「ワセダ三畳青春記」感想・書評

青春記とあるが、この「ワセダ三畳青春記」(通称:三畳記)は辺境作家、高野秀行が大学時代の22歳から卒業後も33歳まで11年間過ごした、わずか3畳しかないアパートにまつわるエピソードを綴った本だ。大学は通常、浪人留年無しだと22歳で卒業する。高野さんは大学に7年間通ったため、アパートに移り住んでから22〜25歳ぐらいまでの3年間は一応大学生だった。そしてその後の8年は卒業後の話になる。留年大学生から30代前半のおっさんのエピソードの、どこが青春なのかと思う。ひとくくりに青春といえば、昭和の古臭い甘酸っぱさを思い起こすが、高野さんの青春記はド派手ではないけれど新鮮な、エネルギッシュではないけれど若々しい彩りに満ちており、青春と言われても遜色のない活き活きとした生活の様子が描き出されている。

 

野々村荘に集う変人たち

アパートには早稲田大学探検部の先輩後輩も含めた、数々の変人が集う。社会に馴染まない変人であったり、一方では社会に馴染もうと藻掻く変人を卒業した人たち、変人をひと目見ようとする一般人たちも登場する。高野さんは自分のことを至って常識人だと言うが、初めはそんなことないだろうと思っていた。でもこれを読んでいれば段々と理解できてくる。高野さんは朴訥で、乗せられやすい人なんじゃないだろうか。染まりやすいというか。

現代においても、就職できなかったり学校に通えなかったりで、いわゆる社会化できないことに思い悩む人は多い。それは若者に限らず、若者という時間をとおに過ぎ去った人にも見られる。高野さんの周りにもそういう人はいたみたいだが、この本を読む限り高野さんの周りからはそういった不安や焦り、悲壮感や湿度といったものが微塵も感じられない。落ち込みの中にさえ楽観が伺える。

例えば、インドネシアで出会った友人キタと占いで儲けようという話がある。横浜の山下公園に出向き、キタが占い師をやり、高野さんは客引きとして当時習っていた三味線を弾く。全然客が来なくて高野さんは背中弾きをやりだすが、それが楽しくなってきて弾きながら踊り出す。そこで仕事中の中学時代の同級生に出くわす。

「おまえこんなところで何やってんの?」

相手は高校中退で働きはじめ、社会人生活が10年、結婚して子供もいる。「高野、もうそんなに若くないんだから、そろそろ将来のことをちゃんと考えた方がいいぞ」と言われ、高野さんは「何もいいことがない1日だった」と結んでいる。本来だと全然笑えない話なんだが、やっていることがアホすぎてつい笑ってしまう。

ユートピア野々村荘

こんな非社会的な生活を支えているのが、本の舞台になる野々村荘だ。当時1万2000円だった家賃は、今は少し値上がりしたがまだ1万4000円だそうだ。人気で全然空き部屋がないらしい。大家さんは住民に対して実に寛容で、部屋を留守にする間友人が住んでいたり数ヶ月の家賃の滞納でも何でも受け入れてくれる。こんな大家さんは聞いたことがないし、こんな共同住宅もちょっとありえない。

しかし、この野々村荘はやはりそれなりにきついことも多い。住民はおかしな人ばかりだし、何より部屋は三畳もしくは四畳半(こっちは2万2000円)しかなく、キッチンもトイレも共同で風呂はない。日本人の女性はまず住めないだろう。

留学やワーキングホリデーで海外暮らしの経験がある人だったら大丈夫かもしれない。もしくは旅行が長くホステル、ゲストハウス暮らしをしたことがある人も平気だと思う。シェアハウスなんかもドミトリー(一部屋にルームシェア)生活をしていた人なら、野々村荘の方が三畳でも個室があるだけ全然ましだ。ただここに11年住めるかというとまた話は変わってくる。

その11年の中で他のエピソードとしては、探検部の先輩と後輩とでチョウセンアサガオの種を食べてトリップするような非常識な笑い話であったり、住民同士の揉め事や日常生活のくだらない話がたくさん詰まっている。中にはそこそこ重大な話も出てくるんだけど、当の本人たちが一体どこまで本気で悩んでいるのか検討もできないような馬鹿馬鹿しいエピソードとして紹介されている。

平成の東京の辺境

本としては貧しい学生や学生崩れの日常ほのぼの青春記というような体をとっているが、全然そんな内容ではない。貧乏でありながらの心あたたまる話や、人に助けられたり夢を追いかけたりするような、そういう作り物の爽やかさ、善良さみたいなのは全く無い。かと言って、厳しく残酷な現実を描いているような話もない。ナマの生活の、その過ごしやすさ、楽しさが現れている。

これが現実にあったことで、それも割と最近の、バブル崩壊から2000年頃までのできごとであることが信じられない。自分が平然と世間に紛れ、過ごしていた同時代の話だなんて。同じ時間を過ごしながら、同じ日本でありながら僕らと彼らとでは別の世界を生きてきた。きっと多くの人がそう感じるだろう。だから、当たり前の日常や、今そこにある一般的な常識に疲れた人はこの本を読んで癒される。読み終えてからもきっと、棚に置いておきたいと感じるだろう。僕の周りには何故こんな変人がいないんだ。環境が悪いに違いない。野々村荘住みたい。ちなみにこの本は10万部売れたそうだ。それはそれでちょっと信じられない。

ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)

ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)

 

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