いくつになっても若さを羨む

大学生の頃に付き合っていた彼女は、高校を卒業して18歳の年を終えたときに、何かを喪失していた。

「あの頃の自分は何でもできると思ってた。多分、他のみんなもそうだと思う。女子高生というだけで世界の中心にいるような気持ちだったし、友達と集まれば誰にも負ける気がしなかった」

彼女に「人生で一番楽しかったときはいつか」と聞けば、おそらく高校時代と答えるだろう。高校時代を終えるということは、彼女にとって一つの時代を終える以上の何かがあった。その子は大学生になり、就職し、結婚して子供を産んだ。その後の人生もそれはそれで素晴らしいと思う。様々な人と出会い、あらゆる経験を経た今がある。しかしそれとは別に、彼女が特別だった時期が存在する。

会社員の頃の先輩で、すごくかっこいい人がいた。見た目がかっこよくて、爽やかで、スポーツが得意で、その光に女の子が寄ってくるような人だった。その人と仲良くなったのは偶然だった。残業しているときに喫煙ルームで二人になり、どういうきっかけかは忘れたけれどガンダムの話になった。僕は中高生のときにガンダムにハマり、初期のガンダムは見ていてその先を全然知らない。先輩は当時流行っていたシードとかシードデスティニーまで網羅していた。気づいたら二人きりで1時間以上ガンダムの話をしていた。先輩は自分の趣味や経験といったプライベートなことを、誰に対しても包み隠さず話す人だった。

先輩のピークは27歳の頃だったと言う。「元々モテるタイプじゃなかったんだよ」と言われ、大学生の頃の写真を見せられた。四国から関西に出てきた人で、当時は訛りも強く垢抜けなかったらしい。

「27歳のときは、仕事終わりに毎晩ハメを外してた。年下の女友達がいて、その子が毎回違った女の子を集めてくれて、俺が男連中を集める役だったんだ」

僕とそのような会話をしていた頃、先輩は30歳だった。「もう30だよ」と口癖のように言っていた。「もうあの頃には戻れない」と言う先輩は、既に遊び歩くことをやめていた。その何年か後に結婚して、今は二児の父だ。人はそうやって人生の段階を経ていく。

もしかすると、昔の彼女も先輩も、今が一番幸せだと思うかもしれない。円満な家庭に恵まれ、新たな目標もあり、順風満々の日々を送っている。でもそれはあくまで幸せな時期であり、楽しかったあの頃とはまた別物だ。自信に満ち溢れ、最前線を突っ切り、何もかもが思うがままに過ごせたあの頃とは違う。もし戻れるとしたら、あの頃のあの時間をもう一度過ごしたい。誰もがそういう時間を、心のどこかに抱えている。一番楽しかったとき、全盛時、ピーク、そういう時期を終えてからも人生はまだまだ続く。

僕自身はと言うと、そのような時期はなかった。かろうじてましだったのは、大学受験を終えてからの19歳の頃だった。いろいろな人と出会って、話をして、いろいろな服を着たり音楽を聞いたり、今までにやってこなかったことをしていた。それでも交友関係は狭く、お金もなかったから全然たいしたことなかった。今あの時期に戻りたいとは思わない。ただ、あの頃の感覚はもう失ってしまった。あの頃のように音楽を聞くこともできなくなり、あの頃着ていた服はとても着れない。あの頃みたいに頭も回らなければ、体力も衰えた。心の底から人と打ち解けることもない。そうやって僕も、若かった季節を失い、そして今がある。

その今でさえ、また別の「あの頃」になっていくのだろう。昔の彼女や先輩にとって、子供の小さい今が「あの頃」になっていくように、これからも「今」という時間を失い続ける。自信に満ち溢れていたあの頃、幸せの絶頂にあったあの頃、全く新しい世界がひらけたあの頃、親友と呼べる人がいたあの頃、最愛の人が隣にいたあの頃、まだ自分が、若いと言えたあの頃。若い人はいいな。まだ失っていないんだから。