例えば村上春樹の生原稿はいくらの価値があるのか?「グレート・ギャツビーを追え」を読んだ

「グレート・ギャツビーを追え」という小説が昨年邦訳されて話題になった。著者は「評決のとき」「ペリカン文書」などのジョン・グリシャム。推理小説なのか、ミステリ作家なのか、そのあたりという程度の認識。著者の名前はさすがに知っているけれど、読んだことないし普段読まないタイプの本。

「グレート・ギャツビーを追え」に惹かれた部分

なぜ今回「グレート・ギャツビーを追え」読もうと思ったのか。理由の一つは、まずスコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」にまつわる話だから。グレート・ギャツビーは今まで少なくとも3回は読んでおり、ロバート・レッドフォード主演の映画も見た。3回以上読んだというのは、僕にとっては非常に馴染みがある本にあたる。

次に、村上春樹が翻訳しているから。村上春樹は純文学の作家兼英文学の翻訳家であり、翻訳する小説もやはり純文学が多い。なぜ今回この、言ってしまえば大衆娯楽小説を翻訳したのだろうか。なぜって、そりゃあグレート・ギャツビーを取り扱っているからだろう。村上春樹はスコット・フィッツジェラルドの墓を訪れたり、出身大学であるプリンストンで生原稿を見せてもらったりと、聖地巡礼のようなことをしている。「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」というまるまる一冊フィッツジェラルドに関する本を書いていたりもする。また、フィッツジェラルドの作品も多く翻訳している。僕なんかとは比較にならないフィッツジェラルド・フリークだと言える。そんな村上春樹が、フィッツジェラルドの作品を取り扱ったこの本をどう読んで、どう訳したのか気になった。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

絵画のように売り買いされる生原稿

「グレート・ギャツビーを追え」は、プリンストン大学の図書館に保管されているグレート・ギャツビーを初めとしたフィッツジェラルドの生原稿が、盗難に遭う話だ。それはブラックマーケットのようなところで売りに出され、人から人の手に渡り、お金が動き、取引される。元の持ち主であったプリンストン大学は、保険会社やFBIを頼り、盗品売買の現場を押さえて原稿を取り返すか、もしくは違法のマーケットで自ら買い戻そうとする。フィッツジェラルドの生原稿は最終的に、2500万ドル(約25億円)の値段がつく。生原稿ってそんなに高いものなのだろうか?希少価値、歴史的価値はあるかもしれないが、絵画などと違って美術的な価値は乏しい。

じゃあ、例えば村上春樹の生原稿にはいくらぐらいの価値があるのだろう?1920年代のアメリカを代表する作家であるフィッツジェラルドと、現役作家の村上春樹では少々分が悪い。が、なんらかの目安にはなるだろう。

ちょうど今年の3月に、村上春樹のサイン本や生原稿などのオークションが行われていたらしい。

一番高額だったのは、「僕が電話をかけている場所」レイモンド・カーヴァーの翻訳原稿で、155万円。いやー小説の中だけでなく実際にこういうのを買う人がいて、売れるんだなー。短編の、しかも翻訳原稿で155万円だったら、「ノルウェイの森」や「ねじまき鳥クロニクル」の生原稿がもし市場に売りに出されたら、数千万の値がついてもおかしくない。生原稿は一点物であり、一般人がお目にかかることはまずないだろうけど、初版サイン本といったものならけっこう出回っている。先ほどのオークション会場で、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の初版サイン本は23万円で落札されていた。

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希覯本(きこうぼん)というコレクションの世界

「グレート・ギャツビーを追え」は、そういう希覯本と呼ばれるいわゆるレア本を取り扱う人を中心とした物語だ。彼らは主に、初版のサイン本をコレクションとして集める。読むためではない。せいぜい3,000円程度の本が、後に10万から100万円のコレクター商品に化ける。ときどき初版本を集める人がいるのは知っていたけれど、こういう希覯本というコレクションの世界があることは全く知らなかった。レコードに近い。レコードもレア盤が100万円とかすることある。再販は3,000円ぐらいで売られている。中身はそんなに変わらないのに高額な値がつくのは、希少価値が高いせいだろう。今ネットで調べてみると、2億円以上で取引されたレコードもあるそうだ。

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「グレート・ギャツビーを追え」では、盗まれたフィッツジェラルドの生原稿が最終的にとあるコレクターの元に行き渡ったんじゃないかと推測される。容疑者はカミーノ・アイランドというフロリダのリゾートで、独立系書店を経営している書店主。盗まれ違法取引された原稿を奪還するために、作戦が練られる。容疑者と仲良くなり、現物を確認することが必要だ。そのために、カミーノ・アイランドにゆかりのある、とある女性作家が抜擢される。

この女性作家マーサー・マンと、容疑者である書店主ブルース・ケーブルを中心に、物語は展開していく。マーサーは純文学小説をこれまでに2冊出版し、一定の評価を得たもののあまり売れず、次の作品の締切が過ぎて3年経っている。その間食いつなぐために大学で教えていたが、向いていないことがわかり、熱を入れることもできず解雇される。残った学資ローンの支払いの目処が立たず途方にくれていたとき、この仕事の話が入ってくる。

ブルース・ケーブルは、大学生の頃に父親が死んで30万ドル(約3000万円)の遺産を相続する。そして遺品の中から、4冊の本を見つける。ウィリアム・フォークナー「響きと怒り」、スタインベック「黄金の杯」、スコット・フィッツジェラルド「楽園のこちら側」、アーネスト・ヘミングウェイ「武器よさらば」、すべて初版でサイン入り。それらを手に入れ(盗んだ)、後に調べたところ20万ドル(約2000万円)の価値があることを知る。そこからブルースは希覯本の世界にのめり込む。大学を辞め、父の遺産で潰れそうな書店を買い取り、新刊及び希覯本を取り扱う独立系書店としてビジネスを始める。

感想

僕にとって、そして他の多くの人の感想を見る限り、この本の一番面白いところがやはりこの希覯本というコレクターの世界を垣間見ることだった。こんな世界があるのだ。ヤフオクなどを見ても、確かに「初版・サイン本」が高額で出回っていた。こういう本がいったいどこで生まれるのだろうと思ったら、著者が出版の際にサイン会を行っていたり、出版社の人間や編集者といった直接の知り合いがサインをもらったりしている。それが後に、遺族が競売に出したりしているようだ。有名な作家が近くで公演やサイン会をしていれば、初版本を持っていってサインしてもらうのもいいかもしれない。コレクションとしての価値は上がるだろう。

主人公の一人である女性作家のマーサーは、本は図書館で読む派。初版どころか本は基本買わない。買っても電子版で読んだりするから、ブルースの世界とは対照的。彼女は物語が進む中で、作家仲間から生活のために売れる本、大衆娯楽小説を書くことを勧められる。売れない純文学作家の葛藤が描かれていたりするが、この点についてあまり深くは掘り下げられない。

あと読んだ人はみんな、このカミーノ・アイランドというビーチ・リゾートに住みたくなるんじゃないか。「グレート・ギャツビーを追え」というタイトルも村上春樹がつけた邦題であり、原題はまさしく "Camino Island" 。著者は何よりこの島推しだったんじゃないかという気さえしてくる。