「恋するソマリア」感想・書評

「謎の独立国家ソマリランド」が発売され話題になってから2年後の2015年、続編として「恋するソマリア」が発行された。前作は多くの人に読まれたが、今作は果たしてどれほどの人が手に取っただろう。確かに前作ほどのインパクトはなかった。謎に満ちた国家の全貌は、前回ある程度明らかになり、今回も新たな発見はたくさんあったものの、劇的な発見は乏しかったかもしれない。今回は主に、ソマリランド、ソマリアで暮らす人々の生活や、文化、習慣がよりクリアになる、具体的には家庭内でのこと、美容や家庭料理、ソマリ音楽といったことが明らかになるような体験談だった。今回の著作のほうがソマリ人ひとりひとりの現実に即した生活の実態を描いており、前作で明らかになった国家の全貌というものに興味がないような人にとっては、今回の方が面白いと思う。前作を読んでいない人は前作の方から読むことをおすすめする。読んだ人でその後が気になっていたら、今作も面白く読めること間違いないだろう。僕自身は前作とぶっ続けで読んでしまった。

 

南部ソマリアのその後

今回高野さんの滞在日数としては、前回同様、南部ソマリアのモガディショ周辺よりもソマリランドの方が長かったかもしれない。ソマリランドの記述もたくさんあったが、今回はとりわけ南部ソマリア、モガディショのその後により注目されていたように思う。ソマリランドは依然として平和を保っており、時間が経つに連れての変化やいざこざはあるものの、比較的穏やかな日常が続く。我々の住む日本のように、平和の中にある苦労や葛藤、政治にまつわるしがらみや仕事を行う上での困難などを見ることができる。一方、南部ソマリアで見て取れることは、それ以上の大きな変化だった。イスラム過激派アルシャバーブ勢力の弱体化や、21年間無政府状態だったソマリアが2012年に連邦政府を樹立し、国際的な承認を得たことなど、それに伴った街や人々、政治に取り巻く状況の変化も目まぐるしい。前回の渡航中には情勢的に不可能だったことを、高野さんは今回現地の人々とより近い距離で触れ合うような形で取り組んでいる。

なにわともあれハムディ

特に今回の主役はハムディと言っていいだろう。表紙もハムディであり、ハムディ関する話題が満載でハムディを中心に書かれた本のように思える。ハムディの事は前作を読んだ人なら記憶にあると思うが、わずか20歳そこそこで戦国南部ソマリアのテレビ局、ホーンケーブルTVを仕切る剛腕姫と名付けられた女性だ。

ファッショナブルな服装に身を包み、鋭い目つきと落ち着いた冷静な態度で男ばかりの現場を取り仕切る。彼女以外に女性がいない現場も珍しくない。下ネタで騒ぐ職員に対して木底のサンダルを脱いでバシバシ殴る。高野さんのようなゲストに対しては礼を尽くし、誰よりも肝が座っていて仕事ができ、それでいて初対面の人間が息を呑むような美人なんだから誰がどう見ても魅力的だ。

高野さん自身、初対面の頃から出会う度に何度も見惚れている。前作にて「私が20歳若ければソマリ人と結婚して…」という風に言ってたのはハムディみたいな女性を前にして思ったことに違いない。完全に惚れているでしょ高野さん。

「タカノ、マ・フィアンタイ?( 元気?)」
彼女はにこりともせず、挨拶の言葉を口にした。

私の顔色が変わったのを見て、ハムディが小声で言った。
「もしお金が足りなかったら、私に言いなさいね」
驚いて彼女の顔を見つめてしまった。 そしてふと思っ た。
この娘は一体何者なんだろう?

便秘なんて言葉を知らないから、姫に向かって「クソが出ない」と直に言うしかなかっ たが、ハムディは表情を変えずにうなずいた。

そんなハムディに、今回は偶然焦点が当たることが多かった。ハムディのプライベートや過去から未来まで豊富なエピソードにあふれている。ハムディファンは必見、そうでない人も「恋するソマリア」でハムディに恋するかもしれない。僕が個人的に思うのは、自分の力で何事も成し遂げてきたハムディの人生が、今後いい方向に進むことを切に願うばかりです。

恋するソマリア (集英社文庫)

恋するソマリア (集英社文庫)

 

表紙を飾るハムディ。他にも著作内にはハムディの写真が何枚もおさめられている

高野さんと行動を共にするハムディ。一人だけ綺羅びやかで異彩を放つ

あの襲撃

クレイジージャーニーの高野さん回を見た人ならご存知だと思うが、今回の本の中に、あの襲撃の様子が詳細に描かれている。あれはテレビで紹介されていたような簡単な話ではなかった。 

「恋するソマリア」、その後も高野さんはソマリアを訪れている。恋の行方はどうなったのか、それからの話もまだまだ読みたい。

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