40歳近いということ

これを書いてから5年経った。今では30歳より40歳の方が近い。5年前と変わったこともあれば、変わらないこともある。あきらかに老けた。めっきり老けた。当時は痩せていたが、今ではすっかり中年太りを感じる。

前回書きそびれたことで、老いとか肉体の衰えに近いことだけど、感覚が鈍った。感情の振れ幅が小さくなった。若い時ならもっと喜んだり落ち込んでいたことが、あまりどちらにも振れなくなった。きっと大変なことがあれば今でもつらく落ち込む。状況が落ち着いているだけかもしれない。でも若いときはもっと苦悩していた。感覚の鈍化。

経験の影響というのが確かにあって、知っていることや既にやったことがあることには、もう驚かない。心が動かない。同じ映画を何度も見て、最初見たときのような感動が得られないように。二度目以降は、良くも悪くも対処しやすい。手に負えない感情について、手を引く対処も早い。だから長く生きればそれだけいろいろな経験をして、あらゆることが二度目以降になり、慣れ、心は動かなくなっていく。もっと年を取れば知らないけれど。

若さを保つ秘訣なんてものがあるとしたら、常に変化の渦中に身を置くことじゃないだろうか。若さとはすなわち新しいことで、更新し続けることだから、現場の最前線にいたり若い人と同じ鮮度の話をしている人は、年令を重ねても尚若さを保っているように思う。

新鮮な気持ち、反応、感動をしたければ、まだ知らない分野に手を出すしかない。もしくは既知の分野も更新し続けること。若い頃のように、身の回りのすべてが新しくて新鮮だったら、気持ちも若いままでいられるんじゃないか。僕はもう全然そういうのはない。今まで知らなかった分野に手を出してはいるものの、オヤジ趣味で全然新しくない。

ここ数年になって、人生引退した感じはすごくある。以前からあったけれど、それでもそれなりに変化に富んだ日々を送っていた。少し前までは、特に望んでもいない挑戦をしたり、挫折したり、そういうことが続いた。今はただ安定、平穏のみを志して生きている。隠居、引退したと言っていい。

今の状態がいつまで続くかはわからないけれど、もうこれまでのようにあっち行ったりこっち行ったり、新しく人と知り合ったり繋がったり拡がったり、非日常的な経験をすることはないんじゃないだろうか。ほそぼそと暮らしていけたらいいなあと思う。これまではずっと、そうはいかなかったから。

40近くになっても、何も達観したりはしない。偉くなったり賢くなったりしない。責任感が強くなったり、物事をそつなくこなせるようになったり、人に優しくなったり、理知的になったりすることはない。10代の頃の自分と、どれだけ違うのか。二次性徴を過ぎてから、人間は成長したりしない。ただ時間とともに、経験したことに慣れるだけ。

同じことを長く続けていれば、それなりに長けることもあるだろう。けれどそれも元々の能力の壁は越えられない。時間が経ったぐらいでは人間の本質は変わらない。表に出るか、出ないか。