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シュタインズ・ゲートのまとめ、ネタバレ有りの感想

その他

シュタインズ・ゲートをすごく引きずっており、wiki読んだりFAQ読んだりしているんだけど、これのどこに惹かれたのかっていうのを前の紹介に少し書いた。まだ本編を見ておらず、見る可能性のある人はここを読む前にそちらを参照してほしい。

僕はバック・トゥ・ザ・フューチャー2も3も映画館で見ており、ターミネーター2の上映時には並んだ。まだ小学校低学年だったと思う。タイムマシンとの付き合いは長い。映画のバタフライ・エフェクトはもちろん見ており、ジョン・タイターのことも元々知っていた。その手の未来から来た奴って2chのオカ板とかにもあって、そういうのも読んでいた。縁がある。タイムマシン以外を取り扱ったSFも好きで、その他に記憶について取り扱った作品が好きだとか、そういうことを前回は書いていた。その蛇足を今回は書こうと思う。既に蛇足。というわけで以下はネタバレ有りというよりも作品を見た人にしか理解できない感想。

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ストーリーについて

タイムトラベルを中心に扱った作品としては王道の展開がたくさん用いられている。ジョン・タイターについては事前に知っていたほうがこの作品をより楽しめる。僕は過去にネットで読んでいた内容もだいたい覚えていたから、ジョン・タイターのタイムスリップに沿って作られたこの作品の伏線は飲み込みやすかった。IBM5100という過去に実在したパソコンの機能が未来を左右するあたりなどもそのままであり、ジョン・タイターについてはもうパクリとかではなく参考文献の一つと言っていい。現実にあった過去の事象をパロディのように引用している。いわば二次創作。

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ジョン・タイター - Wikipedia

もう一つ、僕が知っておいたほうがいいと思ったのは映画のバタフライ・エフェクト。それについても前回少し述べた。特に24話のラストシーンなんかはバタフライ・エフェクトの完璧オマージュであり、それ以外のまゆりが死ぬループや過去を変える度に不幸になる展開などもバタフライ・エフェクトの展開と酷似している。SF展開の王道ではあるけれど、元ネタとなった作品たちへのファン精神を感じる。

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クリスを助ける展開についてはゲームのクロノトリガーによく似ているという指摘があった。主人公だったクロノが死に、仲間たちがクロノを助けるために過去へ戻り、過去を変えるのはクロノトリガーに限らずバック・トゥ・ザ・フューチャーでもマーティがドクに書いた手紙でお馴染みであり、過去のあらゆるタイムトラベル作品を踏襲していると言える。それらを抜きにしてもこのシナリオは素晴らしいんだけど、いろいろ知っていれば二重三重の楽しみがあり、このタイムトラベルというSF設定の歴史の重みを感じる。 

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それ以外はこの作品におけるキャラクターの勝利と言えるだろう。他の作品のよく似たキャラクターとか、よくあるキャラクターはこの作品においてあまり見かけることがない。

キャラクターについて

この作品ではの3人のキャラクターが肝となる。主人公岡部と、助手クリス、そして何度も繰り返し殺される少女、まゆり。

必死で非現実的な厨二病ヒーロー「岡部」

この物語における主人公岡部は、どう見ても神懸っている。彼のやっていることは人間業じゃない。作内でジョン・タイターに語られた通りまさしく救世主なのだ。彼は作中においてまゆりが死ぬ運命に必死に抗う。死にゆくまゆりを胸に抱き、そういう過去を何度も繰り返すことで自分の精神がおかしくなりながらも、ひたすら最後まで必死にまゆりを助けようとする。彼が一体どういう人物なのか、正直言って僕にはちょっと理解できない。厨二病っていう設定がどうこうっていうより、本当の岡部という人物は普段何をどう考えているのか、そういうところが作内では全然見えない。ただの優しい、神のような、救世主の姿がそこにある。彼が普通に受験勉強して大学に受かった大学1年生であり、バイトをして貯めたお金で自宅とは別に秋葉原のアパートの一室をラボとして借り、家賃を払っているところとか想像ができない。入学当初の春、彼には友達がおらず、ラボに押しかけてきたまゆりと二人だけで過ごすほのぼのとした日々とかも。

ただの厨二病だった彼が徐々に変わっていくところは、この作品において一番の見所だと思う。変わらないダル、気づくクリスとまゆり、そしてまゆりの死に触れる度、人々の思いを犠牲にする度にどんどん暗く落ち込んでいく独りぼっちの岡部。その壊れゆく様子はこの物語全体における残酷趣味みたいな部分が顕著に現れている。彼が何度も繰り返しまゆりの死を取り消そうと死に物狂いになって失敗する姿はまさに拷問を受けているような、受難の姿だ。そして世紀の演説、22話のラストにおける、あの勝利宣言。多くの同胞たちの犠牲の上に成り立った、全てを失った先の勝利宣言は、まさに堂々たる救世主の勝利宣言といえる。あそこにいたのは狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真ではなく、ボロボロに傷付きながら勝利を手にした岡部倫太郎だった。あれにはしびれた。

23話に関しては、あの短い時間に岡部倫太郎の心境の変化をよくあれだけ見事に描写したなあと思った。演技も、演出もそうだし、落ち込んで立ち直って落ち込んで立ち直って、というのを20数分で違和感なく仕上がっている。見ている側としても自然に受け取ることができた。でもよく考えたら20数分。これ劇場版のクリスなんかはそこまで感情の変化というのを感じられなかった。それはクリスがそういうキャラなのかもしれない。2周しかしてないし。

岡部倫太郎に関してはある意味誰も共感できないタイプの正義のヒーローもとい、狂気のマッドサイエンティスト。それもいまいちどういうキャラ設定なのかよくわからない。なんなのマッドサイエンティストって。ドクターワイリーとか、ドクターゲロとかしか思い浮かばん。

頭良すぎるしかっこよすぎる天才少女「クリス」

この作品におけるクリスというのはやはり、どう見てもかっこいいのだ。それはまさに頭がいい人のかっこよさだと思う。そういうのはめちゃくちゃ憧れる。岡部がクリスに惹かれたのは、クリスかわいいというよりその頭の良さがかっこよすぎて惚れたんだと思う。時間を越えてきた岡部の違和感に気づく洞察力、そこからすぐに答えを導き出す頭の回転の速さ、ずばり何でも解決してくれるスーパー天才少女、目の前にいる未来から来た男が突然助けを乞うことを、理屈で理解する。その天才少女は天才であるがゆえ、どの未来から来た岡部に対しても洞察し、理解し、導いた。何でも知っており、何でも分かる彼女。その力強さ。美しさ。そして励ましの言葉

「あなたはどの世界線にいても一人じゃない。あたしがいる。」

それは本当に岡部にとって、神から差し伸べられた救いの手に見えただろう。彼女がいたからこそ、時間を越えた岡部にその頭脳で追い付いてくる彼女のスーパーでスペシャルな助けがあったからこそ、救世主岡部は勝ち得た。そういう物語だと思う。クリス回というのは14話、19話、22話だろうか。22話はこの作品で最高の回だった。世界を改編する直前にクリスがラボに戻ってきて叫ぶ。クリスの「岡部ッ!!」って叫ぶセリフにすごく感情が篭っていて、響く。彼女は最高にかっこいい。

@ちゃんねらーという名の2chねらーの設定っていうのはキャラクターとしてはものすごく不自然だけど、この作品のキャラクターはクリスに限らずあまり現実味がない。ただ設定とその演技は面白く、再現度も高いと思った。でもやっぱりアメリカの大学飛び級天才少女が2chねらーというのはちょっと不自然過ぎるおもしろ設定と言える。

すべてを見通す少女「まゆり」

この作品においての不幸の標的となったまゆり。彼女の存在というのがあいまいで、少し人間離れしている。普通の高校生としての彼女には、タイムトラベルとか難しい話はわからない。けれどどこかで誰よりも理解しており、全てを見通すその存在が人を超越した何かのように思える。この作品において彼女だけは何度も死ぬシーンがあり、どれもが全て哀しい。彼女の死は慣れない。岡部はまゆりが死ぬ度に哀しみ、その度にまゆりの死を取り消そうと時間跳躍を繰り返しどんどん壊れてゆく。まゆりもその変化に気付き、どうにかしたいけれど彼女には何もできず、ただひたすら壊れゆく岡部を気遣いながら励まそうとする。そしてやはり、岡部のために自分が犠牲になろうとする。彼女には全部わかっている。まゆりは何と言うか、かわいそうな子って言うと語弊があるけれど、まゆりが死ぬ度に本当に、岡部が壊れるんじゃないかっていうぐらい泣くんだよな。あれが見てられない。

まゆりのベストセリフは21話の「おかりん…今日はね、ありがとう」自分がつらいはずなのにお互いがお互いを励まそうとして、そして死んでゆくまゆり、苦しむ岡部、もうこれ以上まゆりを殺すのはやめてくれとテレビを見ている人からお嘆きの様子。21話は、彼女が何度も死に、その度に岡部が助けようとして失敗し、苦しむ様子を夢で見ていることがわかった回。まゆりが死ぬ運命を変えようと半狂乱になりながら奔走する岡部を感じ、死んだおばあさんの墓の前で告白する。「おかりんの重荷にはなりたくないのにな」「おばあちゃん、いつまでもこのままじゃいられないよね」と自分の死を受け入れようとする。

トゥットゥルーの元ネタは中川翔子って書いてあり、そう言えば中田ヤスタカが中川翔子の深夜番組に出ていた回を見た時にトゥットゥルーとか言ってたのを思い出した。ジューシーからあげナンバーワンは元ネタなんだろう。電子レンジで温めるということは冷凍食品だろうか。ローソンのからあげクン的な食品かもしれない。まゆりのモデルっていうのはちょっとよくわからない。あんな女子高生はいないだろう。

タイトル、用語について

シュタインズ・ゲートっていうタイトルについて、原作ゲームでは運命石の扉という言葉にシュタインズ・ゲートというルビが振られている。シュタインズっていうのはアインシュタインから来ているみたいだ。アインシュタインの相対性理論が作品内でもよく出てくる。僕は物理詳しくないから相対性理論もよく知らず、それがタイムスリップとどう関係するのかいまいちわからないけれど、アインシュタインの理論、時間の輪という運命から先に進む扉っていうことでシュタインズ・ゲートが運命石の扉と訳されているのだろう。石はどこから来たのかよくわからない。

リーディング・シュタイナーというのはめちゃくちゃな造語だけど、シュタイナーが同じくアインシュタインから来ていることはわかる。リーディングは読む方か導くほうか、どちらともとれる。世界線を越えても記憶を継続する岡部の体質をリーディング・シュタイナーと呼ぶのはつまり、シュタイナー、アインシュタインの理論というか運命をリーディング、読む能力、もしくは導く能力、そういう意味で受け取ればいいと思う。

またまたゲーム原作について

この作品がゲーム原作っていうのは、全体を見てみるとなんとなく理解できた。ここまで前後のつながりが作りこまれた作品というのはいかにもゲームらしい。あと、展開とか。恋愛アドベンチャー特有のルート展開の名残が各キャラにあり、それに気付いたらちょっと嫌な感じだった。音楽も言われてみればゲーム的な音楽の使い方をしていた気がする。オープニング、エンディング曲以外にも展開に合わせてよく使われる音楽が用意されており、曲自体もゲーム曲っぽかった。ゲームはやってみたいけれど時間がかかりそうだからやらないと思う。プレイ動画を少しだけ見たけれど、セリフがない部分の説明書きがかなり内容理解を補足しており、話としてはゲームのほうが広く深くわかりやすいってのは理解できる。それでもまとまりという意味でアニメがすごかったけど。

また、ゲームをやった人には馴染みのある3大トラウマという展開があり、一つは鈴羽の遺書、もうひとつはゼリーマンになったまゆり、最後になんだったっけ、忘れたけどアニメにおいて綯が「おとうさんの名前はミスターブラウンじゃないよ」を早口で言うところが面白かった。そういう小ネタが多すぎる部分もゲーム原作の醍醐味かもしれない。

STEINS;GATE

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続編

劇場版はオマケという感じだった。見ても見なくてもいい。続編も多分ファンサービスなんだろう。本編の完成度が高すぎて、後から付け足せば付け足すほど蛇足になっていく。あれはやはり続編を作るタイプの終わり方じゃない。平行世界とか描いても面白いけれど、飽くまで外伝みたいな形になってしまう。もうこれ以上の付け足しはいいだろう。

作品本編が当たったことによりファンディスク的な続編やサイドストーリーが多く作られることになった。それらは本来世に出る予定のなかった設定や新しく付け足したオマケであり、商業的にもファンサービス的にも有りだとは思うけれど、本編とは別で考えた方がいい。本当に作品が好きになり、派生作品や資料を読み込む気持ちはすごくわかる。例えばアニメで描かれなかったクリスとフェイリスとの関係、クリスの父が目指していた夢なんかも設定としてちゃんと出来上がっており、そこに過去に渡った阿万音鈴羽も加わって謎が解明されるわけだけど、それらは別になくても完結している。

STEINS;GATE 比翼恋理のだーりん

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STEINS;GATE 線形拘束のフェノグラム (通常版)

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秋葉原

僕は人生で2回だけ秋葉原に行ったことがあり、それがちょうど電気街だった1999年頃とオタクの街になった2007年ぐらいの2回だったため、9話の演出は素直に驚いた。あの両方の姿だけを断片的に知っているから、その街の変化をまさに肌で実感した。ネットの意見を見ていると、もうこのシュタゲの頃の秋葉原でさえ影も形もないぐらいに廃れていると言われている。ラジオ会館がなくなり、街は外国人だらけになったとか。どうなんだろう、秋葉原は姿形を変えるサイクルが早いんだろうな。当時の秋葉原を知っている人たちは、この作品を見ると懐かしく思うだろう。そういう風に街の原型を作品の中に描いている。これは秋葉原が舞台でなければ、映画のバタフライ・エフェクトみたいにもっと一般的に売れたのかもしれない。でも同時に、秋葉原が舞台だからこその作品だとも思う。

余談

前回「短編小説の集い:のべらっくす」のテーマが未来で、たまたま僕が未来から来た人の話を先月に書いた。そのタイミングというか、その後に偶然このアニメを見たんだけど内容が全く追い付いていなくて愕然とした。すげーこんな話書けねーよ。これはゲーム原作であり、ゲームに適したストーリー表現だというのは理解できる。でもアニメもすごかった。映像と音響、ゲームのシナリオを上手くまとめ上げ、展開していく。そして演技。文章にするとゲームやアニメよりは間違いなくチープになるだろう。少なくともこの作品が小説だけでこれだけの評価を受けることはないと思う。それにしても、自分の書いたものがそれ以下過ぎて実に恥ずかしい。僕はこういうのが書きたかったわけではないけれど、やはり作品の作り込みや設定がすさまじく、世界観の構築は物語全体を大きく左右すると感じた。出来上がった世界観から話を部分的に抽出して一つの作品にするタイプの創作がSFには向いている。少なくとも、本文に書いたプロットから話をふくらませていくタイプではない。SFでそれをやると話の整合性がとれなくなって自滅する。

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