この本は「日本の若者はなぜ海外旅行をしなくなったのか?」という疑問に端を発し、1960年代から2010年までの50年間における、日本の若者の海外旅行傾向の推移をまとめた本だった。僕みたいに旅行が生き甲斐だった時期のある人間からすれば、非常に興味深いテーマを扱っている。それぞれの時代で若者の旅行に影響を与えた「何でも見てやろう」(60年代)、「地球の歩き方」(70年代)、「深夜特急」(80年代)、「旅行人」と「アジアンジャパニーズ」(90年代)「猿岩石日記」(それ以降)などが全て出てくる。地球の歩き方は読み物ではなくガイドブックだけど、全部読んできた本ばかりだ。
この本では序盤に「日本の若者の海外旅行が著しく減っている」「とりわけバックパッカーは昔に比べると見る影もない」といったような書かれ方をしている。実際に海外渡航数のデータを引用して、少子化を考慮したとしても著しく減少していることを示している。ただ、自分としてはあまり実感がない。昔は本当にそんなたくさん旅行者がいたのか?
身の回りでは、自分より上の世代から海外旅行をしていた、それも個人旅行を楽しんでいたなんて話を聞いたことがない。むしろ海外に行ったことがない、飛行機が嫌いというような声の方がよく聞く。身の回りの事例は実数が少なく、当てにならないかもしれない。でも自分の印象としては、自分たち世代周辺のほうが、よりカジュアルに海外旅行をしている。
だからバックパッカーが多かった時代なんて、超局所的な現象なんじゃないだろうか?と疑ってしまう。例えば東京の一流大学の学生の間でだけ流行ったとか。旅行どころか旅行本を読んでいたという人の話さえ、ほとんど聞いたことがない。でも7・80年代に若者だった人は今50代だから、単にその世代とずっと接点がなかっただけかもしれない。
この本からわかることは、日本において海外旅行がいかに「商品」であったかということ。今も昔も多くの日本人は、通過儀礼として海外旅行を行っていたわけではなく、知的好奇心・探究心を満たすために海外へ飛び立ったわけでもない。ただ単に「海外旅行」という商品が、メディアによって時代に合った形で魅力的に紹介され、若者はそれに乗っかっていたに過ぎなかった。時代を経るに連れ、その宣伝媒体が「地球の歩き方」+格安航空券から「るるぶ」+HISへと移り変わった。旅行のスタイルも、時代が変わると共に変化していった。海外旅行もバックパッカーも、大人に仕掛けられたブームという点では同じであり、当事者である若者には主体性なんてなかったんだなと実感する。
この本が出たのは2010年で、僕が旅行を始めたのもちょうど2010年頃だった。この本に書かれていない、2010年以降の話をする。当時は既に情報社会だった。海外の情報なんてそこら中に溢れかえっており、わざわざ時間とお金を費やして現地に出向く海外旅行は、その魅力を提示するのがより困難になっていただろう。海外旅行の魅力なんて、実体験がなければ共感も得にくい。にもかかわらず、体験するためのハードルが高い。海外旅行はいわゆるコスパの悪い、非効率な娯楽、ないしは趣味だった。一部の物好きしか行わない。
このあたりは現代における趣味の多様化とも関連しているかもしれない。好きな人はとことん好きだし、やる人はとことんやる。けれどそれ以外の人からは全く縁遠い。こういった現象は、現代どの趣味においても共通した現象ではないだろうか。それぞれの分野を占める人口は、多様化に伴い減っている気がする。
この本に書かれている著者の結論については、どうなんだろう?というかよくわからない部分があるけれど、バックパッカーの文化史として非常におもしろく読めた。あまり残らないタイプの参考文献をめちゃくちゃよく調べ上げ、この本ができるまでさぞ大変だったんじゃないかと思う。日本のバックパッカーに興味がある人、その文化史に思いを馳せたい人は必読です。それは例えば、「何でも見てやろう」「深夜特急」なんかをおもしろく読んでいた人のことを指す。