「エンドレス・ポエトリー」見てきた #サイコマジックBOMB

チリの映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーの「エンドレス・ポエトリー」を見てきた。京都で上映しているのは3月閉館予定の京都みなみ会館。初めて行った。すごいレトロな映画館でスクリーンは一つだけ、男子トイレと女子トイレはパーテーションで区切られてるだけ、上映時間前にはスクリーンを取り囲むベンチに観客が座って待っており、開場時間になると受付番号順に呼び出され客席に入っていくという独特のスタイル。

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3人で行った

映画は去年知り合った3人で観に行った。ホドロフスキーの最新作が上映されるということで、今までにホドロフスキー見たことがなかったから一度見ておきたかった。でもまあ、普段から映画館に行かない身としては、映画館に行ってまで映画見るのがなかなかめんどくさい。

映画好きの人に評判を聞こうと思い

「ホドロフスキーって見たことあります?今最新作やってるらしいんですけど」と言ったら

「そうなんですか?名前は知ってるけど見たことなくて、見てみたいです」と返ってきた。

あ、これは僕と一緒だ。

この人と別の人を混じえて飲む機会があり、どんな流れだったか忘れたけど、「また3人で飲みに行きたいですねー」とかそんな話だったと思う。だったら、と思いここで再びホドロフスキーの話を振ってみた。

「ホドロフスキー見に行きませんか?見たことないけど、なんかすごいらしいんで」

そうやって3人で観に行くことになった。約束をしたのが12月の半ば、それ以降映画について触れたのは年末に1度だけ。勢いで誘っただけだから「本当に行くのか?」と半信半疑だった。

当日、僕は覚えていたが、いまだ「本当に行くのか?」と思っている。他の2人には確認をとらず、流れたら流れたでまあいっかーと思っていた。しかし一人から「今日ですよね?」と言われ、その後もう一人から「何時に出ますか?」と聞かれたので、映画観に行くんだなーという実感が高まってきた。誰かと映画館に行くのは去年の「この世界の片隅に」以来1年ぶり。

初みなみ会館

夕方からの上映だったので、5時過ぎに映画館へ向かう。京都みなみ会館は九条という京都駅の南側近くにある。地下鉄で九条まで乗ってそこから歩いた。歩いている最中には、一緒にいる人の一人がマンガ家なのでまたマンガの話をしていた。かいつまんでまとめると、

  • 自分の感性に自信がない
  • 影響を受けたマンガはない
  • 他作品もあまり摂取していない

そんな話。そうこうしているうちにすぐ映画館へ着いた。映画館は冒頭述べたようにレトロな雰囲気。チケットを買い、待合スペースで前の上映が終わるのを待つ。みなみ会館ではオールナイト上映を頻繁にやっており、今後の上映スケジュールなどを見ていた。

スクリーンの入場時間になると受付番号を呼ばれ、入場する。僕と一人は初みなみ会館である。もう一人は一度来たことがあり、前回はチェブラーシカの映画を見たそうだ。特別ゲストとしてチェブラーシカの着ぐるみが来ていたが、大人ばかりの観客はノリがあまりに悪く、場は白けていたらしい。

京都みなみ会館

初ホドロフスキー

上映開始。我々3人とも初ホドロフスキーである。もうぶったまげた。今までにそこそこな数の映画を見てきたが、こんな映画は今まで一度も見たことがない。まず第一に驚くのが、最初から最後まで性表現の連発、不必要なまでに陰部見せまくり、それがなんというか、まったくエロくない。アート表現だからエロくないというのではなく、ただ単にエロくなかった。

一応アート映画なんだけど話の筋はしっかりしていて、内容がわからないということはない。しかし細部に至っては本当にわけわからないギミックがずっと続いている。頭のなかではずっと「なんなの?」と連呼しながらおかしくて笑ってしまう、そんな不思議な世界に連れてこられた。展開の先が読めないとか、そういう次元の話ではない。ストーリーはわかるんだけど、一体何をやっているのかわからない。全部ギャグなんだろうか?

舞台のようで、ミュージカルのようで、それらの枠におさまりきらずそれらの要素が全て詰まった映画という感じ。一応ストーリーを述べておくと、父親から医者になれと言われるホドロフスキー少年は、本当は詩人になりたかった。しかし詩集を読んでいれば父親から「オカマになる」と言われ窓から投げ捨てられる。母親は慰めようとするが、所詮は父親の言いなり。そんな家が嫌になり、ホドロフスキー少年は家を飛び出す。いとこが紹介してくれた芸術家集団ハウスの住人となり、気鋭のアーティストたちに刺激を受け、バーで恋人を作り、自由を手にする。そういうホドロフスキー監督の自叙伝となっている。

ホドロフスキー表現を見慣れている人は、もっと自然に内容に踏み込めただろう。初ホドロフスキーとしてはあまりに強烈過ぎて、ずっとショックで内容どころではなかった。映画が終わった後、僕ら3人はしばらく「すごかった」「なんだったの?」と混乱していた。映画館を出て歩いているとようやく目を覚まし、細部についてぽろぽろと言葉が出てくる。「めっちゃおかしかったけど笑っていいのかわからなかった」「あそこが変だった」「あそこはなんだったの?」とにかく全部が突っ込みどころだった。そのあと京都タワーの下で食事をすることになったが、なかなか映画の話題から離れられなかった。自宅へ返ってからは公式サイトを確認し、メイキング動画を見て、ホドロフスキー監督が来日した際の説法まで見た。

今はどんな映画を見ても驚かない。ホドロフスキーショックが大きすぎて。エンドレス・ポエトリーはそんな映画でした。

「リアリティのダンス」は「エンドレス・ポエトリー」の前編ですが、見ていなくても平気です。