思春期に好きだった、今思い返すと恥ずかしいもの

なんか人にはそういうものがあるらしい。いわゆる黒歴史になるようなもので、かつて好きだったことも今は言えないとか。自分もあるかなと思ったけれど、あまりない。ないというか、かつてあったかもしれない。今となっては全然ない。

例えば、尾崎豊、NIRVANA、太宰治。このあたりは10代の頃好きだった。それを一時期恥ずかしいと思ったことがあったような気がする。20代の頃だっただろうか、忘れた。今となっては、かつて好きだったことを恥ずかしいと思わない。なんなら今でも好きだと言える。

回帰線

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尾崎豊もNIRVANAも、よくカラオケで歌っていた。今でも歌えると思うけど、10代の頃は当事者のような気持ちで歌っていた。あの頃に知れたことが、今振り返っても良かったと思う。多分太宰治とか、今読んでもそんなに心を掴まれない。どうだろう、長らく読み返していない。

10代の頃は全集の存在を知らず、青空文庫も知らなかった。太宰治は新潮文庫を新品で全部集めた。ブックオフで買うこともしなかった。当時はやはり、「斜陽」「ヴィヨンの妻」「正義と微笑」あたりが好きだった。僕は今でもサリンジャーが好きであることを公言していて、多分それは一部の人からすると、恥ずかしいことなのだと思う。「ライ麦畑でつかまえて」は子供が読んで喜ぶものだと。

読むだけならタダです

映画はコミカルでした

これらの作品に共通しているのは、青臭さ。若者の悩み。太宰治は40手前まで小説を書いていたけれど、終生青臭さが抜けなかった。読者か弟子かに「どうやってこんな子供の心理を書けるのですか?」と聞かれて「精神が子供のままだから」とかなんとか答えたエピソードがあったような。

若い頃はそれこそ当事者として、それらに親しんでいた。今となっては、はっきり言って心の底から同意できない。しかしそこに、かつての自分の姿を見てしまう。それは恥の対象としてではなく、懐かしさや、失くしてしまったものを悔やむような、そういう気持ちのこもった目線で眺めている。

若い頃に好きだったと、公言できないもの。強いて言えば2chかなー。