結婚して3年が経った

2019年に結婚して、丸3年以上が過ぎた。4年目も半分近く過ぎようとしている。かつて付き合っていた人とは、誰とも1年以上続かなかったから、当初は結婚なんかして大丈夫か?という思いがあった。ある種のジンクスのようなものを感じていて、1年経ったら離婚するんじゃないかと心配していた。とりあえず3年も続いている。現時点でそういう心配はない。

ただ3年も一緒にいると、大変なことはたくさんあった。ケンカもした。「これは離婚の危機では?」と思うことも何度かあった。不倫とか裏切りとか暴力とか借金とか逮捕とか、そういう事件はない。意見や価値観の相違だったり、誤解だったり、感情の発露で大きく揉めた。そのたびに、僕らはこのまま一緒に居られるのだろうかと不安になった。

家庭のことはすべて、奥さん主導で決めている。結婚式をどうするかに始まり、仕事をどうするか、子供をどうするか、住む家をどうするか、など。僕の意見は基本的にない。それらは僕にとって関心のないことばかり。結婚式をやろうがやるまいが、どちらでもよかった。僕は仕事はなんでもよかった。子供もいようがいまいが、どちらでもいい。家にこだわりもない。

奥さん主導といっても、奥さんが一人で勝手に決めたわけではない。「家族として一緒に暮らすのだから」といって、僕の意見を聞かれた。奥さんは僕の「やりたいように任せる」という態度を嫌がった。家庭における大切なことを自分一人に押し付けられ、判断だけでなく責任まで負わされるようで、分かち合って欲しかったようだ。結婚式も、仕事も、子供も、家も、いったいどうしたいのか。強いて自分の希望を言うとすれば、という前置きありで意見を出した。それらはことごとく奥さんの希望と合わなかった。僕は、強いて言う程度の合わない僕の意見と無理して妥協するより、意思のある人がのびのびと自分のやりたいように決めてほしかった。しかし相手はそうすることを望まなかった。

僕らは性格も思想も、大事にする価値観も全然違う。奥さんは保守派で、僕はどちらかというとリベラルだった。奥さんはどちらかというと感覚に重きを置く人で、僕は道理を大切にしていた。奥さんは幅広く多くの人に共感するけれど、僕は基本的に誰一人として共感できないから、理屈でその溝を埋めてきた。人付き合いは誰ともうまくいかない。それはそれでいいというか、仕方ないと思っていた。改善するつもりがなく、後悔もない。人は人。

しかし家族として一緒に過ごすからには、そうもいかない。理解ができず、意見が合わずとも、投げやりではない形で足並みをそろえる必要がある。お互いの妥協点を見つけるにあたっても、自分が、相手が、どの部分をどれだけ妥協しているのか共有し合った。僕は何事も一方的ではなく、対等でありたかった。それがまともな人間関係だという信条がある。

僕ら二人は、大切にしていることだけでなく、物事を決める手順も進め方も全然違った。奥さんはいろいろな案を片っ端から挙げ、それらを比較してより良い案を絞り込んでいくブレーンストーミングのような決め方。僕はまずゴールを設定し、そこにたどり着くまでの条件や道筋を計算し、決めた方向に向けて一歩ずつ歩みながら問題を解決していくやり方。

その二人が同じことを一緒にやろうとして、お互いがお互いのやり方しかできず、お互いを把握せず、理解もできず、意見も合わず、物事を進めていくのはとても大変だった。それは今もずっと実感している。では、気が合う人だったらよかったのか?似た性格の人だったらよかったか?同じ思想の立場で、話が通じる人と結婚しておけばよかったか?そうは思わない。むしろそんな人はいないと思う。僕は誰かと性格ぴったりなんて思ったことがない。お互い違う者同士として、一番話し合えるのが奥さんだった。

僕らの揉め事は、意見の齟齬によるコミュニケーションの問題。それと、自らの体調を読み違える問題。日々生きていく中で大変なことがたくさんあり、とても深刻で、お互いが冷静ではいられなかった。疲れていたし、深く傷ついていた。そういう負荷が重なり、相手を思い遣る余裕がないまま突っ走ってしまったことで、より問題が拗れた。

3年経ったが、うちには子供がいない。作ろうとしてみたが、うまくいかなかった。奥さんが不妊治療をやったり、ある程度大変な思いをしていた。まだ手段は残されていたが、これ以上はもういいかということで、一応子供をあきらめた。僕も奥さんも、めちゃくちゃ子供が欲しかったわけではない。どちらかというと、僕らの親に孫を見せるのが目的だった。

しかしこの3年の間に、奥さんの母親が亡くなり、続いて僕の父親が亡くなった。いずれも孫を見たがっていた方の親だった。それぞれ別のタイミングで、どちらも癌で亡くなった。こんなにも性格の異なる僕ら夫婦が、今もお互いを大切に想い、仲良くしていられるのは、この3年の間に両方の親の看病だったり、家族との関わりに必死だったことも大きい。そして孫を欲しがっていた親を亡くしたことで、頑張って子供を作ることをあきらめた。

もし親が健在で、コロナもなく、2018年までの状態が今も続いていたとしたら、僕らの3年にわたる結婚生活も、もっと穏やかで余裕のある、お互いを思いやれるような時間を過ごせていたかもしれない。同じ問題にぶち当たったとしても、もっと穏当に話し合えていたんじゃないか。どうだろう、そんなことを考えてもあまり意味はない。

これからも、まだまだ心配なことがたくさんある。不安の種はいくつも出てくるだろう。また同じようなことで揉めたり、違うことで衝突することがきっとある。それでも僕らはうまくやっていけるとか、今まで通り乗り越えられるなんて、軽々しく思わない。いつも、危機感を大事にしたい。不断の努力で、これからの夫婦関係の維持、改善、そして発展に努めたい所存であります。甘えるな俺、手を抜くな俺。生きることは大変だ。苦難の連続だ。どんな状況でも決して邁進できない。