先日、久しぶりに会った人たちと話していた。僕と彼女らはかつて同じコミュニティに所属しており、寝食を共にしていた。偶然こちらで会う機会があり、かなり久しぶりの再会だったため当時の事を懐かしみながらいろいろ話していた。彼女らは僕よりも先にコミュニティを抜け、その半年後ぐらいに僕が抜けたため間の出来事やトラブル、同じコミュニティにいた人の話などをしていた。そこで、ある一人の男の名前が出た。鈴木という男だ。この鈴木という20代後半の男はとにかくよく喋る男だった。僕らは同じ施設で生活していたため、毎日この鈴木と顔を合わせていた。僕の彼に対する印象というのは、まず合わないということだった。僕は口数が少なく暗い人間であるため、彼のように常に自信満々で誰かれ構わず話しかけては喋り続けるようなコミュニケーション強者とは基本的に合わなかった。彼のそういう態度であったり、ありとあらゆる言葉を躱しながらも僕は共同生活を続けていた。それが段々と、日が経つに連れておかしな方向へ進んでいった。それは僕ではなく彼でもなく、僕らの周りからだった。
コミュニティ生活の中で月日が経っても、彼は常に誰かに話しかけ続けていた。するといつの間にかみんなが彼を無視するようになっていた。僕はあまり周りの人のことを見ていないため、そのことに気づくまでかなり時間がかかった。ある日、施設内で何人かが共同作業をしていた。僕も近くにおり、他の人と話していたか特に何もしていなかったと思う。鈴木はいつものように、その共同作業をしている何人かに向けて話しかけていた。
「ねえ、何やってんの?」
誰一人鈴木の方を向こうとせず、無視だった。作業している人同士では会話をしている。
「ねえ、何やってんの?って」
この鈴木の一方的な呼びかけが3度ぐらい続いた。その数人は作業が終わったのか、鈴木の呼びかけを無視したままその場で解散してほうぼうへと散っていった。鈴木は「チッ!」と舌打ちをした。あ、こいつ完全に無視されてるな、僕はその時になってやっとそういう雰囲気があることに気づいた。
別の日、一人の男が別の男に対して殴りかかったことがあった。殴った方の男が今にも暴れだしそうで、また違う男が止めに入った。僕は近くで見ていたが「一緒に止めてきて」と言われ間に入った。一体どうした、ということで僕と他の男性とでその殴った男の話を聞いた。彼はコミュニティ内のことで鬱憤が溜まっており、中でも気に入らない人間に対してずっと我慢していたがこらえきれなくなったということだった。僕らが彼をなだめている時に、鈴木がやってきた。
「ねえねえどうしたの?」
「お前、なんやコラ!!」
鈴木に向かって殴りかかっていった。せっかく僕らがなだめて落ち着きかけていたのに、鈴木が来て急変した。僕らは彼を止めながらも「あ、こいつ鈴木も嫌いなんだ」と悟った。鈴木が嫌われているということに、僕もだんだんと気がついてきた。それからは事あるごとに、誰かと話す度に鈴木に対する苦情を耳にするようになった。
「私たちが話していると横から入ってくる」
「全然おもしろくない自慢話しかしない」
「そのくせ人をバカにしてくる」
「自分すごいアピールしてくるけれど全くすごくない」
「スマホ見てると後ろから覗いてきて、写真見てきたり内容読んだりしてくる」
「とにかく話しかけてくるのがウザい」
「コミュニティ内のことを真面目にやらない、手を抜く」
「空気読めない」
「返事してしまうとそこから1時間自慢話が始まるから無視する」
「鈴木が来るとみんな黙る」
「鈴木が来たら解散する」
「鈴木に話しかけられるのが嫌で朝起きる時間ずらした」
すげえ!そんなに嫌われていたのか鈴木よ!彼自身は初めて会ったときから何も変わっていない。いつ頃からか鈴木が無視されるようになっていたことはうっすらと気づいていたものの、ここまでいろんな人に嫌われているなんて全然知らなかった。何でも、女性同士で集まった時は彼の迷惑について相談し合ったり対策を考えたりしていたそうだ。彼女らの中では鈴木ウザイが共通認識だった。女性だけでなく男性の方からも「鈴木さんなんとかしてください…」という話が上がってきた。それも一人だけでなく数人からそういう話を持ちかけられるようになった。中には鈴木と仲がいいと思っていた人もいたから驚いた。
「なんとかって言われてもな」
「川添さん、鈴木さんと長いじゃないですか、お願いしますよ…」
「でも彼には何言ったって無駄だから…ちなみにいつからそう思ってたの?」
「最初会って、2週間後ぐらいからずっとです…」
「え、そうなの…?仲良さそうだったのに」
「全然です。ずっと我慢してました」
「…」
彼の嫌われエピソードは他にもたくさん出てきた。
「カラオケでもないのにめっちゃデカイ声で歌うんすよ…全然知らない歌を『これ俺の持ち歌だから』とかって聞いてねえっつうの、しかもめっちゃ下手で、下手なくせに声デカくて『俺上手いだろ?』って感じに歌うのがめっちゃ腹立つんすよ」
「あいつ、自分は常に彼女居たとか俺はモテるアピールすげえんですけど絶対嘘っすよ!あんなやつモテるわけないじゃないですか!あんなのと付き合ってたらバカですよ!」
「あいつ、一人の女の子を気に入ったみたいでしょっちゅう絡んでて、案の定その女の子にも嫌われたんすよ、そしたらあいつ何て言ったと思います?『あの子はダメだ、つまんねー女だ』っておめーだよ!と思いましたね」
もう、ことごとく嫌われていた。一挙一動、一挙手一投足、全てが嫌われていた。その後僕がコミュニティを抜け、そのもっと後に抜けた人と後日東京で再会した。そこでも僕が抜けた後の鈴木の話を聞いた。なんでも、彼のあまりにウザい態度を見かねて説教したことがあったらしい。2,3人で囲んで「お前はクズだ!!」と3時間ぐらい怒鳴り散らしていたそうだ。さすがの鈴木も反省したように見えたが、その反省も全部パフォーマンスで少し時間が経つとまたすぐ元に戻っていたらしい。
そんな鈴木のことを先日久々に会った人と話していたら、
「私も嫌いだった」
「コミュニティ抜けた瞬間に鈴木のfacebookもLINEもブロックした」
お前らもか!!彼女らはわりと早期にコミュニティを抜け、鈴木とかぶっていた時期も短かったため何とも思っていないと思っていたがお前らもか!!あ、はいこれで全員です。全員確定、コミュニティにいた人全員が鈴木のことを嫌いだった。
「でもそんな全員に嫌われるなんて、鈴木もかわいそうだよね」
一人の女の子がそう言った。僕は返答した。
「それは違うよ。彼はそういうの全く気にしていないし、それでも自信満々で十分幸せなんだ。だって彼、自分が否定されたら『つまんねー女だ』とか言うやつだよ?自分のことは全肯定して、めげたり落ち込んだり反省したり改心したり心を入れ替えたりすることは一切無いんだよ?『自分を注意してきたり嫌な顔する人はみんなダメなやつ』っていう感じで全部自分の都合のいい方向に考えてしまうんだ。そんなやつかわいそうだと思う?むしろ幸せでしょ」
「むかつく…そういうところが余計ムカつく」
いろいろな人から鈴木嫌いエピソードを聞き、他にももっと酷いのがたくさんあったんだけどこのあたりで自分なりに、彼の嫌われポイントを分析してみた。
①自己主張が強い
人が話しているところに割って入っては「俺のほうがすごい」と言わんばかりに自分の話に持っていく。誰も彼に話しかけておらず、彼と話したい人間はいない。もし彼の意見が聞きたければ直接彼に聞くのに、そういう人がいないため彼は自分からどんどん他人同士の話に入ってくる。そうすることで余計に誰もが彼から距離を置き始める。
②自分が絶対
客観的な視点を一切持っていない。彼の中では自分の基準が絶対であり、それが当然のように他人にも当てはまると信じ、押し付けてこようとする。自分の基準で他人を注意したりバカにしたり、それを聞いた周りの人間は「コイツ何言ってんの?」と思うんだけど彼にはそれが理解できない。彼の常識が世界の常識である。彼の中では。
③自慢話が多い
自分がすごい人間だと思われたい願望が強過ぎて、ありとあらゆる自慢話を繰り返してくるが内容が全然すごくなくて自慢にならない。しかし彼にとってはその話がすごい人間であることの証左になるようで、そのことが余計に彼をしょぼい人間だと思わせる。
④嘘くさい
自分がすごい人間だと思われたいため、にわかに信じがたい自慢話をしてくる。「あ、こいつ盛ってるな」「もうそれ嘘でしょ?」って思われるようなことを平気で繰り返すから誰も信じない。信憑性がまるでない話を延々と繰り返す。そもそも急に割って入ってきてそんな話誰も聞いていないし聞きたくない。
⑤面白くない
僕は彼のことを「面白くない明石家さんま」と呼んでいた。明石家さんまは面白いから成り立つのであって、面白くない明石家さんまはただの罪だ。「聞いて聞いて」とずっとしゃべり続けてくるが内容がクソつまんなくて、彼一人で喜んでいる。話自体もつまらなければ話し方の構成もなっていない。ただのうるさい人。自分の伯母さんの話を延々としていた時は、それを聞いて誰かが面白いと思うのか?と想像力の無さに呆れた。
⑥メンタルが幼い
価値判断基準があまりにも幼い。人間だから誰でも多少の差はあるが、彼が話している内容や面白いと言っている事は全て、僕らが小学生の頃に卒業している。人の評価だったり好き嫌いだったり、センスも何もかも低レベル。小学生とだったら話が合うんじゃないだろうか。しかし、実際のところ彼は同じレベルの人間と張り合う傾向があり、仲良くなれない。そういうところも小学生レベルだ。
以上のような、彼のあまりの嫌われっぷりを見ているとふと自分のことを考える。僕も普段自分がどう思われているかなんて気にしておらず、自由に振舞っている。もしかすると自分も嫌われていたんじゃないかと、少し気になり何人かにたずねた。「無害」だそうだ。積極性は皆無だからなあ。
人間生きていれば、時には人に嫌われるようなことをする必要もあるだろう。しかし、何の益をもたらすこともなくただ害を与えるだけの人間にはならないように注意したい。むしろ鈴木のように全員から嫌われるだけで何一つ良い評価が無いというのは、注意しなくてもなかなかなれない。レジェンド・オブ・嫌われる男、鈴木の話でした。