13日目 イスラエルへ入国する

前回の続き

入国のため列に並ぶ。前に並ぶ人が携帯で写真を撮っており、それを見かけたセキュリティが注意している。どれぐらいの人が並んでいるだろうか、ツアーっぽい団体客は西洋人の高齢者が多い、それ以外に中高年の中国人団体客もいる。この列に日本人らしき人は見かけない。その他多くがアラブ人だ。というのも国境を越えたすぐの場所はアラブ人の国、パレスチナに位置する。このヨルダン川西岸地区は非常にややこしく、パレスチナという地域ではあるが行政権や警察権などイスラエル軍が握っており、その権利の配分度合いでA、B、C地区と分かれている。このキングフセイン橋、アレンビー橋の国境自体もイスラエルではなくパレスチナの国土となっているが、管理しているのはイスラエル軍となる。イスラエルとその周辺アラブ諸国の国境は戦争や協定を経て幾度も改定されている。

パレスチナ自治政府 - Wikipedia

全然進まない列に並んでいると、声をかけられた。

「すみません、ちょっといいですか。私はセキュリティの者ですが、少しばかり質問したいことがありまして」

先ほどのキッパを被ったヴォルク・ハンだ。微笑をたたえてそう話しかけてきた。

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本物のヴォルク・ハン

 

「あ、はい、なんですか」

「ここではなく、奥で質問したいのですがこちらへ来てもらえますか。あなたは少しナーバスな雰囲気がありまして」

おお、これが噂に聞く別室送りか。何か変な荷物が見つかったなどではなく、ただ並んでいるだけで!見た目で判断されちゃった!そんなにおかしな見た目じゃないと思うんだけどな。髪は長いけれどまとめている、昨日ヒゲも剃って、サングラスはかけているけれどこちらの日差しだと誰でもそうだ。

「このサングラスのせいじゃないの?」

取り外して目を合わせた。

「そうではありません」

ヴォルク・ハンは笑顔のままそう答え、奥へ連れていこうとする。決して乱暴でも不躾でもなく、丁寧な言葉遣いと対応が余計に怖い。目が普通に怖い。そうやって僕は、多くの人が並ぶ列を途中から抜けて奥の別室へと連行された。チェコ好きさんも僕に付いてきたが、部屋の前で待機していてほしいと言われイスに座って待っていた。

別室と言っても扉はなく、イスがあるだけでそこに座ってくれと言われる。部屋の外には先ほどのヴォルク・ハンがうろうろしている。太った女性のセキュリティが中に入ってきて、僕に質問をしてきた。

「まず、武器は持っていませんか」

「もちろん持っていない」

「ここに来るまでに誰かから何か預かったりしていませんか」

「していない(ただNoと答えただけ)」

「ここに来た目的は」

「ただの観光」

「どこを観光しますか」

「エルサレム」

「具体的には」

「具体的?西壁とかヴィア・ドロローサとか、岩のドームとか」

「あなたはどの宗教に属していますか」

「宗教?僕は日本人だから信仰はないよ」

「では何故、そのあなたが信仰の聖地へ訪れるのですか」

「だからただの観光だよ」

「こちらに知り合いはいますか」

「いない」

「何日滞在しますか」

「4日」

「滞在先は」

「エルサレムのホステル」

「なんというホステルですか」

「忘れた。予約票があるけれど、もう一人が持っている」

「イスラエルの後は日本へ帰られますか」

「ギリシャへ行くよ。Eチケットもある」

「見せてもらっていいですか」

「もちろん、でもリュックに入っているから」

「取りに行ってください」

別室を出てリュックのある場所へ向かう。僕のリュックは既にスキャンが終わっていた。中からEチケットを取り出そうとしたが書類が何枚もあるためすぐに取り出せない。リュックごと持って行こうとしたら

「そのまま!」

先ほどのヴォルク・ハンに止められた。

「そのまま書類だけ持ってきてください。バッグは置いて」

銃か爆弾を出すとでも思ったのだろうか、スキャン済みのリュックにこの執拗さはなんだ。僕はリュックからEチケットを取り出し、女性のセキュリティに見せた。

「日本語だからわからないかもしれないけれど、日付と行き先は見たらわかると思う」

「パスポートも見せてください」

パスポートを渡した。

「モロッコとヨルダンにはどのような目的で行きましたか」

「観光」

「向こうに知り合いはいますか」

「いない」

「向こうで何かを受け取りましたか」

「いない」

このようなやり取りが延々と30分以上続く。

「職業はなんですか」

「無職」

「ここに来るお金はどうやって得ましたか」

「貯金がある。その前にオーストラリアで働いていた」

「何故日本人のあなたがオーストラリアにいたのですか」

「ワーキングホリデーだよ」

「オーストラリアでは何をしていましたか」

「農業」

「どれぐらいいましたか」

「半年ほど」

向こうは時折かなり高圧的になり、僕の言っている言葉を理解しようとしたり僕もうまく伝えようと言い方を変えたりしていて時間が過ぎた。セキュリティのチェックは終わった。

「どうぞ、行ってください」

「終わり?」

「終わりです」

荷物を持って先に進んだ。チェコ好きさんはその間ずっと待っていた。去り際にヴォルク・ハンとセキュリティの女性が何か話しているのが聞こえる。「カミカゼアタック」という言葉だけ聞き取れた。一つだけ良かったのは、この別室送りのおかげで列に並ばなくてよかったことだった。それ以上に時間はかかったが。

その後通常の入国審査があり、入国の手続きは終わった。多少の現金両替を済ませ、建物を出るとバスの切符売り場がある。バスはエリコ行きとエルサレム行きがあり、エリコ行きは13シェケル(約400円)、エルサレム行きは47シェケル(約1,400円)だった。エリコは国境の近くで用事もないためエルサレム行きを買い、8人乗りぐらいの乗合バスに乗った。乗客が満員になるまでバスは発車しない。20分ほど待ってバスは満員になり、発車した。バスに乗ったのは、入国の列に並んでいたようなアラブ人ばかりだった。

乗車から40分ほど経ったところで城壁が見えてきた。エルサレムだ。乗客は少しずつ降りていく。どこで降りたらいいのかわからず、適当な場所で降りようとしていたら乗客の一人から「終点で降りればいいよ、ダマスカスゲートだろ?」と聞かれ「そうだ、ありがとう」と答えた。そして終点で降りる。時間は12時半、アンマンで朝7時のバスに乗ってから5時間以上経っている。バスの乗車時間そのものは3時間ほどだっただろうか、入出国とバスを待ったりするのに時間をとられた。

ダマスカスゲートの近くにバスターミナルがあり、そこに降り立つ。このあたりにいる人々はアラブ人ばかり、それもかなりたくさん賑わっている。このダマスカスゲート付近というのはいわくつきで、先月(2016年2月)にも2件ほど刺傷事件があった。爆発物も見つかっている。そういった事件が頻発する場所のようだ。予約したホステルまでの地図を取り出し、ホステルに向かって坂道を登った。旧市街の城壁の外にあたるこの坂道には近代的なトラムが走っている。

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ホステルの方へ近づくに連れて、ユダヤ教の帽子であるキッパを被った人、モミアゲを三つ編みにして真っ黒のハットと長いジャケットを着た、いわゆる超正統派・正統派ユダヤ教徒と呼ばれる人々を多く見かけるようになる。ホステルのある新市街の方は、建物、人、店などからオーロッパの雰囲気が漂っている。近隣の中東諸国とは全然違う街並み、デザイン、ファション、歩道にはいくつものベンチがあり、またレストランやカフェの前にはイスとテーブルが並べられテラス席のようになっている。イスラエルはヨーロッパからの移民が多く、彼らの作った街であることが伺える。

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ホステルを見つけるが、チェックインは2時からということでそこでコーヒーを飲みながら待つことにした。このホステルのロビーはバーカウンターがあり、下手なカフェよりもカフェそのものだ。時間になりチェックインを済ませて部屋に荷物を置くと、僕らは旧市街へ向かった。

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ホステルのロビー

ペンブックス19 ユダヤとは何か。聖地エルサレムへ (Pen BOOKS)

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次回、13日目② エルサレム旧市街へ