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人と話した

先日、シェアハウスの一人と夜遅くまで会話していた。その人とは普段何気ない会話をする程度で、今回話すまでどんな人なのか全然知らなかった。今回は少し興味深い話になった。その人は、僕が以前に欧米人の恋愛観について話していたのを横で聞いており、どういうことなのか詳しく知りたいと言ってきた。一から話すのが大変だったから、日記に書いた内容をそのまま見せた。 

これを読んで理解してもらえたみたいだった。日本における旧体制の常識とか、そういったものに対する違和感を持っていたらしい。僕はそのことについて、日本という共同体の成り立ちなどからより詳しく説明したりしていた。そのうち彼女が人から「変わっている」と言われる話になり、それが一体なんなのか話し合っていた。

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彼女は自分の何が変わっているのかなんていうことを今まで気にしたことがなく、ただ「変わっている」と言われる事実だけを受け止めていた。僕は彼女のことを全然知らないから一体何が「変わっている」のか、という部分を掘り下げるために様々な質問をした。彼女が「変わっている」ということ、つまり日本の常識とのズレている部分はいったい何なのだろうか。彼女の今までの人生を振り返り見えてきたものは、僕やそれ以外の人と少し違ったものだった。

彼女の人生を突き動かしてきたものというのは、それはある種の「呼ぶ声」であった。ある日突然「こうしたい」「こうしなければならない」といったひらめき、それに従って彼女は今まで生きてきたと言う。そういうことは僕の人生にいまだかつて一度もなかったけれど、彼女は常にそうだったと言う。

それを聞いて初めに思い浮かんだのは、呼ばれる声に誘われるがまま流されるように人生を歩んでいるという姿だった。それはちょっとよくわからない話になる。仮にそうだとしたら、そこには彼女自身の意思であったり願望というのは存在しない事になる。もちろん呼ばれた声に従うのは彼女であり、その内容が彼女本人の希望と一致するものではあるけれど、今まで存在しなかった願望がそこから突然生まれたりすることもあるそうだ。もしかすると本当に呼ばれているのかもしれない。現実はどうなのかわからない。

ただそれは見方を変えると、彼女自身の中に潜在的に内在していた願望であったり意志が、ある日突然ひらめいたように表に出たと見ることもできる。そして、そうやって出てきたひらめきに突き動かされた行動というのが、いわゆる世間のルールであったりレールにことごとく合致しないため、周りの人から「変わっている」と言われる結果になったということらしい。

彼女の話を整理して、僕は「そうではないか」と尋ねた。彼女は今まで生きてきてずっと意識してこなかったことを、人に言われて初めて気付いたと言った。彼女が生きる上で大切にしてきたものは、僕のように思考でも論理でもなく、また知識や経験でもなく、ましてや世の中のルールや常識、慣習ではなく、ひらめきだった。それはもはや感情や気持ち、直感を大事にするといった段階も越えた、もっと研ぎ澄まされた、神がかったような、まさに「呼ぶ声」であった。

それ以外にも色々な話をした。僕の話や旅行の話であったり、そうやっているうちに午前3時になって明日仕事だから寝ようとなり会話は終わった。