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結局何が言いたいのだろう。彼女は一見、明らかに場違いな人間だ。僕が人のことを言えた立場ではないが、彼女の外国人らしい服装、態度、言葉は、僕がこの国に来てから初めて見た現実のようにさえ感じる。しかしそれでも、この家において彼女は実に馴染んでいる。その彼女自身の場違いさがかえってこの家の住人にも、家全体の雰囲気にも新鮮味を加えている。オーナーのジョン(オーナーであっているよな)も、リミも洋服を着て英語を話している。彼らは元から外国に対して関心があり、外国人に好意的だったのだろう。アンの事を歓迎しているのが見て取れる。お互いの興味を満たす良い関係だ。ヒゲのおっさんがここに連れてきてくれたのはそういうことだったのだろう。彼はこのことを知っていた。僕も歓迎されるかもしれない。少なくとも、ジョンおじさんは部屋と食事を提供してくれた。リミだって嬉しそうにしている。

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「Anyways, It's your turn next.
(とにかく、こんどは君の番だ。)」

「Turn for what?
(何の?)」

「What are you doing here?
(ここで何しているの?)」

「Oh that makese sense. I'm...here for, how should I say...I'm researching this country's culture. It's the first time you've asked me what I'm doing here. Usually, nobody really cares.
(ああ、そういう意味ね。私はその、なんて言ったらいいかな、この国の文化を調べているの。初めて聞かれた。ここで何してるのって。誰もそんなこと気にしていないから。)」

「But you asked me.
(でも君は聞いたじゃないか。)」

「Yea, cause you're different, that's why.
(ええ、だってあなた珍しいじゃない。だから聞いたの。)」

この女は一体何を言っているのだ。自分のことを棚に上げすぎだろう。自分が普通とでも言いたいのだろうか。この女に比べて僕がどれぐらい人と違うというのだ。

「It's not a big deal. Are you a scholar? You look so young.
(まあいいや、君は研究者なの?とても若く見えるけれど。)」

「Hmm Actually, I'm not that young, I'm 22. But I don't know what "young" is to you. You look like you're around... 26. I’m younger than you, that’s true.
(んー実際そんなに若くない。私は22だけど、あなたにとってそれが若いのかどうかは私にはわからない。あなたは、そうね26歳前後?私があなたより若いのは確かね。)」

「How did you guess my real age?
(なんでわかったの?)」

アメリカ人やヨーロッパ人から、僕はだいたい18歳ぐらいだと思われる。若さ自慢ではなく、アジア人はたいてい西洋人から若く見られるものだ。それに加え僕は小柄で、体格が良いとはいえない。西洋人に僕の実年齢を言うと驚かれることが多かった。でも今は僕が驚いている。

「Well, I formed my own statistics.
(まあ、統計みたいなもの。)」

「Statistic? What do you mean?
(統計?どういうこと?)」

「Um ... I met a lot of Asians from all over while I was working and going to school in New Zealand. I'm not sure why exactly, but I'm just good at guessing how old people are. I've gathered examples from various cultures and created known likeness using my own gathered personal data and filled in the gaps, that’s all.
(うーん、そうだね、今までたくさんのアジア人と会って。日本人もね。自分の国とか旅行、つまりその、人生で。例えば、学校や職場なんか。だから何人かの事例があるの。そう、その、人の年齢とかね。私はあの子達が実際いくつなのか、そして見た目が若いってことも知っているから、そのあたりの誤差を調整したの。ただそれだけ。)」

僕はアンが何を言っているのかよくわからなかった。英語がわからないということもあるけれど、それ以前に何でこんな意味のわからない話をしているのだろう。僕は彼女がここで何をやっていようがどうでもかった。年齢や、その他、ただの話題として挙げただけに過ぎず、話し込むつもりはない。いずれにせよ、僕はもう疲れているからこれ以上追求するのはやめることにした。あれだけ言葉が通じない事を気に病んでいたにも関わらず、英語で会話するのは大変で疲れる。全然わからない。

外国人と会話をしている時にいつも感じることは、やはりお互いの言葉がわからないと込み入った話はできないということだった。表面上の、中味のない、上辺だけの会話となってしまう。この女の人との会話なんてまだましな方だ。馬を連れたおっさんとは全く会話にならなかった。それでも、彼は僕の意図を理解していた。僕をここまで導いてくれた。言葉が通じなければ態度や行動で示すしかない。そして受け手はその意味を想像しなければならない。それがうまくいけば、なんとなくお互いわかっているつもりになる。時にはそれらが、言葉よりも多くの真実を伝える。言葉が通じれば便利だけど、それだけに頼っていれば人とのコミュニケーションはとれない。実際のところ、同じ日本語話者同士であったとしても意思疎通は難しい。

「Hey, Are you even listening to me?! ….are you okay?
(ねえ、聞いてる?…大丈夫?)」

「Yeah, yeah sorry. What were you saying?
(うん…何?何が?)」

「イツリーリィディフィカゥト、ワタユートーキンナバウト?」
(難しすぎる。何話してるの?)

「Ah, I'm sorry. We were just talking about my life.
(え?ああ、ごめんなさい。私達は自分のことを話していたの。)」

「ハウワズディナー!」

「Yeah, it was really great. Thank you.
(ああ、素晴らしかった。とても感謝している。)」

「アイシー、ユアウェルカム!ハハッ!」

ジョンおじさんは僕らのテーブルの前に来ると、器を下げてそのまま運んでいってくれた。この広間にはキッチンや流し台のようなものがなかったから、料理や洗い物、後片付けは別の部屋で済ますのだろう。彼は食事の間ほとんど口を利くことがなかった。僕は彼に聞かなければいけないことが山ほどあった。ここの宿泊や食事が、まさかタダってわけにはいかない。しかし僕はここの通貨を持っていない。どこで両替ができるか、もしくは銀行が近くにあるか、まあ近くにはないだろう。最悪お金ではない何らかの形で、例えば仕事を手伝うとかして、返さなければいけない。彼は何の仕事をしているのだろう。少なくとも宿のオーナーではない。ここは彼と彼の娘?で住むには少し広すぎるだけの、ただの家だ。もし彼の仕事が僕の手伝えるようなものではなかったとしても、これだけ家が広ければ家事などいくらでもやることはあるだろう。皿を下げてもらっている場合ではない。

「Umm, I'm sorry. I gotta getback to my room, I have a lot to do. Thanks for dinner, John! It was really great. It was nice to see you, Ken, and Limmi!I'm sorry I couldn't help with your studies. Have fun guys!
(うーん、ごめん、もう部屋に戻らないと。やることいっぱいあるから。食事ありがとうジョン!とてもおいしかった。健!会えてよかった。それからリミ、今日は勉強手伝えなくてごめんね。多分明日やるから。じゃあ、楽しんでね!)」

彼女は席を立ちながらそのようにまくしたて、誰の返事も待たずにその後何かをぶつぶつと呟きながら足早に広間を出て行った。切り替えが早いな。外はまだかろうじて明るいものの、あと1時間ほどすれば日が沈んでこのあたりは真っ暗になるだろう。この家、というよりこの集落にはどうみても電気が通っていない。夜はどうするのだろうか。火を使ったランプぐらいはあるか。リュックにマグライトが入っているから、仮にランプがなくても特別困ることはない。

「リミ、リミ、How long has she been here
(彼女いつからいるの?)」

「シー?...エァン?」

「Yes, Anne. When did she come here?
(そう、アンのこと。いつここにきたの?)」

「ンーーー、トゥーマンツアゴー!」

長い。ここにもう二ヶ月もいるというのか。そりゃあ確かに観光ではない。研究職だと言っていたから、この先もっと長くいるのかもしれない。この国の文化、と一言で言っても様々な内容がある。発掘でもしているのだろうか?彼女が何を専門にしているか知らないけれど、この国にだって確か6つの民族が共存している。この地割れに住む人々がその民族の一つだとしても、全部を調査するのだろうか。どれだけ長い時間ここにいるつもりなのだろう。僕とは完全に住む世界が違う。夜からまた仕事を始め、こんな生活を既に2ヶ月送っているなんて。いや、正直悪くはないと思うけれど、さすがに飽きないのか?文明が恋しくなったりとかそういうことはないのだろうか。

「ドゥユライクハー?」

「Yea, actually, she is likable.
(まあ、そうだね。いい人だと思うよ)」

「アイオーウソーライクハー!」

「I also like you、リミ!」

「Waao! アイムエンバラスィング!」

食事中はアンと僕がずっと二人で喋っていたから、リミもやや退屈そうだった。悪いことをしたなあ。初めからずっとこんな調子で喋っていればよかった。もっとも彼女がいてはこんな風にならなかっただろう。

「By the way, why do you speak English? Who taught you?
(そういえば、なんで英語話せるの?誰に教わったの?)」

「ジョンアンドエァン!」

「that’s it?」
(それだけ?)

「ザツィッ!」

「Your English is amazing! Especially your pronunciation, It's better than mine! I'm honestly impressed.
(英語うまいね!特に発音なんか、僕より上手くてびっくりするよ本当に!)」

「テンクス!hehe, バッノッレリー。サムフレンズスピークイングリッシュフルエンスィー!
(ありがと!へへ、でもそうでもないよ。友達はすらすら喋るよ。)」

「Friends?
(友達?)」

「イエス!デイリヴインダシティー。ソーデイアースタディイングリッシュアットスクーォ」

シティ、というのは首都のことだろうか。ここから近いのだろうか。学校で英語を習うぐらいだから、そこでは英語が日常的に使用されているかもしれない。日本のような例もあるから何とも言えないが、とにかく行ってみないことにはわからない。ということは、税関のおやじも英語ぐらい話したのかもしれない。どうだろう、あの歳だと子供の頃には学校で学んでいないだろうから。でも職業的には英語ぐらい知っていてもいいはずだ。まあ、あの仕事なら必要ないのかもしれない。彼がここの人と同じ言葉を話していたのは、歓迎の挨拶か何かだろうか。

そしてこの村に英語話者は僕ら4人を除いていないということか。馬を連れたおっさんも英語は話さなかったから、この集落では英語など知らない方が当たり前なのだろう。アンがリミに言っていた、勉強を手伝うというのも英語のことかもしれない。

「アワナゴートゥーベッド」

「オーケーオーケー!」

ジョンおじさんはその声を聞きつけたかのようにちょうど広間に戻ってきた。後片付けは終わってしまったのだろう。ジョンおじさんはテーブルのリミの席まで来て、リミを持ち上げイスから下ろし、目をこするリミのもう一方の手をつないだ。

「Wait wait, I'd like to ask you something about the...
(ちょ、ちょっと待って、聞きたいことがあって)」

「キャンウィートークトゥモロー?!」

「…Yea, sure!」

「オーライ!ハバグッナイ!」

二人は僕の部屋に続く廊下と逆の方向にある通路を歩いていった。ちょうどこの広間に登ってきた階段から近い通路だ。この家には一体いくつ部屋があるのだろう。広間に一人残った僕は、イスから立ち上がり、崖側にあるソファの方へと歩いていった。僕はそこに腰をおろした。テーブルのイスよりもこちらの方がやわらかく、ゆったりとしていた。風はほとんど無く、少し肌寒いけれどそれでも十分心地よい。

この国へ来てからこうやって一人になることが何度かある。空港からはずっと一人だった。一人でずっと歩き続けた。その後おっさんと出会い、そこからはずっと一緒に二人と1頭で歩いた。この裂け目に着いてからおっさんとはこの家の前で別れ、また一人になった。その時もこうやってこのイスに座っていた。さっきまでの喧騒はなんだったのだろう。今一人がすがすがしく感じるのと、人といて賑やかだったのが楽しかったのと、その両方自分にはある。矛盾はしていない。僕は欲張りなのだろう。

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