良い家に住みたいと思わなくなった

良い家とは健やかな家庭という意味ではなく、建物の方だ。僕は今家賃$250/月(水道光熱費含)で部屋の壁とか剥がれている。広さも2畳ぐらい。でも特に不満を感じなくなった。それどころか、友人が住む豪華で綺麗なコンドミニアム、作りも新しく夜景なんかも良くて、僕がいた業界ではそういうのを「パリっとした」と言うのだけれど、中に入れば70inchぐらいのデカいテレビがあり、革張りのソファとダイニングテーブル、照明なども凝っていたりするが、そういう家に住みたいと思わなくなった。5年前まではそうではなかったけれど、今はもう、仮にお金に余裕があっても家には使わない。

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憧れのマイホーム

元々そうではなかった。小学生の頃、僕はマンション暮らしだったから持ち家(もちろん親のという意味で)に憧れていた。友達の家に行ったりして、家がデカかったり綺麗だったりかっこいいと羨ましかった。それは日常生活の便というよりも、自宅に友達を呼ぶ時に顕著だった。多くの友達を家に呼べるとか、庭があって遊べるとか、女の子に対して印象が良かったりとか。だから中学生の時親が持ち家を購入し、僕に6畳の洋室が与えられた時は嬉しかった。僕はそれまでの貯金を費やし、自室に家具やテレビ、ゲーム機などを購入し、理想の部屋をつくりあげた。

やりたい放題の一人暮らし

そこも大学生ぐらいになると狭く感じるようになった。就職してからは大阪で一人暮らしを始めた。その後も名古屋、大阪とワンルームマンションを借りることになり、その際は条件として築5年以内、見た目が綺麗、バス・トイレ別、フローリング、室内洗濯機置場、そういう基本的な部分ではあるけれど、こだわっていた。広さも7畳は欲しかった。

部屋に置いていたソファはNoyesというところのソファだ。ベッドや本棚、コートツリー、他に加湿器といった些細な家電などは無印で揃え、デスクはなくコタツテーブルで、その上にiMacを置いていた。あとはなんだろう、僕はテレビを置かなかった。自炊をしなかったから炊飯器もなかった。掃除機や洗濯機は普通のものを家電量販店で購入。マンションによっては浴室乾燥があった。夏は床に、ヴィレッジヴァンガードで買った赤い綿のラグを敷いていた。冬は茶色で毛の長い毛布みたいなカーペットを。ゴミ箱やバス用品などの小物は大体フランフランで買っていた。全体的に派手でも高級でもなく、ごちゃごちゃしておらずシンプルな部屋だったと思う。

シェアハウスで落ち着く

たった1年だけど日本でもシェアハウスをしていた。と言っても安い家を借りて所有者に許可を得てやっていただけだ。商業的なものではない。古い家だけどリビングは洋室で共同の和室もあり、個室も洋室が3部屋、和室が2室の5LDKだった。これが大阪の本町まで通勤30分圏内、月9万円ぐらいだったから本当に安かった。風呂やキッチンはほぼ新品に改装されていた。ウォシュレットはなかったが元々僕は使わない。

そこに置いた家具などは僕が元々使っていた物で、本棚や本、テーブル、ソファなどは全てリビングに設置し、主に共同で使う部屋の壁に写真を貼ったりポスターを貼ったりして、ちょっとかっこつけた雰囲気などを出そうとしていた。住む人や外国人のカウチサーファー等、遊びに来る人を呼ばないといけなかったから。その時期から自分の部屋にはほぼ何もなかった。服とかの収納とベッドぐらい。

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シェアで住んでいた家

考え方が変わった

今となっては、もっといい家に住みたいとかは全く思わない。「いいに越したことはない」とさえ思わなくなった。そもそもシェアを始めたきっかけが「家にお金を使うのが無駄」と思うようになったからだった。これは以前にも書いたけれど、例えば仕事をしていたら家にいるのは寝ている時間だけだ。会社員の頃だとだいたい1日のうち15時間は働いていたから、通勤を除くと8時間。そのうち6時間は寝ている。平日自宅で過ごす時間というのは1日たった2時間しかないということになる。外食などをしたらそこからさらに減る。休日も家にいる時間が短かったため、全体的に家で過ごす時間はほぼ寝ている間だけなのだ。それに月数万の家賃を払い家具家電を揃え快適な暮らしを維持する、というのは無駄でしかないと思った。シェアは初期費用も友人と折半し、僕が個人で負担していた月々の家賃は1万5千円だった。これが今までで一番安かった。

処分した

物が多いとスペースが取られ、維持費用、引越代(僕は引っ越しが多かった)、処分費用などもバカにならない。しかもそれが、ほとんど使わないとなると「これ本当に必要か?」という思いが強くなった。僕はシェアハウスを引き払い、トロントに来るまでの半年間(失業保険受給期間)を実家で過ごさせてもらった。シェアで同居していた友人が結婚し、ソファやiMac、冷蔵庫など必要な物は彼にあげ、余ったベッドや家具家電などをほとんど処分した。実家に持って帰ってきたのは本棚と増えた本ぐらい。あと服。服もかなり捨てた方だけど、実家にはスーツや靴、帽子なども含めまだたくさん残っている。

今はトロントに仮住まいだから、所有品というのは限られている。バックパック、ショルダーバッグ、デイパック、冬用のジャケットやブーツ、手袋、帽子など、他に季節ごとの一週間分の服、洗面用具、あとはもうカメラとMacBook Air、数冊の本とKindleぐらい。こっちは家具が備付けのところに住んでいるから、自分で揃える必要がない。備付けと言ってもベッドと布団、デスクがあるぐらいだ。テレビも洗濯機も乾燥機もない。電子レンジや冷蔵庫は共同だ。これで一年以上暮らしている。今みたいな冬の季節なんかは自宅で過ごすことも多いけれど、やっぱり必要以上の物はいらないという思いが強くなった。それよりも身軽であるほうがいい。こっちで買った服は$5とかばかりだから引越の際に捨てたらいい。こういう考え方になったのは、年をとったからかもしれない。

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トロントの部屋(と言うか物置?)

そのうち日本に帰っても、今と同じような住み方を続けるか、もしくは今以上に質素な生活を始めると思う。最新の機能、利便性、かっこよさ、こだわりなんかはせいぜい趣味なんかに費やせばそれで十分だろう。僕はそれも無いんだけど。