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ラ・ラ・ランドは楽しくなかった

ある意味で期待を裏切られた。あれを楽しんで見れる人はなかなか強靭な精神をお持ちで、僕はああいうの堪えるし苦手だ。最初から最後までクラシックな映画だったように思う。最近あーいう古典的な映画にお目にかかる機会がめったになくて、現代映画としては新鮮だった。ミュージカルということだが、歌やダンス、音楽が特別優れていたかといえばそんなことはない。演技が特別うまいとも思えない。残ったのはやはりおもしろい撮り方と、楽しさの演出と、古典的なエンタメの部分だったように思う。非常にわかりやすい話だった。わかりやすく万人受けするエンタメ映画。それは決して悪口ではなくて、王道のおもしろさがあった。ただ僕個人は重くて弱い人間だから、そうやすやすと楽しめない。

それも見た人ならなんのことかよくわかると思うし、ここから先は思いっきりネタバレになるけれど、オチの部分だ。この2時間映画はしっかりとしたオチがあって、オチまでの持って行き方を演出しただけの2時間であり、だからこそ古典的なエンタメ映画だと言える。オチの内容までしっかり古典的なエンタメ映画の王道をやっている。じつにクラシックだなあと思う。まるでオードリー・ヘップバーンやハンフリー・ボガートが白黒で出ていた時代のハリウッド映画みたいだ。これは多分監督の趣味だろう。この映画は脚本も監督がオリジナルで手がけており、なんとまだ32歳だそうだ。若い。いかにも女性ウケを狙った男性が書いた脚本であり、男性目線の都合良さというか、理想主義的な部分がわかりやすく現れている。

誰と見る映画か

この映画はもともと妹が見ると言っていて、気になったことがあったから調べた。それは親と見ることができる映画かどうかという部分だった。よく、地上波で放送された映画にきわどいシーンがあって茶の間が凍りつくという話がある。その程度で済めばまだマシだが、過去に「ブラック・スワンを親と見にいった」という女の子の悲劇を知っている。ララランドはどうかと言うと、問題なく見ることができる。ただ親と見ておもしろい映画ではない。なぜなら恋愛が主体になっているから。

だったらカップルや夫婦で見る映画かというと、そうでもない。むしろカップルや夫婦で見るには向かない映画だと思う。友達同士で見るか、もしくは一人で見るのが妥当なんじゃないだろうか。反則的なことを言わせてもらえば、別れたカップル同士で見るのが一番いいです。この映画を見るにあたって、それに優る組み合わせはない。別れたカップルが見るに適した映画って、実は世の中に多いと思う。そんな状況は現実にはないんだけど。

映画のオチとは

ではそのオチってなんなのか、既に答えてるようなもんだが明確にネタバレすると、並行世界だ。「こういう未来もあったかもしれない」「こうであればよかったのに」という世界と、今そこにある現実を並べることで別れた男女の、とりわけ男性の未練と悲しみを見せつけるようなシーンになっている。この手のオチの方向性自体は全然珍しくなく、王道だと言えるが、尺をとって派手な演出をしたのがこの映画最大の見せ場として十分な機能を果たした。このオチ以前の部分は本当に全部オマケというか、引き立てるためにわざと安っぽくしていたようにさえ感じる。映画全体を明るくコメディタッチに仕上げたのも、オチのギャップを際立たせるためだろう。

これ、感動的か?同情や共感を誘うという意味ではある種の感動だろう。女の人がこのシーンを見てどんな感情をいだくのかは知らないけれど、なんというかまあ正直痛いよこの映画は。痛い。人生で失恋を経験したことがある人なら身悶えする映画なんじゃないか。そういうのももしかすると、過去を水に流せない男性的な見方なのかもしれない。よく「名前をつけて保存」と「上書き保存」で例えられるが、女性の監督で脚本家ならこんな映画にはならないように思う。

思わず泣けるシーン

ただ実際それよりも堪えたのは、セブがひたすらミアを肯定するシーンだった。ミアの実家に押しかけて、スカウトマンからオーディションの連絡が来たことを知らせるセブ。しかしミアは行かないと言う。これまで何百回とオーディションを受けて落とされ、自分にふさわしくないことが痛いほどよくわかり実家にまで戻ってきたのに、これ以上期待してまたオーディションに落ちたら今度こそ自殺してしまう、だから行かない、役者はもう諦めたと言うミア。しかしセブは「君にはできる」「君は赤ん坊みたいに泣いているだけだ」「明日はオーディションがあるからここで待っている」と強引に話を進める。

結局オーディションに行くことになり、終わった後も「多分ダメだった」とこぼすミアにしつこく「受かった」と言うセブ。「もうがっかりしたくないの」とミアは言うが、ジャズピアニストであり自分の店を持つことが夢だったセブは「わかるよ。その気持は僕も知っている」と答える。そして「私たちこれからどうなるの?」というミアの問いかけに対し、

「Because when you get this(君が役をもらって以降は)」

「If I get this(仮に、受かったらね)」

「When you get this(君が役をもらって以降は)
You got to give it everything you got,(全てをささげなければいけない)
everything, It’s your dream(全てだ。だって君の夢だったんだから)」

わかりますか、この全肯定感。こんな全肯定うらやましすぎるでしょ。生きているうちに一度でもこんな全肯定にめぐりあいたい。否定されることばかりだったし、否定することばかりだった。例え結果がダメだったとしても、うまくいかなかったとしても、人は周りの肯定という支えさえあればこれからもやっていけるんじゃないか。僕らに必要なのは、人を肯定して支えることであり、人から肯定されて支えられることじゃないか。

楽しい映画ではなかったけれど

その後に待っているのがあのオチです。すごく悲しい話で、僕はこの映画を楽しかったと言って終えることは全然できなかったけれど、それでも古典的なよくできた映画だと思いました。