「ソラリス」感想・書評

ポーランドを旅行した際、泊めてくれた人とSFの話をしていたらポーランド人の作家スタニスワフ・レムを薦められ、読んでみた。日本語版でKindleにあったのは2つだけであり、このソラリスという作品に関してはレムファンの間でも評価が高いということでそれを選んだ。これは、宇宙のある星で見つかったエイリアンを調査し、接触を試みる人々(地球人たち)の物語だった。

 

何もわからないまま物語は始まる

ソラリスは、主人公が宇宙ステーションからある惑星の基地へと降り立つ場面から始まる。最初はその世界観を掴むのに苦労した。冒頭で既にそこにある世界についての説明がほとんどない。いきなりその、SFの世界に放り出されることになる。読み始めるうちはわけがわからないことばかりで「何の話をしているのか」という疑問を抱きながら読むことになる。主人公も疑問と不安を抱きながら基地内を探索するけれど、物語の前提や目的が明らかにされないまま読み進める読者は、主人公とはまた違った疑問と不安を抱くことになる。これはもはやSFだけでなく、ミステリ小説とも言える。そこで待ち受けていたのは元々基地にいた研究者たち、彼らは要領を得ない言葉を発し続ける。そして主人公は彼らだけでなく、様々な物事をこの基地で発見することになる。「エイリアンはどこに行ったの?」と思う以前に、僕はこの本がエイリアンとの接触にまつわる本だという予備知識さえも無しに読んだため、本当に謎だった。ではタイトルの「ソラリス」とは一体何なのか。もちろん地球人が名付けたエイリアンの名前だ。尚、この本について細かい時代設定などはない。地球人とはいえ、国籍といった現実の世界を反映するような設定もほとんど出てこない。ただ人類とソラリスの今までの経過と、今回この本の中で起こったことだけが書かれている。

ソラリスについて

本を読み進める間に、ソラリスについての膨大な記録、解説が挟まれる。それは説明書きなどという範疇を越えた、ソラリスと人類との関わりの歴史と呼べる。それらの情報がソラリスそのものではなく、ソラリスと接触する彼らの置かれている状況を少しずつ明らかにしていく。明らかになるのはそれだけで、依然としてソラリスについては明らかにならない。この本で主人公たちが体験したことは、人がソラリスを調査する上で発見したことの一つに過ぎない。それが彼らのソラリスとの関わりにおける進歩であるのかどうかさえわからない。そして彼らはこの研究施設において、一つの、実に奇妙な体験をすることになる。物語の中心はその奇妙な体験をもって描かれるものの、それ自体がソラリスを説明することには、やはりならない。

作者の意図から外れた登場人物

僕は訳者のあとがきを読んで作者が本当に伝えたかったことなどを知ったけれど、それにしては登場人物があまりにも躍動しすぎていた。この物語は作者の意図を外れ、登場人物が活躍した小説と言える。そのせいで多くの読者は登場人物に注目してしまい、彼らに引き込まれ、結果作者が伝えたかった本来の意図を見過ごしてしまったようだ。例えばこの作品は2度映画化されているらしいけれど、そのどちらもが作者の意図と外れた不本意なものだったらしい。映画でクローズアップされたのはこの本のテーマではなく、そこで起こっていた登場人物たちの事件であり、うずまく感情であった。読み手が著者の意図から外れて作品を読み違えるということは珍しいことではなく、本というものの捉え方は大体において読み手に委ねられるものであり、そこに作者が口を挟むことについては異論もある。でもこの本についてはそれが余りにも過剰で、尚且つ一つの偏った方向へ進みがちであり、それは作者が意図した以上に登場人物が読者を掴み捕らえてしまったからだろう。「聖なるものにかけて?」と尋ねるハリーはそれだけで十分に別の物語を成せる存在だった。映画化されたのはこの別の物語だったのだろう。

herとの類似性

僕が感じたのは、去年見た映画「her」との類似性だった。herはこのソラリスより50年以上も後に作られた映画で、人と人工知能との関わりを描いた映画だったけれど、この人とエイリアンとの接触を描いたソラリスにいくらか似通った部分を感じた。全体を通してストーリーの進行は全く違う、舞台も違う、herに出てくるサマンサとソラリスも全くもって違う存在であり、人類との関わり方も異なる。ではどこが似ていると感じたかというと、彼らの人との相容れなさ、サマンサは人間とは違う人工知能としての価値観を持ち、それは人に理解できるものではなく人と決定的に相容れない部分が生じてくる。ソラリスにおいては、人が一方的にソラリスを理解しようと試み、ソラリスとの接触においてそこから何かヒントを見出そうと右往左往し、膨大なデータが積み上がるだけで何も得られないままだった。 

未知は未知のまま

これは人類に付随する人類以外を描いたものではなく、人類とは全く別の、彼らは彼らだけで独立し、成り立っている生命体と人類の関わりを描いた物語だった。それは未知を恐怖する人類にとって実に恐ろしい物語であり、また、未知なるものに探究心を抱く者にとっても、その掴みどころの無さに手を上げてしまう、そういう物語だった。ソラリスはただ沈黙し、それに引き換え一方的にもがき苦しむ人類の姿がそこにある。こう言うと退屈な物語のように聞こえるけれど、このソラリスとの接触という体験は人類にとって実に過酷であり、読み終えた時には登場人物同様に、僕自身も憔悴しきってしまった。