『騎士団長殺し』の物足りなさ

2017年に出た本で、発売当時は出版イベントなども行われ、NHKクロ現プラスでハルキストも特集され話題になった。2019年に文庫化され、2020年には電子化もされた。「そろそろ読んでおかねば」と思い、重い腰を上げ『騎士団長殺し』を読んだ。ハードカバーだと2冊、文庫だと4冊分ある。分量が多い。だいたい一週間で読んだ。すらすら読める。

感想は、鬼気迫る物語ではなかったし、なかなかコミカルだったとさえ言える。これまでの作品と比べたら特にそう。暗い部分とか、悲痛な展開とかは全然ない。物語は穏やかで落ち着いている。山の上の小屋に住む、画家の生活がよかった。あれはけっこう憧れるんじゃないか。そして、雨田具彦の物語だったら、もっと感動激動スペクタクルだったんじゃないか。ユズはありえない。

村上春樹作品は読みやすいんだけど、直近だと『猫を棄てる』(エッセイ)の方がおもしろかった。著者の態度も本の中身も真に迫るものがあり、それに比べて『騎士団長殺し』はのんびりしていた。物語の舞台となる範囲も非常に狭い。『1Q84』や『多崎つくる』は冒険活劇だった。『ノルウェイの森』は別として、自分の中では『ねじまき鳥』越えはしていない。昭和生まれの平成育ちだからそう思うのだろうか。『海辺のカフカ』はあまりよくわからなくて、『ハードボイルドワンダーランド』はまあこんなもんかと思う。どちらも間を空けて二度読んでいる。

『騎士団長殺し』は以前にも増して、読者へゆだねる部分が多かったように思う。状況がどうなっているのか、よくわからない。主人公もよくわかっていない。検証はするが、説明はない。本当にない。読者は置いてけぼりを食らうか、主人公と一緒になって翻弄される。設定が本当にあるのかさえ疑わしい。「ココ思いつきで書いたんじゃないか?」という部分が散見される。補足が言い訳がましい。

『騎士団長殺し』の主人公は、まるでベルトコンベアのように運ばれていく。作家の色は存分に出ているんだけど、物語に対して主人公の意志であったり、エゴがあまり感じられなかった。あまりにも状況に翻弄されている。今回は「やれやれ」すらない。もうちょっとこう、主人公や作家の意志や判断がある作品の方が好きだった。

落ち着いてしまったのだろうか?そういう時代、世相だろうか。反抗とか反発とか、怒り暴力一切ない。あまりにも核心に迫らないから、人間味がうすいと感じた。ドストエフスキーみたいな激情ほとばしる物語が苦手だという人にはいいかもしれない。手近な範囲のファンタジーとして、終始落ち着いた心境で読み進めることができる。ハラハラドキドキは、うまく肩透かししてくれる。

これを評価する人はどう評価するんだろう?読んでいるときは楽しい。常に続きが気になる手法は、手練のそれと言える。ただ、読み終わると物足りない。もったいぶった割に、落ちは何も言ってないに等しい。最後まで読んで、腑に落ちた感覚はまったくない。最後まで解き明かされなかった謎に、思いを巡らせることもない。僕はやはり、『海辺のカフカ』以降はあまり乗れないなー。展開に乗れない。『国境の南、太陽の西』とかは好きです。

村上春樹小説の特徴として、理想的な環境を追体験する楽しさがあると思う。それさえも今回は落ち着いている。老成している。物語の序盤で携帯(スマートフォンとかiPhoneとは言わない)を捨て、山奥でアナログ回帰も甚だしいアナログ生活を送る。山ごもりブームのさきがけ、予感をしていたのか。

まあそれでも、新作が出たらいずれ読むだろう。一通りチェックする。『一人称単数』はまだ読んでいなくて、そのうち読むと思う。そういう層に支えられている。とりあえず読んでから、あれこれ思う。

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