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「We’re going to go first, you have to use that handle, It’s little hard.
(先行くね。上りはあのハンドルを回して。ちょっと大変だけど。)」

そう言って彼女はゴンドラの中にある、壁に設置された船の操舵の舵のようなものを指した。二人はゴンドラへ乗り込んだあと扉を閉め、ロックを外し、リミが鳥の声で合図をした。ゴンドラが動き出すため、僕は少し離れた。

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「グッバイ!スィーユースーン!」

リミは手を振りながらアンと一緒に上へと昇っていった。同時に遠く上からもゴンドラがゆっくりと降りてきている。こうやってゴンドラは入れ違いだからこそ各々の体重で動く。上の人が自分たちより軽ければ動かない。もしくは片方のゴンドラが上から下ではなく、下から上へと上がる時、何もしなければゴンドラは動かない。さらに途中でゴンドラが止まることだってあるだろう。そういう時のためのあのハンドルだと思った。手動で上がれるというわけか。この高さを手動で。しかもゴンドラの重さも含めて。それにしてもこの崖をロッククライミングするよりはましだろう。彼女らに手動で昇ってもらうのも悪い。僕が残って正解だ。僕はそんな風に頭の中を整理していた。

上から降りてきた二人は、僕が上で入れ違いになった男性と同様の容器を持っていた。彼女らも魚を捕りに来たのだろう。ここで食べる魚はこの川で捕るのが普通みたいだ。僕らは互いの言葉で挨拶を交わし、僕は捕った魚をゴンドラの内部に放り込み、ゴンドラに乗り込んだ。魚臭い。上から降りてきそうな人は誰もいない。僕はロックを解除し、ハンドルを回し始めた。ハンドルそのものは軽く、回すのには苦労しないもののゴンドラがあまり進まない。僕は目一杯回し続け、降りる時よりもかなり時間をかけて上へと上がった。

「ウェルカンバーック!ウェルダン!」

上では例のごとく二人が待っていた。多少待たせてしまったがずっと待っていてくれたみたいだ。二人とも、僕も含め三人とももう服が乾いていた。僕らはそれぞれ両手に魚を持ちつつ、ここからまた階段を上がっていった。三階分の階段を上がり、通路の南端まで歩き、僕らの泊まっている家まで着いた。すれ違う人々は「大漁だねえ!」みたいなことを言っていたと思う。リミは喜んでいた。僕ははにかむ程度で特に何も話さなかった。

広間への階段をあがる途中、なつかしい匂いがした。紅茶だ。僕は普段紅茶を飲まないけれど、実家で暮らしていた頃母親がよく飲んでいた。

「Smells like tea.
(紅茶の香りがする)」

アンも階段を登りながら独り言をつぶやいている。確かに僕らはのどが渇いていた。

案の定、階段を上がるとテーブルの上にはソーサーの上に置かれたティーカップに紅茶が注がれていた。ポットもある。なんて都合のいいタイミングだ。

「ウェルカムバーック!ハウワズザリヴァー!」

これらの紅茶はジョンが僕らのために用意してくれたみたいだ。ちゃんと4人分ある。

「It was really nice, but it wasn’t my first time. It was really fun and Limmi even caught some fish, Look!
(私は初めてじゃないけどよかったよ。私は好き。みんな楽しんだし、魚も捕ったよ。ほら、実際捕ったのはリミだけどね!)」

「グレート!アムゴナクックゼムフォーディナー!」

僕らはジョンヘ魚を渡した。彼は両腕で抱えきれなくなりそうになりながらも、階段近くの廊下の方へと運んでいった。向こうに冷蔵庫やキッチンがあるのだろう。僕はまだあの奥には進んだことがないけれど、ジョンとリミの部屋もどうやらあの向こうのようだ。

僕らはそのまま席についた。ポットの横には砂糖とミルクまで用意されている。ジョンは本当に外国かぶれなんだな。もしくはそういう機会が今まであったのだろうか。アンや僕以外にもここを訪れ、滞在していった外国人がいてもおかしくない。きっと彼のことだからすすんで歓迎しただろう。そこでこのティーセットを教わっていても不思議ではない。スコーンがあればおそらく出していただろう。

リミは砂糖とミルクをどばどば入れている。アンは砂糖一つのみ。僕はそのまま紅茶を頂いた。体が濡れて乾いた後だったため、芯が少し冷えていたところにこの紅茶は最適だった。内側にもう一度火を灯されたようなぬくもりを感じる。僕はそのままひと口ふた口と飲み、カップはすぐに空になった。僕だけだった。二人はまだゆっくりと味わっている。

「Anne, do you know how to get to the city? Ah! Limmi probably knows!
(アンさあ、シティってどこか知ってる?ああ、リミが知ってた。忘れてた。)」

「イエスアイドゥー!」

「Yeah, I know how to get there either. I think It’s probably too late to go today, It’ll be night time by the time that we get there.
(私も知ってるよ。シティに行きたいの?でも今日はもう遅すぎると思うよ。夜になってしまう。)」

僕は特にやることがないから夜になったところで構わないけれど、彼女らを連れて歩くのはさすがに申し訳ない。

「Okay then, some other time then.
(わかった。じゃあそのうち行くよ。)」

「Yea, that’s better.
(そうね。その方がいい。)」

僕はシティへ急いでいるわけではなかった。ただ一応旅の方向性として、道筋を確かめておきたかったに過ぎない。独立の広場を訪れ、英雄と民族代表の像を見たところでそれが旅行の終着点ではない。しかしこのままここに長居していると、あっという間に時間が過ぎてしまいそうな気もする。アンのように1ヶ月、2ヶ月と居着いてしまうのは、それは簡単なことだろう。彼女は目的と仕事があるからいいものの、僕がこのままここでダラダラと過ごすのはややきまりが悪い。お金の余裕もそんなにない。

そうだ。お金だ。僕はここへ来てまだ一銭も支払っていない。そのことを昨日ジョンに聞こうとして、明日でもいいかって言われたんだった。朝まで覚えていたのに忘れていた。今はちょうどジョンもいることだから、また忘れないうちに確認しておかなければならない。これだけ広く快適で食事もついていれば、もしかするとそこそこするかもしれない。もしそうだとしたら下手すれば明日にでも出て行かないといけなくなる。いや、そもそも僕はまだ払うお金を持っていない。まだ一度も両替できていなかった。

紅茶は3人によってほどよく消費されていた。ジョンは自分のカップまで用意したものの、そのまま広間へは帰ってこない。魚を抱えて喜んでいたから既に夕食の下ごしらえでもしているのかもしれない。宿代について尋ねるのは後にしようか。今行っても邪魔になるだろう。彼が広間に戻ってきてからでも遅くはない。

「I'm going to take a shower. Limmi, do you want to come with me?
(シャワー浴びてくるけど、リミも来る?)」

「イエスアイドゥー!」

あ、僕じゃないんだそこは。さすがにそうか。誘われたところで困るけれど、そのあたり彼女の線引がよくわからない。まあ敢えてそんなところで誘う人なんかいないか。

「Ah, do you want to say something to me? You look so.
(え、なにかある?なにか言いたそうだけど。)」

「No No, nothing.
(ないない。何も。)」

「Okay!
(そ!)」

アンはリミを連れて廊下の奥へと歩いていった。僕らの部屋を通りすぎた奥にシャワー室とトイレがある。シャワーはタンクに水を溜めるタイプのもので、あまり水をたくさん使えない。せいぜい1日1回。ここは電気が来ていないけれど水道はある。そのあたりの仕組みがどうなっているのか詳しくは知らないけれど、いわゆる都市部にあるような、電気で水圧をかけて蛇口をひねるといつでも一定の水が出るという良いものではない。

僕は一人広間に残り、例のごとくソファに座りながら外を眺めていた。そのうちジョンが戻ってきたらお金の話を聞こうと思って。崖の様子は昨日と変わらない。昨日と違うのは、時おり鳥の轟きが聞こえ「ああ今エレベーターがロックされたか動いているんだな」と思うようになったことぐらい。もしかするとあの声はエレベーターだけでなく、他の合図にも使われているかもしれない。必ずしもエレベーターが動いているとは限らないけれど僕が今知っているのはそれだけだから、この村に他に何かあればそれも見てみたいと思う。橋を渡った向こう側も見てみたい。崖から見る限り、こちら側とそう変わらない。

僕が他の国へ行った時に何を見ていたかというと、街であったり観光地であったり自然、遺跡とかそういう普通のものだった。ここは既にかなり不思議な場所で驚くことばかりだ。もっと外に出ていろいろ見て回りたい気もするけれど、もうこれ以上何もないのではないかという気もする。崖の中に住む鳥の声で話す人達、変わった動物、エレベーターとは名ばかりの井戸みたいなゴンドラ。崖の下に流れる川、魚とそれが空から降ってくるという言い伝え。生活に馴染んでいけばもっと知ることは出てくるだろう。でも僕は移住者ではない。ましてや研究者でもない。そして冒険野郎でもない。イントゥ・ザ・ワイルドのように道行く先々で人と触れ合い、仲良くなろうとは思えなかった。ザ・ビーチのように旅行者仲間で冒険をするとか、深夜特急のようにバックパック一つで長期間かけて長距離の移動を繰り返すとか、僕はそういう意欲的な行動が苦手だ。僕自身の気持ちとしては飽くまで旅行者、ただの観光客だった。

待っていてもジョンが戻ってくる様子はなかったため、僕はジョンが居る方の階段の近くにある廊下へと入っていった。この廊下も他の全ての廊下と同様に入り組んでいる。なぜこんな仕組みになっているのかはわからない。何か理由があるのだろうけれど、今のところさして興味もなかった。入り組んだ廊下が終わり、僕達の部屋の前と同様真っ直ぐな直線の廊下へ出た。一番手前の部屋はキッチン、というよりも炊事場のようだ。ここにもやはりドアはない。中にジョンがいた。調理をしていた。どう見たって忙しそうだから僕は諦め、来た道を引き返そうとした。

「ウェイウェイ!
(待ちなさい。)」

「You want to talk to me, right?ワラバウト?
(なにか話したかったんだったね。なんだい?)」

僕はジョンに呼び止められ再びキッチンの方を振り返った。ジョンは僕の存在の気づいていたのか?

「But, you look busy now.
(でも忙しそうだから。)」

「イツオケー!ドンウォーリー!
(大丈夫。心配するな。)」

本人がそう言うなら。僕はせっかくだからこの際に切り出すことにした。

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