#イラク水滸伝 を読んで「あれ、もしかしてイラク行けんじゃねえの?」と思った

辺境作家、最近は普通にノンフィクション作家と名乗られている高野秀行の最新著書「イラク水滸伝」を読んだ率直な感想は「あれ、もしかしてイラク行けるんちゃうん?」だった。実は以前の著書「謎の独立国家ソマリランド」でも同じことを思った。僕は結局訪れなかったが、実際ソマリランド本を読んで現地を訪れたという人の話がネットにたくさん転がっている。今回のイラク本もきっとそうなるに違いない。「あれ、もしかしてイラク行けんじゃね?」と思ったのは、僕だけではなかったはずだから。

当たり前だけど、イラクはずっと行けない国だった。イラクと言えば続く動乱と内戦。高野さんでさえも、行きたくてもずっと行けなかった国(P9)。今もそのまんまだと信じていた。この本で高野さんは、2018年からイラクを訪れている。その当時はまだ爆弾テロがあったみたいだけど、それでもかなり治安が改善していた方で、現地にイラク人の保証人がいれば30日以内の滞在なら許される状態だった。

2023年の今はもう「イラク名物爆弾テロ」がなくなってきているそうだ。「イラクを危険な国と恐れているのはもはやアメリカと日本ぐらい」とまで言われている。首都バグダードにはAirBnBが登場し、企業の進出だけでなく観光客まで訪れている(P465)。今回「イラク水滸伝」の舞台となった湿地帯アフワールも、高野さんが訪れているときに一人だけスペイン人の観光客が登場する。TikTokには観光動画があがっていた。marsh arabと検索すればいくつも出てくる。

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女性ばかりだ。危険かどうかの基準で、女性が安全に旅行できるというのは大きい。こんなんを見ると「全然行けるやろ!」と思ってしまう。

ただこの本の段階で言えばまだ、アラビア語ができて現地にイラク人の知り合いでもいなければ、旅行はさすがに難しそうだ。ジッグラトとか見てみたい。今回高野さんも訪れている。

「イラク水滸伝」の内容は、ソマリランドとは違って全然危険な話など出てこなかった。事件に巻き込まれたり、現地のドラッグの話も全く出てこない。高野さんの旅の仕方が安全になったのか、イラクが本当に安全で牧歌的な国なのか。そう、先程の動画を見てもわかる通り牧歌的、あのイラクが牧歌的なんです!今回の旅は都市が少なく、いつものようにハードボイルドな感じはない。反対に自然や歴史にまつわる話が多く、「牧歌的」という言葉がよく似合う。高野さんは砂漠ばかりだと思っていた中東イラクに舟が浮かぶ姿に魅せられ、謎の湿地帯の全貌を調査する。湿地帯の成り立ちから、そこに住む人の生活、文化。

具体的には、現地に今も存在する謎の宗教マンダ教、ゲッサ・ブ・ゲッサという他のアラブ地域には見られない婚礼の習慣、燃料にも家の材料にも水牛のエサにもなる生活の基盤カサブ、そのカサブで作られた浮島で暮らす人たちマアダンと、聞いたことのない言葉の内容が解き明かされていく。文化人類学の本ですね、きっと、文化人類学やったことないけど、これがフィールドワークなんだ、おそらく。

あらゆる意味で、イラクのイメージは覆された。テレビで知っている戦争のイラクとは全然違う面がそこには広がっていた。同時に全く知らない世界が、やはりこの本にはあった。ヨルダンやモロッコ、パレスチナを訪れたことがあり、サウジやリビアの知り合いもいたから、アラブも中東もイスラム圏も多少は知っているつもりでいた。しかしそれらは、この本に書かれている世界とは全く違った。イラクでは鯉が日常的に食べられていることさえ初めて知った。高野さんの書く本はいつも、まったく知らない世界に連れて行ってくれる。

この本を読んで「イラク行けるかも!」と思っても、結局僕はソマリランドのときと同様にイラクを訪れることはないだろう。でも本当になんか行けそうな気はするから、読んで行く気になった有志の現地レポート待ってます!

※一週間で重版がかかったそう!初版をお求めの方は今のうちに。僕はサイン本入手しました