「行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険」感想・書評

まとめサイトから出版された本。旅行の気分を盛り上げるために買った旅モノで、一人の男性が冒険旅行に目覚める経緯と、その冒険譚を書き記したもの。少し前に話題になった。冒険とは言うが、体験に近い。何か具体的な目的があるわけでなく、この本でメインとなるのはモロッコを1000km移動することそのものを目的としている。何かものすごい場所に行くわけではなく、ものすごい物事を発見するわけでもなく、ただロバにリアカーを引かせて長距離歩くことがやりたかったらしい。こういうのを冒険と言うのか。自分の旅行者カテゴリでも冒険者に該当する。

そのやる気はどっから湧いてくるのだろう?

こういう旅は、個人的にはけっこう意味がわからない。人の体験談を読むのは楽しいが、それを読んだとして僕はやりたいと思わないし、この旅自体は何が楽しいのかわからない。登山などと同じようなものか。一番理解できないのは、このモチベーションだ。なんでこんなことを続けたいと思うのか。何が楽しいのか。著者であり冒険者の春間豪太郎は、この旅を敢行するために普段から様々な準備と努力を行っている。

第二章の「ラクダとエジプトの砂漠を冒険」では、渡航以前に以下のような準備をしている。

  • アラビア語を独学で勉強した(文字が読めて、自分の伝えたいことが何とか伝えられる程度)。
  • フェイスブックでエジプトの大学生と仲良くなり、情報収集を手伝ってもらった。
  • 砂漠を旅した冒険家、石川仁さんのトークライブに参加したり、エジプトに何度も行っている人に話を聞いたり、図書館でラクダの生態について調べたりして、砂漠やラクダのことを学んだ。
  • インドネシアを旅行し、実際に数十分間ラクダに乗ってみた。
  • ラクダが逃げ出した時にすぐに気づけるように、ラクダに付ける発信器を自作した。
  • オフライン地図アプリを開発した(距離を測ったり、経路を自分で設定したり、経路からそれた際にスマートウォッチと連携して教えてくれたりするような機能を持ったもの)。
  • 尊敬できる師匠のもとで、キックボクシングを真剣に学んだ。がむしゃらにサンドバッグを叩き続けていたら手に治らない傷ができて、それが今では何かに立ち向かう時の自信になっている。

位置No.211-226

めんどくせえ。この途方もない準備をするにあたってのモチベーションは一体どこから湧いてくるのだろう?これは仕事ではないし、お金がもらえるわけではない。報酬は単純に好奇心が満たせるだけなのだ。そのためにこれだけ頑張れるのだからすごい…。むしろそのためだからこそ頑張れるのか。仕事だからとか、お金のためだと返って頑張れないかもしれない。純粋な興味こそが一番強い動機に結びつくのか。

生活の一部なのか

これらの準備、努力はいざ旅が始まってからも続く。本編であるモロッコ編では、現地の人との関係づくりから始まり、ロバを購入してから旅立つまでに、慣らし運転のような形でリアカーを引かせる。何日にも渡って。

結局この日は前日よりも二キロほど長く歩いたが、その間モカは七回ほど興奮したから、かなり疲れた。こんな調子で何百キロにもわたる冒険ができるんだろうか。しかも、こちらが気を抜くとモカはすぐに道草を食べ始めるので、その点も注意が必要だ。

位置No.822-824

この過程そのものが冒険の一部であり、楽しんでいるのだろうけれど、本を読む限りは淡々と行い、悩み、苦しんでいる様子しか伺えない。なんでこんなことしてんの?という疑問が何度も浮かぶ。やめたくならないのだろうかと思う。本編モロッコ編についてのダイジェストとしては

  • 事前にカメルーンに3ヶ月滞在してフランス語の勉強
  • 基本的に野宿
  • これまでに野宿してきたニューヨークやナイロビに比べれば治安がいい
  • 食事は概ね乾いたパンと水だけ

もう生活の一部なんだ!きっとそうだ。これらをあたり前のこととして日常的に行っているから、苦であるとかそういう感覚すらないのだろう。目的のために必要な過程だから、日常として過ごす。例えば高学歴な人たちは受験勉強をするにあたって、いちいち苦しいとか大変だとか思わず当たり前の努力として行っていた。そういうことじゃないだろうか。

「ペット好き」+「旅好き」には天国

この本は旅本であると同時に、ペット愛好本でもある。ラクダやロバ以外にも、モロッコ編においては様々な動物が登場し、旅に同行することとなる。猫、ニワトリ、鳩、犬は旅の途中からキャラバンへと順番に追加されていく。実際旅の話の大半が、これらの動物にまつわる話だ。やれ病気になっては動物病院に連れていき、やれ通りすがりのおっさんにロバを蹴られてはキレ、動物なくしてこの旅も本も成り立たない。

また、僕はペット飼ったことがないからわからないけれど、著者は理想の飼い主ではないだろうか。暴力でしつけるようなことは絶対にしない。餌も潤沢に与え、遊ぶ時間も確保する。最優先で病院に連れて行く。当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、モロッコでは家畜として扱われているロバやニワトリといった動物も大切に扱い、ペット愛にあふれた本なんじゃないだろうか。

それからというもの、ラテは荷車の下に住みつき、おれにもよくなついた。呼んでもいないのにおれの膝に乗ってきて昼寝を始め、おれが撫でると気持ちよさそうに喉を鳴らした。ラテは一日中ずっと荷車の下にいた。

位置No.1007-1009

web版は無料で読める

web版といってもVIPのスレなんだけど、モロッコ編に関しては無料で読むこともできる。他の人のレスが見たい人はそっちのほうがおもしろいだろうし、読みやすい媒体でまとめて読みたい人は本やKindle版を購入したほうが楽だろう。

リアルRPG譚

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それ以外に、現在もキルギスで馬と一緒に旅をする連載を持たれている。

リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険 | 春間豪太郎 | 連載 | Webでも考える人 | 新潮社

この本を読んだ後なら、1000kmの旅は無理だとしても100kmぐらいなら徒歩で野宿の旅行もできるんじゃないかと思えてきた…。いや、それには入念な準備が必要ですよ!主に言語や知識面と体力面で。早まるな読者たち!

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