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自分らしさを掘り下げると個性が浮かび上がる

自分の興味・関心あるものが自分そのものを形作っていると仮定して、仮にそうでなかったとしても自分を誰かに紹介する際に「自分はこんな人ですよ」と言う中身にあたるのは自分の趣味であったり興味であったり、好きなものにするのではないだろうか。職業、でもいいけれど、職業がそれに当たる人はある意味幸福だと思う。野球選手とか野球選手としか言い様がない。それはまさにマッチングというやつ。しかし、客観的にはそうかもしれないけれど、もしかすると野球選手だって野球選手である自分よりも趣味を楽しむ自分が好きかもしれない。

それはともかく、自分の自分らしさを現す要素、つまり、関心のあるものはなんだろうって考えてみると、僕はブログに書いている内容がだいたい思い当たった。一つは旅行、もうひとつは読書、他にネット、あとは写真ぐらいか。あれ、それぐらいか。そんだけしかないのか俺の人生。戦争はちょっと違う。映画はそれほど見ない。ガジェットも違う。Macもそれほど知らない。バイクも言うほど乗らない。シェアハウスはカテゴリとして小さすぎる。無職、か。それ関心のあるもの?

 

旅行や読書やネットや写真が好きな人、まあまあどこにでもいる人だ。しかしそれぞれの要素を掘下げてみるとそこに自分らしさのようなものが浮き彫りになり、それらを組み合わせれば、意外と人と被らない自分というものが形作られているかもしれない。どうだろう。

旅行はするけれど

旅行が好きっていう人と結構話が合わないことが多い。それは旅行と言ったって様々な旅行があるから、ということになる。僕はリゾートには行かない。基本的にはツアーも利用しない。5つ星ホテルにも泊まらない。食べ歩きもしない。旅先で自撮りしたりもしない。友達とジャンプしたりもしない。かと言って、世界一周とかもしない。ヒッチハイクもしない。テントで寝泊まりもしない。旅人仲間を作ったりもしない。普通に観光旅行をする。世界遺産とか行く。だいたい一人が多い。旅行先には、勉強しに行くことが多い。観光地や世界遺産を訪れるのは勉強のためだったりする。勉強という言い方が必ずしも合致するかどうかは微妙なところだけど、他になんて言えばいいかわからない。何を学ぶのかというと、歴史や文化、その街、そこに流れる空気、人々を形作っているものはなんなのか。どういう経緯でそういう形に出来上がったのか。我々とどう違うのか。そういうのを肌で感じるための旅行となる。今まで訪れた土地では主に戦争、共産主義、イスラム教など、それらにまつわる物は日本にもあるにはあるけれど、それとは違った、日本にいては感じることのできないことを感じ、学びに行った。旅先で自分が楽しむとかはあまり考えていない。制覇するとか目標とかもない。そういう旅行だから、あまり旅行好きの人とは話が合わない。

読書はするけれど

読書は多様性に満ち溢れている。読書好きと言えば一般的には小説読みを指すことが多いが、ビジネス書を毎日読む人だって列記とした読書好きだ。小説なんか読んだこと無いけれど新書やエッセイを頻繁に読んでいるという人だっていると思う。まさに読む本によってその人自身がわかると言える。僕は最近あまり本を読んでいない。普段はだいたい一人の作家の本を片っ端から読むことが多い。チェホフとかカフカとかサリンジャーはほとんど読んだ。レイモンド・カーヴァーもかなり読んだ。文学に関して僕が好きなのはもうだいたいその辺りになってくる。太宰治もほとんど読んだ。作家縛りで片っ端から読んだのはそれぐらいだろうか。本に関しては他のいろんなジャンルと重なってくる。旅行の本もたくさん読む。SFも時々読む。映画の原作とか経済の本とか宗教の本とか戦争の本とかも読む。Kindleは重くなるからあまり入れてないけれど、今入っているのは「持たない幸福論」「行人」「黒本弐」「The Great Gatsby(英語)」「歯車」などなどあまり節操がない。

ネットに関しては

ネットの話をして誰かと噛み合うっていうことはほとんどない。ネット人口の少なかった高校の頃は、理系だったからさわりの部分だけ一部の人と共有できた程度で、ネット上での活動というのはそもそも秘めて行われるものだった。大学生の頃も大学にはいなかったが、逆にネットで知り合った人と関わったりしたことはある。けれどそれも密に、というわけではなかった。人がネットで何をやっているのかは全然知らない。ネットも多様だ。ブログ、ツイッター、facebook、サービスで情報を共有したところでやっている中身は全然違う。技術には疎い。じゃあ自分がネットで何やっているかというと、なんだろう。はてブ?ブコメ?そんなのは何かをやっていると言えるのだろうか。ブログ?中身あってのブログだろう。インターネットに詳しいか、思い返してみると、いわゆる普通の人から見れば詳しいだろうけれど、上位ではない、というところだろうか。ネットの何に精通しているか。トレンド?文化史?ネット社会?なんとも言えない。ただこれだけ言えるのは、僕はネットの住民だということ。

意外なほど違った写真

写真について、先日趣味で写真を撮る者同士ということでK DiaryのカクタニさんとSkypeでお話しした。お互い素人なんだけどその姿勢から撮り方から何から全て違って面白かった。まずカクタニさんは「数撮らなきゃ上手くならない」という立場から毎日写真を撮っている。僕は撮りたい時だけ意気込んでカメラを抱え、撮っている。そしていざ写真を撮る時も全然違う。カクタニさんはいろんな場所を移動しながらいろんなカットで1枚ずつ撮る。僕は同じカットを納得するまで何枚も撮る。カクタニさんは、日常の何気ない瞬間を切り取るように撮る。僕は非日常、もしくは日常に潜む違和感や不自然を探して撮る。カクタニさんは日本の写真家の作品しか見ないという。僕はほとんど海外のフォトグラファーの写真しか見ていない。カクタニさんが好きな写真家は内原恭彦、大西みつぐ、森山大道、僕が好きなのはミハエル・ソボツキー、ジョセフ・クーデルカ、日本人だったら沢田教一とか憧れるけど真似したいとは思わない。あと全然系統は違うけれどチャド・ムーアとか。同じ写真を撮るというだけで、それもお互い素人で「趣味で写真撮ってるんです」などと言っているような人間同士でここまで違いが出るとは。

カクタニさんとの写真対談は一部がこちらに収録されております

趣味「旅行」「読書」「ネット」「写真」で該当する人は数多くいたかもしれないが、ここまで掘り下げると僕の個性が出てきたのではないだろうか。全てが被る人というのは果たしてどれぐらいいるだろう。むしろいたら友達になってください。ただ、これらがパーソナリティだと主張したところで疎い人からすれば「それどう違うの?一緒やん」で終わりだ。