか。

その真意がなんであれ、最終的には自分の意思を貫くか、相手に合わせるかの二択になる。相手を気にしなければそのままでよく、相手が気になれば合わせればいい。このような呼びかけは本質的に、自分か相手のどちらを優先するかを問われている。返答次第で相手の気持ちは「自分の言うことを聞いてくれたと喜ぶ」または「自分を蔑ろにされたと感じて怒る」このいずれかになる。僕の髪の長さのように、別にどうでもいいけど言ってみただけ、ということもある。

さあ、僕自身はというと、何かを言われたときに理にかなっていれば応じるし、そうでなければ聞き入れないということが多い。自分の意思も相手の感情もあまり気にしていない。そしてそういう態度が一番嫌われる。逆に他人に対して何かを言うときは、ただ思ったことを口にするだけでそれ以上の意味はない。