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関心を持ってきたこと

今まで自分が関心を持ってきたことを書き留めてみる。

ジェノサイド

ホロコースト、エスニック・クレンジング、ジェノサイド、様々な状況の元で様々な方法が取られた。第二次大戦中にナチス・ドイツによって行われた強制収容、虐殺、ユーゴスラビア紛争中、各陣営によって相手方陣営に行われた虐殺、ルワンダ内戦中に起こったフツ族に依るツチ族の虐殺など、あらゆる事例が存在する。そのうちいくつか、上記で挙げたようなものは民族間の対立が起因となっている。民族とは一体何なのだろうか。民族の違いとは。民族を形成する根拠は言語であったり宗教であったり出自であったりと、やはり様々である。

日本で生まれ育つとあまり意識することはないが、北海道や沖縄といった土地では国を越えた出自へのアイデンティティがあるのかもしれない。それでも日本国内において、日本国民同士が民族対立からジェノサイドへ発展するのは想像しがたい。同じ国内で、別の言語や信仰を持ち、集団として固まってしまえば民族としての違いがより鮮明になるだろうか。そして民族性の違いが争いの種になり、一方が他方を殲滅しかねないほど意識は高まるのだろうか。これからもし、一定の移民が急増して団結し、国内を分けるほどの勢力に拡大したとしたら、日本でもジェノサイドは起こりうるのだろうか。

ジェノサイドは紛争中という状況が起こしたことなのか、それとも逆に、あらかじめ存在していた種から芽が出ることで紛争に発展したのか。はたまた両方なのか。民族意識とジェノサイド、当たり前のようでわからない。民族問題とジェノサイド、何故このようなことが起こってきたのか。いまだ起こっているのか、これから解決の道はないのだろうか。現代でも各国において民族問題は根強く残っている。それらが今後ジェノサイドへと発展しないようにするには。

ユーゴスラビアついての入門書を一冊呼んだりドキュメンタリー映画を見た程度で、それ以上は進んでいない。 

ユダヤ教

イエス・キリストはユダヤ教徒だった。イスラム教の神は起源が違うものの、ユダヤ教ともキリスト教とも同じ神、ヤハウェだとされている。これはそれぞれの神が同じ人物であるととらえるのではなく、神という存在が一つしかないという一神教の概念に基づいている。その一つの神を旧約聖書と結びつけたのがユダヤ教であり、新約聖書と結びつけたのがキリスト教、コーランと結びつけたのがイスラム教というふうに分かれる。彼らにとって神は、同一人物ではなくたった一つ、唯一の存在と認識されている。

そのユダヤ教、太古の昔から続く信仰は大戦を通じて一つの民族集団という扱いに変わった。ユダヤ教徒がユダヤ人になった経緯はなんだろう。何故仏教徒は、イスラム教徒は、キリスト教徒はそのような経緯を辿らなかったのか。ユダヤ教が布教活動をしていなかったからだろうか。ユダヤ教は他の宗教と比べても特色が強い。我々がユダヤ教に改宗すればユダヤ人になるのだろうか。特定の国で特定の宗教に別れた人たちが一つの民族集団になることはある。

ユダヤ教徒に対する迫害。キリスト教圏における迫害の歴史は有名だが、アラブ圏、その他の地域においてはどうだったのか。何故迫害を受けたのか、現在では実際のところどういう位置づけになっているのか。ヨーロッパにおける国民国家の成立、迫害の膨張がシオニズム運動を活性化させ、イスラエル建国に結びついたと言われている。ユダヤ人、ユダヤ人国家を産んだのはヨーロッパ諸国なのだろうか。ユダヤ教については新書一冊とパレスチナ問題の新書を読んだ程度。 

イスラエル建国に伴い、アラブ圏との対立が深まる中でアラブ圏にいたユダヤ教徒はほとんどがイスラエルへと移った。元々は地理的な意味合いであった離散(ディアスポラ)は、神学的な離散(ガルート)へ置き換えられ、ユダヤ教徒の間ではもはや地理的な概念ではなくなっている。そして地理的な離散(ディアスポラ)の解消というイスラエル建国、イスラエルへの居住を行っても、神学的な離散状態(ガルート)とは矛盾しないという解釈であっているのかな。ややこしい。

シオニズムとディアスポラの関係:パレスチナ情報センター:Staff Note

KAKEN — 2010 年度 研究成果報告

北欧

現代でも神話のように語られる北欧は一体どうなっているのだろう。高い教育水準、労働水準、所得水準、充実した福祉、フィンランドにおいては来年からベーシックインカムまで導入される予定でまさに理想郷のように語られる。おまけにデザインがかっこよく有名な企業も多い。家具はイケア(スウェーデン)が世界一で、アパレルもH&M(スウェーデン)が世界一だ。他はマリメッコ(フィンランド)とかしか知らない。ノキア(フィンランド)は廃れた。おもちゃのレゴ(デンマーク)とか?

フィンランド、ベーシックインカム支給実験の詳細が確定・実施開始は来年から

一方、高い自殺率、犯罪率、武器輸出(スウェーデン)、雇用率の実態(フィンランド)などよくわからない部分も多い。そもそも北欧でくくると何も見えてこないのか、それともやはり北欧というくくりで、西欧・北米と区別する何かがあるのだろうか。全然わからない。その様相はまさしく神話さながら謎に満ちている。北欧はストックホルムを一週間程度旅行しただけであり、物価が高く自治体の運営が行き届いているという感想しかなかった。

ベトナム戦争

ベトナム戦争については今まで何度も触れてきた。超大国アメリカが唯一敗退した戦争。それが東南アジアの小国ベトナムを相手にした戦争だなんてちょっと信じられない。実際は国家対国家の戦争ではなく、ベトナムの長きに渡る祖国統一戦争であり、ベトナム民主共和国が勝利したからといってアメリカを占領したわけではない。日本とアメリカの戦争とは別物だ。最大の被害を被ったのもベトナムそのものだ。それでもフランス、アメリカを追い出した戦争であり、西側諸国の敗退という結果には変わりない。

ベトナムは本当に最強だったのか。アメリカ軍を蹴散らす力があったのか。勝利の要因はなんだったのか。ソ連の支援、国際的なルールに則らない形でのゲリラ戦法、ホーチミン・ルート。様々な要因がある。超大国を相手に戦う戦略がこれほどまで有効的に作用した例はベトナムが最初ではないだろうか。その後1ヶ月に渡る中越紛争において、ベトナムは中国も退けているが、今どこかと戦争をしても果たして同じような結果を得られるのだろうか。守りの戦争にて結果を出しているベトナムだけど、攻めることで勝利を掴むこともできるのだろうか。地の利のある本国、ジャングルにおいてのみ、その力を発揮するのだろうか。

共産主義

共産主義についても今までも散々書いてきたが、理想と現実。同じ社会主義でもソ連、中国とユーゴスラビア、ベトナム、キューバでどのように違ったか。粛清、弾圧を行ってこなかった国々はどのようにして国家運営を実現してきたのか。結局どのような理念なのか。この考え方を基礎にして現実に則して発展させていくことはできないのか、それともやはり遠ざけるべき思想なのか。共産主義も謎でしかない。

自分の印象としてはやはり、究極の理想主義であり理性主義であるように映る。社会の構成員一人ひとりが理性的であり、一定の水準を保っていれば実現するのかもしれない。現実にそういうことはないから、あくまで科学的仮定で終わってしまっているのではないか。さらに外交や侵略などの国際競争にさらされてしまえば成り立たないのではないか。ただこのあたりもまじめに勉強したことがないためよく理解していない。 

これらは全て、勉強とか研究とかいうよりも、ライフワーク、趣味に近い。現地などを訪問しつつ長年関心を持って取り組んでいる対象ではあるが、その域を出ることはない。草野球、フットサルのようなものだ。