バイトの話

バイトの話って言えば今生活のためにしかたなくやっているバイトの話で、少しでも働かずに暮らしていければ理想なんだがなかなかそうもいかない。それでも、最近始めたバイトはこの数年の間にやっていたラーメン屋や農業にくらべ、気持ちの上でかなり楽だ。初めからわかりきっていたことだけど、飲食業や肉体労働といった「いわゆるそっち系の仕事」はとことん向いていない。カナダのラーメン屋に関して言えば2ヶ月でクビになった。オーストラリアの農業については良い扱いを受けて給料も良かったものの、虚無的な日々を送っていた。虚無的という意味では今もそれに近いが、農場にいた頃は週休1日で労働時間が長く、周辺に何もなくて他にやることがないため抜け殻状態だった。

では今はどうか。初めてまだ1ヶ月ぐらいでこれからどうなるかわからないし、元々短期のつもりではあるけれど、とりあえず今のところは落ち着いている。毎日目覚めるのが嫌になったりするようなことはない。めんどくさいことはもちろんどこにでもあるが、まだできて1年経っていない職場で手探りのことも多く、ルールもそこまで確立されていない。何より、一人でやる仕事というのが良い。決まった時間はあるが、ある程度自分の裁量で物事を進めることができる。縛られた環境の中で決められた作業をするのが本当にダメらしい。

自分が本来やること、やるべきことは置き去りになっている。そんなものはあるのかというと、無いに等しいんだが、段々と遠ざかっているように思える。自分って何なんだ、自分の人生って、優先事項って、必要なことって、やるべきことって、そんなものがどんどん曖昧に希薄になっていく。もともとなかったような気もするし、何もかもがどうでもよくなってきた。今の環境は長く続くものでもないのに、自分という主体そのものを見失ってきている。あれ、何がしたいんだっけ、どうしたいんだっけ、そもそも。よろしくないとは思いつつも、頭がぼやけて寝ているのか起きているのか区別がつかない。

バイトの話に戻ろう。バイト先は、何がしたいのかよくわからない。経済活動だから数字の目標はある。ビジョンもおそらくある。でもそれは提示されない。「こうなんですよ」とわかりやすく説明はされない。そういう意思は見られない。だから周りは戸惑う。とりあえず目に見えることだけを追いかける。しかし反応はない。手の届く範囲で、手近なところで、理解できることだけを相手にしている。しかしそれでは不満なようだ。指示は出されない。どう指示していいかもわかっていないと思う。そもそも指示を出そうなどという意思さえ感じられない。そうやっていくうちに時間は過ぎていく。

「なんとなく偶然が重なってうまくいけばいいのに」

そういう意識が世の中に多すぎると思う。実際は口に出さなければ考えていることは伝わらないし、動かなければ前に進まない。たまたまビギナーズラックのように事がうまく運ぶことはあるかもしれないが、よほど徳を積んだ人でない限り毎回そうはならない。誰も自分の意志なんて汲み取ってくれないし、代わりに物事をうまく運んではくれない。さらにさらに、口に出したところでうまく伝えるのは至難のことであり、動いたところで現実を前に進めるのは困難だ。なのに、言葉にしようともしなければ、動こうともしない。「なんとなく偶然が重なってうまくいけばいいのに」と思うだけ。いや多分、何か一つの大事なことには全力を注いでいるのだろう。全部に全部意識を集中できないというだけで。そうやって誰一人まともに相手をしない物事が形だけを成して、いつまでも同じ場所に取り残されている。そういうところでバイトをしている。

僕自身も、誰もが通り過ぎていくだけの場所に意識は割けない。権限もない。ただなんとなく煩わされ、やり過ごしている。願望があるなら、言葉にしなければ伝わらない。行動しなければ事態はいつまでも前に進まない。