「ハイファに戻って/太陽の男たち:ガッサーン・カナファーニー」感想・書評

『ハイファに戻って/太陽の男たち』の文庫を買った。今年(2017)の6月に発売されたものだ。これ、なんで文庫化されてんの? 原著が発表されたのは1960年代、日本語版は2009年に単行本が出ている。著者はガッサーン・カナファーニー、この人有名なの?文庫は新刊として街の本屋に置かれ、帯には西加奈子の推薦文が書かれている。すごく違和感を覚える。

というのは、外国の小説って全然文庫化されていなかったりすぐ絶版になっていたりするから。事情は知らないが、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』だって文庫化されていない。ジョン・アップダイクの『ケンタウロス』だって文庫化されていない。他にも翻訳すらされていない、文庫化されていない、絶版になっている著名な本がたくさんある中で、なぜ『ハイファに戻って/太陽の男たち』の文庫化なんだ。そんな人気が高いの?何か事情があるの?経緯がすごく気になる。

ガッサーン・カナファーニーはパレスチナ人のジャーナリスト兼作家、パレスチナ解放闘争の活動家だった。1972年、レバノンのベイルートでイスラエルの諜報機関モサドによって車に爆弾を仕掛けられ、暗殺されている。一方で小説はというと「現代アラビア語文学の傑作」と評価されている。このような経歴の著者だから、読んで幸せな気持ちになる作品ではない。しかし人間生きていれば、とことん悲しい気持ちになったり暗い気持ちになりながら、悲劇について考える時間も必要なはずだ。

ガッサーン・カナファーニー - Wikipedia

現代アラビア語文学が千円以下で所有できる

イスラム教や中東、パレスチナ問題について日本語で読める本はたくさんある。それらの多くは日本人やアメリカ人のジャーナリスト、研究者によって外部の視点から調査され、まとめられたものだ。だとすると現地のパレスチナ人が書いたものを、小説という形で、日本語で、それも文庫という安い本で読めることは非常に稀なケースでラッキーなんじゃないか。

僕がこの著者と本の存在を知ったのは、広河隆一という人が書いた岩波新書『パレスチナ』に載っていたからだった。新しい本ではないんだけど読んだのが最近で、本の中で紹介されていたガッサーン・カナファーニーを検索してみたら、2017年6月に文庫化ということを知った。このタイミングも実にラッキーだった。

日本でも代表的なパレスチナ人作家として知られているガッサン・カナファーニという人がいる。一九三六年にパレスチナのアッカに生まれた彼は、やがて離散パレスチナ人社会を移動して作品を発表していく p158

『ハイファに戻って/太陽の男たち』がどれだけ読まれているのか知らないが、もしかするとすぐ絶版になるかもしれない。だってパレスチナ人が書いた現代アラビア語文学だよ?著者の死後間もない年代や日本社会でパレスチナ問題が取り沙汰されている時期ならともかく、2017年の日本で需要があるとは思えない。重版かかるとも思えない。とにかく今のうちに手に入れておこうと思って購入した。

短編集『ハイファに戻って/太陽の男たち』

『太陽の男たち』

パレスチナ難民の3人が業者を雇い、バスラからクウェートへ密入国する話。3人の難民は見ず知らずの他人で、年齢も背景も違う。それぞれの事情を抱えバスラにたどりつき、業者から話を持ちかけられる。砂漠にまつわる描写だらけで、気温と太陽と砂漠がいかに大きな位置を占めているかを感じさせる。この作品はシリアで映画化されている。すごく見にくいが一応英語字幕も有り、YouTubeで見ることも可能だ。映画は小説よりも少し進んだ結末になっている。

『悲しいオレンジの実る土地』

お祭りの日が過ぎた後に兵隊が来て、強制退去させられ、トラックで運ばれ一夜にして難民となる人々の様子を子供の視点から描いている。子供は難民生活を送るうちに、自身にあった子供時代という時間が失われていくことを実感する。この後どうするんだろう、この先に何があるというのだろう。もはや生活とも呼べない境遇に追いやられてしまったとき、人はどうやって生きていけばいいのだろう。

宗教色の熱烈なまでに強い学校で育てられたぼく自身、あの時神というお方は、本当に人間を幸せにしたいと思っているのだろうかと、疑わずにはいられなかった。 p110

『路傍の菓子パン』

難民児童学校教師が、放課後靴磨きをやっている生徒の事情に打ちひしがれ、陰から支援したいと思う話。教師はかつて同じ境遇にあり、同情心に駆られるも、相手の立場や気持ちが手に取るようにわかるゆえに、すんなりと手を差し伸べることができないもどかしさ。平然を装っていれば裏をかかれ、奇妙な相互関係が生まれる。

その子は別段靴を見るでもなく、ちょうど機械が何かを吐き出すように口を動かして言った。
「鏡のようにしますぜ、だんな!」 p122

『盗まれたシャツ』

難民キャンプで暮らす家族の父親は職が見つからず、国連の配給だけでひもじい生活をしている。妻の「仕事、見つかったの?」という詰問に耐えかね、痩せ細った息子を靴磨きにやらなければならない運命に抗うため国連の配給所から盗みを企てる。目の前に食べ物がないことに対する生半可ではない絶望と憎悪が力強く表現されている。

妻のおそろしい無言の視線が、彼の腕にぶらぶらゆれている絞り首の死体のような空の粉袋に注がれた時、彼は無数の手が自分の喉もとをしめつけるような痛みにつらぬかれたのだった。 p153

『彼岸へ』

尋問中、窓から飛び降り逃げていった若い男性は、難民キャンプで暮らすパレスチナ人だった。役人が自宅へ戻り、夕食のスープの前でうたた寝をしていると、先ほどの若い男性が現れる。難民キャンプは、祖国を追われた難民たちが別の国で一時的に滞在する場所として作られる。この『彼岸へ』は難民キャンプで暮らす人間からの、難民受け入れ国の要職につく男性への訴えである。男は余所の国で難民として暮らす人間の心情を語っている。

“それじゃあ、どうする?”なんてのは金輪際ありゃしないんですよ。俺の生涯、俺だけじゃねえ、俺たちの生涯ってのは、俺たちの抱えている問題と並んでひっそりとつつましく延びている、もう一本のまっすぐな線のことじゃあねえかと俺には思えるんですよ。この二本の線はいつも並んで走っていてね、決して合わさることはねえんですよ。 p167

『戦闘の時』

難民キャンプで二世帯18人が一つ屋根の下で暮らす、一風変わったコミカルな話。人数の多い家族の中では、何もかもが奪い合いになる。特に慢性的に不足している食事とお金。それは家庭内に限ったことではなく、外へ出ても日常的な奪い合いに晒される。そんな『戦闘の時』における束の間の希望を描いた作品。

誰一人道徳はどうしたなんて、問う者はいないんだ。そんなことを言う奴がいたら、さぞかし滑稽に見えるだろうなあ。どんなふうにでもいい、どんな手段を使ってでもいいから生きのびること、それこそが、立派に徳を達成することになるんだよ。 p181

『ハイファに戻って』

1948年、ナクバ(大災厄)と呼ばれる年、人が住むパレスチナの地にイスラエルは建国された。デイル・ヤシーン事件なども起き、パレスチナの地を逃れた70万人もの人が難民となった。海沿いにあるハイファという街は総攻撃を受けた。それから20年ぶりにハイファへ戻ることができた夫婦、サイードとソフィア。近づくに連れ、彼の中では20年前のことが、今その場で起こっている出来事のように甦る。そして自分たちが住んでいた街は、家は、彼らに見知らぬ顔をした。この短編集の中では最もはっきりとパレスチナ問題について書かれた作品だ。パレスチナ人の意見をユダヤ人に対して理性的に表明している。

その人間が誰であろうと人間が犯し得る罪の中で最も大きな罪は、たとえ瞬時といえども、他人の弱さや過ちが彼らの犠牲によって自分の存在の権利を構成し、自分の間違いと自分の罪とを正当化すると考えることなのです。 p257

パレスチナ問題

他にパレスチナ問題を取り扱った作品としては、パレスチナ出身の監督が作った映画『パラダイス・ナウ』を以前にとりあげた。このタイトルはベトナム戦争を舞台にした『地獄の黙示録』こと『アポカリプス・ナウ』が元になっているのだろう。

僕がパレスチナ問題に関心を持ったのは、ちょうどオスロ合意の頃だったと思う。1993年、アラファト議長がよくテレビに出ていた。当時小学生だった僕の中で、アラファト議長はアラブ人の代表だった。しかしアラファト議長が所属するPLO、その構成員であるパレスチナ人という人たちは、他のアラブ人とは違う特殊な状況に置かれていることを知った。国を持たない。祖国はシオニスト、イスラエルに蹂躙されている。それに対し、ゲリラ戦法で戦うPLO。他のアラブ諸国からは厄介者のように扱われるPLOとパレスチナ難民。

本を読んだりまともに調べだしたのは最近だった。『映像の世紀』で見たり、『世界史の中のパレスチナ問題』を読んだり、他にもネットを読み漁ったり、そして去年にはパレスチナの地を訪れた。と言ってもガザの難民キャンプではなく、観光客も訪れやすいベツレヘムだが。

今回またパレスチナ人側の小説を読んだが、これまでにも様々な形をしたパレスチナ問題に関するものに触れてきて、どうもユダヤ人側、イスラエル側を道義的に擁護する根拠が見当たらない。侵略とはいついかなるときも己の利益のみを根拠にしていると言えばそうかもしれないが、彼らは歪められた大義の元で戦うことに疑問を感じないのだろうか。そこまではっきりと割り切れるものなのだろうか。後悔の念はないのだろうか。でもイスラエルに限らず、人間集団とはそのようなものなのかもしれない。これらは我々の身にも等しく起こり得る悲劇だと感じる。