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「君の名は。」見たけど正直よくわからない

映画

見終わって最初に思ったのが「これ恋愛映画か?」という感想だった。恋愛の部分はほとんど描かれていない。「君の名は。」を見る前に予習として「秒速5センチメートル」を見たんだけど、そっちは思いっきり普通の恋愛映画だった。「秒速」のことは後に書くとして「君の名は。」の話をもう少し進めてみよう。激しくネタバレしてます。ちなみにこの予告2もネタバレ激しいんで、これから見る予定のある人は見ないほうがいい。

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恋愛っていうよりオカルトじゃね?

最初「SFか?」と思ったけれどSFというよりはオカルトだった。オカルトと言うか、なんて言えばいいんだろう、ファンタジーともちょっと違う「となりのトトロ」的な、やっぱオカルトだ。時間移動や隕石が出てくるあたりSF的なテーマかとおもいきや、科学的な整合性みたいな要素が全く出てこない。どうやって物語を繋げるんだろうと思ったら「隕石の予言」と「入れ替わりの家系」と来た。1200年前、隕石が落ちた場所に社が建てられる。その神社を祀る家系は代々、ある一定の時期に他人と体が入れ替わる体験をする。それが三葉で、彼女の婆さんも経験していた。ちなみに親父は婿養子だったから女系なのだろう。

代々入れ替わる家系と隕石に何の関係があるのか。1200年前に隕石は落ちたが、また隕石が来ることはわかっていた。それを後世に伝えるため、隕石が落ちた場所に社が建てられる。そして次に来る隕石に備えるための伝道役として三葉の先祖が代々社を守ってきた。実際に隕石が来た時にどうやって対処するのか、その鍵となるのが「入れ替わりの能力」と、隕石跡に建てれられた社における神との契約みたいなのと、あの糸のアクセサリーの伝統みたいなやつ、この3つが全て1200年前から引き継がれてきた。これで隕石が落ちる事後を知ることができ、対処できる。
(隕石が落ちた場所に神社を祀るようになった昔話もちらっと出てくるが、内容は忘れた。)

能力者は三葉の代になり、それが予言の年、つまり再び隕石が落ちてくる年だった。三葉の能力が発動し、隕石が落ちた3年後を生きる瀧(タキってずっと苗字だと思ってた)と入れ替わった。瀧と三葉はある日入れ替わりが途絶え、瀧は三葉が3年前に落ちた隕石で死んでいたことを知る。瀧は3年前の運命を変えるために、入れ替わっていた時に見た社へ向かう。そこで再び時間移動が起きて、3年前の隕石が落ちる日の三葉と入れ替わる。三葉になった瀧は町の人たちに避難を呼びかける。無事避難したことにより、三葉も含めた町の人たちの3年前の死が、なかったことになる。糸のアクセサリーがどう作用するかというと、入れ替わり能力は不完全で、元に戻ると入れ替わっている最中の記憶や相手のことを忘れてしまうんだけど、糸がわずかながら記憶をつなぎとめる役割をする。

隕石落下から5年経ち、瀧と三葉はお互い入れ替わりをしていたことも、名前さえも覚えていない。ただ隕石から避難した事実と、お互いの記憶が薄っすらと残っている。そして東京で糸のアクセサリーをした三葉と、瀧が出会う。過去に入れ替わった相手同士、相手の体で過ごした生活と、苦難を乗り越えた記憶はほとんど残っていなけれど、糸によって感情だけが呼び覚まされる。そしてお互いが尋ねる。「君の名は。」めでたしめでたし。そういうお話。やっぱオカルトでしょ?

恋愛映画として欠けている点

ただ、これがオカルトとして完成された話かというとそうでもない。オカルト的な内容は話の筋でありながら全然強調されておらず、オマケのように見える。かと言ってやはり恋愛映画という風にも見れない。恋愛映画だとしたら、肝心の恋愛要素がほとんど描かれていない。恋愛の流れで言うなら最初に好きになる部分で映画が終わっている。出会ってすごい体験を過ごして好きになって、はい、おしまいというわけだ。映画の恋愛なんてそんなもんだと言ってしまえばそれまでだけど、「秒速」なんかはその先の現実をメインに描いていた。だから「君の名は。」の恋愛要素はあまりにも短いというか、中身が薄いため、恋愛映画ではないと感じた。

Twitterなんかを見ていると、隣の女の子が号泣していたとか一緒に見にいったカップルは結婚するとか若い頃の恋愛感覚を思い出すとか、そういう面ばかりにフォーカスされていた。僕は見ていて「イルマーレっぽいな」と思った(展開は全然違うけれど話の進め方はほぼ同じ)。イルマーレも「カップルになります」という過程を劇的に描いただけで、その先はない。うーん、恋愛映画ってそういうもんなのか。こういう劇的な出会い、運命の出会いみたいなストーリーに憧れる人がいるのはわかるけど、恋愛の本質というか、求められる部分って結局そこだけなのかなーなんて思ったりもする。

例えば、恋多き人とか恋愛中毒の人ってその劇的な出会いであったり苦難を乗り越えてカップルになりましたよ的なそういう「始まり」の部分の刺激だけを常に求め続けているんじゃないかなあ。だからその後の苦労とか、そうやって知りあった人と上手くいかなかったりする現実はあまり楽しめないのかもしれない。そりゃあ苦難を乗り越えたカップルがその後も上手くいけばいいんだけど、まあそれもある種の夢物語だ。それはそれで映像化してしまえば日常過ぎてつまらないだろうし、劇として見せるならあそこで終わらせるのが一番面白いのかもしれない。

「秒速」とくらべて

「秒速」は上手くいかない恋愛の物語だった。「君の名は。」のような劇的な始まりではなく、あくまで現実に即した範囲での劇的な「恋愛始まり」を描いた。同じような経験をした人も多いだろうし共感も得やすいだろう。「秒速」は「君の名は。」とは違って始まりだけでなく「その後」がメインとなる。その後の展開も思いっきり現実的で、はっきり言うと全然うまくいかない。全然うまくいかない話を劇的に描いたのが僕は「グレート・ギャツビー」だと思うんだけど、「秒速」の上手くいかなさは現実に徹していた。現実的な始まりから終わりまで描く。だから「秒速」を恋愛映画だと言うのは理解できる。恋愛映画だけど「秒速」を見たときは「めっちゃ普通の話だ」と思った。すごい残酷な現実っていうわけでもなく、めっちゃ普通。「君の名は」が現実にあり得ない劇的なエンタメで、「秒速」は可能な限り現実に近づけて共感を呼ぶタイプのエンタメだなというのが僕の感想でした。正反対の映画だね。

映画的に良かったところ

本当はそういう感想をもっと書くべきなんだろうけど長くなってきたので端折る。「君の名は。」はオカルトめいた話でありながら、日常生活の描写がリアルで際立っていた。架空の物語のありえない出来事なんだけど、そこにいる人たちの行動や心理描写が現実世界の人間と比べてあまり違和感がない。アニメに限らずドラマや映画においてもそういう違和感が強いことって多い。しかしこの映画は主人公もヒロインも脇役も特別ではなく、普通のそのへんにいる人と同じと感じられる。ただ状況だけが特別。あとは映像に定評のある新海誠で、絵の細かさや色使いなんかは定番だしこういうのは金と手間を掛ければできるっていうもんでもないのだろう。多分。演技は妹の四葉の表現が上手かったと思う。話の展開はきれいに流れてまとまっていたし、わかりやすいのにそれほど先が読めてしまう話でもなかった(ラストはしょうがない)。

今回タイトルに入れた「よくわからない」っていう部分は、結局この映画が恋愛映画であろうがなんであろうがどちらでもいいんだけど、あまりにも恋愛要素を強調して語られているのがよくわからないという話でした。

君の名は。 Another Side:Earthbound (角川スニーカー文庫)

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  • 作者: 加納新太,田中将賀,朝日川日和,「君の名は。」製作委員会,新海誠
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/07/30
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この本は映画に描かれなかった部分らしい。ついでに「秒速」はこれ

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ついでに触れたイルマーレも

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他の人の感想を読んでみて追記

泣けなかったというのは同じなんだけど、この映画の泣きポイントとしては「記憶が薄れていくことによる擦れ違い」みたいなところだったんだろうなと思う。モヤモヤする感じとでも言えばいいのか、曖昧で踏み込めない感じというか、そこを乗り越えた恋愛成就のハッピーシナリオがこう、頑張れ応援ムードみたいに涙を誘うんじゃないかな。

いつの間に好きになったっていうのは瀧くんに限らずどっちも言えるんじゃないだろうか。むしろ初めから狙いに行く恋愛じゃなければ割りと普通のことだと思う。瀧くんに関しては「三葉の喪失」が決定的になっているように思う。一定の時間を密に過ごした相手同士が、関係がなくなって初めて相手を失ったことの大きさに気づく、みたいなの。

奥寺さんは登場の仕方から悪い人かなーと思ったら、いい人で良かったという感じ。司について思ったのは、司が飛騨についていったのは三葉に会いたかったからじゃないかなと感じた。もちろん瀧が三葉化していたことを司は知らないし、司がカワイイって言ってた三葉の本物と、行った先で会うことになっていることも知らないから司にそういう意思があったというわけじゃないんだけど、なんかそのへんは無意識的なやつです。

ヒットの要因が大衆エンタメ化っていうのはすごく納得する。オタクが好みそうな複雑な設定とか難解な伏線などをあまり意識させず、入りやすいシナリオになっていた。そういう要素自体はふんだんに盛り込まれている。「君の名は。」と同じ要素を使ったオタク向け映画もあっただろうし、作れただろう。この映画については同じ要素を用いてマーケットの対象を変え、大衆向けのエンタメ映画として上手く作られたように感じる。

エンタメ技法として用いられた時間配分だったり、それに合わせた映像の動かし方を工夫したっていう監督の話もよくわかる。動的な映像という意味ではそんな激しい映画でもないし特筆することはなかったんだけど、シーンの切り替えや時間範囲内での要素の詰め込みの配分なんかは実にスムーズでよくできていたと感じた。この映画に関しては本当に時間ピッタリで、もうちょっと短くてよかったとかもっと長いほうがよかったと思わない。「静的な映像評価が高いのはもうお腹いっぱい」という意見は、新海誠の別の映画も見ていた人なら誰もが同意するんじゃないかな。そういうのはもう前提になってしまっている。

ただ、音楽に関してだけは僕はあまり好きになれなかった。音楽との兼ね合いに力入れていることもわかるし評価が高いことも知っているんだけど、あの歌連発はどうしても前に出過ぎているように見えてしまう。PVかって。これについては「秒速」でも同じことを思った。「秒速は山崎まさよしの長いPV」っていうコメントがあってそれに凄く同感してしまった。歌(特に歌詞)が主張し過ぎていて、それはある意味で映画の新しい形というか別の試みという風に捉えることもできる。

「秒速」なんかで多用されていた「語り」の要素が減ってよかったというのは同感。あの「語り」が良いという人も中にはいるんだろうけどマニアック過ぎて一般受けはしない。「秒速」で見られたあのポエムの語りをダラダラとやるのは、まさに個人の日記というか日記帳のポエム朗読を延々聞かされている気分になるため、もう映画じゃなくていいんじゃね?映像いらないんじゃね?と思ってしまう。「君の名は。」ではそういうことを意識しない程度にポエムは減らされていた。ああ、わかった「歌」に置換したんだ。僕が「君の名は。」で「合間合間に挟まれる歌とその歌詞が主張しすぎていて邪魔」と思ったのは、あれが「秒速」にあったポエムと同じに見えたからだった。一般的には歌の方がウケが良いだろう。

ラストシーンの解説笑った。山崎まさよしでも流しとけよって、確かにあのシーンは不満が残った。そもそも何であれから5年も経っているんだよって思った。おそらく新海さんはずっと前に好きだった人と偶然踏切ですれ違うシーンとか階段ですれ違うシーンとかをどうしても描きたいのだろう。あのまますぐ三葉が東京に行ってたらそれは全く偶然ではないし、同様に瀧くんが飛騨に行っても偶然ではない。この偶然な出会いを演出するためにしかたなく5年後だった、という風に考えることはできる。でもこういうシーンてあまりにも定番すぎて、バタフライ・エフェクトでも見ていたし何より「秒速」と被っているあたり「またこのパターン」とは思った。ただ見方によってはあのラストシーンが最高の締め方ととらえることもできる。今まで割りと悲劇的だった新海誠作品を、ありがちな演出でハッピーエンドに回収したラストシーンは、見る人によっては感動的な仕上がりだったと言えるだろう。

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新海誠監督作品 君の名は。 公式ビジュアルガイド

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新海誠、その作品と人。 2016年 10 月号 [雑誌]: EYE SCREAM(アイスクリーム) 増刊

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月刊MdN 2016年10月号(特集:君の名は。 彼と彼女と、そして風景が紡ぐ物語 / 新海誠)[雑誌]

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ユリイカ 2016年9月号 特集=新海誠 ―『ほしのこえ』から『君の名は。』へ

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